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4/30/2024, 11:16:41 PM

リア充


中高生の頃、流行ったこの言葉は社会の風潮をあらわしていた。
社会人になって、昔の事を思い出していたのも隣にいる幼馴染が机で寝ているからである。

なんで、人様の机で大人の男が寝ているんだろと自分でも呆れてしまうが、少し覗き込むと、すやすやと机に涎を垂らしていたので、頭を叩いて起こそうかと真剣に悩む。
また、小さい頃から見ているこの男は、昔はほっぺがぷにぷにとして可愛らしかったのに、今は頬が硬そうなので、眠っている隙に人差し指を当てて感触を確かめる。

「ん? 硬い」
独り言を漏らすと、


「何してんだ、恭子」
「へ?」

突然、ライオンが目を開けたかのように、寝ていた奴はこちらを睨んでいる。
思わず心の動揺を押し隠すため、

「いや、昔は可愛らしかった朗太が今はすっかりおじさんだなと思って」
あせあせと言葉が滑り出てくる。

「じゃあ、お前はおばさんじゃね?」
ふんと笑う姿に可愛らしさは無くなっていたので、私は(残念だな)と眉を寄せながら、

「私はアラサーです。はいはい、立派なアラサーですよ」
と首を右にこてっと傾けながら、うなずく。

「ねえ、朗太」
「お前、その呼び方はやめてくれ」
不機嫌そうな声になった幼馴染の朗太は猛獣のような目つきの鋭さでこちらを見るので、

「あ、ごめん。つい」
「わざとか」
「いや、慣れだよ」
「ふん、そうなのか」
と慌てて私は弁解をしたが、朗太のご機嫌が斜めになった。

「だいたいさ、彼女いるなら来ないでよ」
ぽろりと本音が漏れてしまったのを聞き逃さずにじっと見てくる。
冷蔵庫にあった果物のゼリーを二人で無言で食べていた時に、朗太に話してしまった。

「彼女って絵美のことか?」
顔が良い幼馴染はどこか上の空だったけど、
「そうよ、女性の嫉妬の恐ろしさを昔から経験してるのよ、絵美だっていつもにこやかだけど私を見る時は冷ややかなのよ」
身震いするような学生時代の思い出が蘇る。

「お願いだから金輪際、私の部屋に来ないで」
と奴に懇願するのだが、

「無理だ」
と却下される。

この幼馴染の男は中学、高校の頃からよくモテる。
私は隣の家に住む奴のお陰で女性からとばっちりや陰険な目にあい、一時的に人間不信に陥ってしまった。

社会人になって、奴と距離ができてから心が落ち着いて、心情を誰かに吐露できるようになったのだ。

「学生時代覚えてるでしょ? あんたを好きな子達にい、いじめられて、大変な……」

「絵美とは別れた」
朗太が何かつぶやいたがよく聞こえなかったので、

「人が少ない階のトイレが私のオアシス……」
「は?」
奴の言葉にフリーズしてしまった。

「あんた、な、なんで。そんなもったいない」
と泳いでいる魚が陸に飛び出して酸素不足に陥るかのように、喋ると、

「お前がなんで狼狽えるんだ」
とはっきりした太い声音がした。

「うろたえてるでしょ。当たり前じゃない。あんたの学生時代の女性遍歴をなぜだか知っている私が一番驚くわよ。絵美とは4年付き合ってるんでしょ」

「もう付き合ってた、だ」
過去形にするということで幼馴染の本気の時の一貫性が伝わってくる。

「確か絵美とは社会人になってから職場で再会して付き合い始めたんでしょう?」

「そうだけど」
不意と目を逸らす奴に畳み掛けるように、
「いい出会いなんてそうないんだからもったいないじゃない」
と力説していた。

(私が説得している場合じゃない。私だって、良縁が欲しいし、彼氏だって)

「いるのか」
「え?」
考えに没頭していたら、言葉尻が聞こえた朗太の言葉にゼリーのお代わりは冷蔵庫にあると思って、
「あるけど」
と答えると、朗太の声が一段トーンが下がったような気がした。

「俺の知り合いか?」
「朗太の好きな味はまだあるよ」
と答えたところで、首を傾げた。

部屋には沈黙が続いている。

私は立ち上がり、
「さ、ゼリーも食べたからもう家に帰って」
さあさあと幼馴染の腕を引っ張り、部屋から追い出そうとした。
「待ってくれ」とか聞こえたけど知らない振りをした。

朗太は学生時代、言葉通りリア充だった。

リア充は学生時代が楽園だったはずだ。
その対極にいたのが暗黒時代だった、私だ。

ようやく傷も癒えてきたのに、塩を塗られては冗談ではない。

次こそは彼氏をと切実に望んでいる私にはじっと見てくる朗太が何を考えているのかなんて知らないほうが良いに決まっている。

「俺はお前が……」
「そ、そう。ごめんちょっとトイレに行きたいから」
と言葉を遮り部屋の外のトイレに行こうとしたら、逃げようとする私に対して、

「お前は良く(俺の性格を)知ってるはずだ。 人の話を聞かないで逃げるなんてできる訳ないじゃないか」
ぎゃっ、腕を引っ張られて朗太の腕に囲われてしまった。

隣の幼馴染は肉食獣を彷彿とさせる目で私を捕らえて、そして、それに怯える私は小動物なのだろう、か。

4/27/2024, 10:58:34 PM

私はいつも小説を握りしめていた。
外出する時は文庫の小説をお守りとして持って出かけていた。

生きる意味を文字通り探していた10代。

もう二度と戻りたくはない、あの時代。

生きていく為の言葉を探していたから、沢山の言葉が詰まった小説は心の支えだった。

人と目を合わすのが苦手だったり、対人関係が宜しくない私には小説の世界が必要だった。
ドストエフスキーの罪と罰、太宰治の人間失格、吉野源三郎の君たちはどう生きるか、梨木香歩の西の魔女が死んだなどお世話になった小説たちは心を落ち着かせてくれた。

ある日、ブックオフで購入したドストエフスキーの悪霊を買ってホクホクとして家に帰る途中に姉とブックオフの近くで合流した。
姉の携帯が鳴り、何かの嬉しいお知らせだった。

姉は合格したのか、私は「おめでとう」と言った。
それで「何を買ったの?」と話の流れで訊かれたので、「ドストエフスキーの悪霊が手に入ったの」と私は嬉しくて見せた。

姉は顔を強張らせて、「縁起が悪い」と言い出したので私はポカンとしてしまった。

小説について説明ができたら良かったけれど、私はしどろもどろになってしまった。
そして、問答無用で買ったばかりのドストエフスキーの悪霊を持って首根っこを掴まれた猫のように、ブックオフに戻って売りに行かされた。

あの日がとても印象に残っている。

ちなみにあの頃、姉は小説も多読していて中学生の私に三浦綾子の塩狩峠、有吉佐和子の非色を読めと押し付けてきて、私は素直に読んでいた。


4/27/2024, 1:43:55 AM

世界の未曾有の危機でも恋愛という厄介な事はいつも存在している。

私たち人類が滅亡をするのかという瀬戸際だからこそ、子孫をつなぐようにプログラムされているDNAの力なのかあちらこちらにカップルが成立している。
そう、かくいう私も蜘蛛の巣にかかってしまった世間知らずの蝶のように、もがいても糸に絡まるばかりなのに、振りほどけない、いや、もうこのままでいいのだろうかと諦念さえ抱いている。



都内の教会で制服姿の私は祈っていた。
手を合わせて、
「天にまします我らの父よ、……」
教会はほの暗いのだが、見慣れているけど見惚れてしまうようなステンドグラスからの採光が私の肩に届き、やがて背中を温めてくれる。

そして、終わりが近づき、
「父と子と聖霊のみ名によって、アーメン」と
右手で額、胸、左肩、右肩で十字を切りながら最後に手を合わせて立ち上がろうとしたら、

「おや、敬虔なあなたが先客でしたか」
と少し驚いたような声を出す不粋な輩がいた。

私がキッと睨むと、その見知った顔は整った口角を少しあげるので、
「あなたには関係がなくてよ」
と優しげな薄い緑色の瞳に見透かされているような気がして、ピシャっと言う。

このクラスメートはヨーロッパのどこぞの国の血が流れているそうだ。
見目麗しく、ミルクティー色の首を傾げている姿は無邪気なのだが、彼は猫をかぶっている気がして、警戒感を強める。
「あなたの討伐数は学年でもトップレベル、でも良心の呵責に心が悲鳴をあげてそうだ」

本心を言い当てられてしまったのでぎりっと思わず奥歯を噛み締めてしまうが、
「それが何か?」
「いえ、面白いなと思って」
「お、面白い?」

そう言いながら、距離を詰めて来るので、私は思わず一歩ずつ後ろに下がってしまう。

「世界が一変し私たちは戦いを選んだ。その中で気丈なあなたは神に何を求めているのです?」
ゆっくりと愉快そうに顔を覗き込むので緑色の瞳に囚われないように、視線を横にずらした。

「私は善悪を自問自答していた以前とは違う。もうこの手は汚れてしまったわ」
手のひらを広げて目を落として見ていたら
「いや、この手は皆を守っているんだ。あなたらしく」
手を包むように握ってきたので、

「僕にもあなたを守らせて」と耳元で囁かれる言葉に、
顔がじわじわと真っ赤になって、(距離が近すぎる)と内心思い、目眩を起こしそうになった。


4/25/2024, 11:59:37 AM

「淡い恋」

気になる人ができてしまいました。
その人は顔が丸くてホワっとした笑顔でいつもいて気になってしまっているのですが意識しないように気をつけています。

挨拶をされると何故か(可愛い)と胸がときめきます。
でもね、年下なのです。

私の方が年上ですし、まさか胸がきゅんとするのは秘密なのです。

他にもカッコいい人もいるけれど、その人がいると自然と目が追ってしまい胸が苦しいです。
今日もその人はスーツのベスト姿で颯爽と現れて、本当にこっそりとお似合いだなと見ていました。

流れ星に願いを込めるとしたら、記憶にあなたのことを留めておきたいなと願っています。

まだ出会ったばかりなのに先を望めないのは悲しいですし早く失恋を望まなければいけない事が苦しくて、愚かな私には思考ループが無限に続いています。

もし、今度お話する機会があったら、ばっさりと告白はせずにそれとなりに年齢を確かめてから諦めようと決めています。
何故なら年齢が三歳以上離れている場合は身近に不幸な例もあって、やめようと決めています。

こんな事を書いたらドン引きされるのは分かっているけれど、本当のことは誰にも話せないから、記憶の欠片として残しておきます。
だって消えていく流れ星に願いを込めるのは、消えてほしくないから、一瞬でも輝く星に叶えてほしいから。

儚い瞬間の瞬きでも、瞼の裏にあなたの姿を流れ星と共に思い出せたら忘れないでしょう。


4/21/2024, 12:18:49 PM

昨日は雫が頬を濡らしただけではなく、鼻水まで流して、先輩のシャツを楕円形に湿らせてしまった。

みっともないところを見せてしまったような気がして、アルバイト先の長身でイケメンの先輩に対して、目を合わせられなかった。

けれど気になってしまって仕事の合間に少しだけ見ていると、目があってしまい、少し口角を上げてにこっと笑った気がした。

あまりに自然な笑顔にホッとして心が落ち着いてきた。


これまで感情を吐露することは今までにない体験だったので、自分でも自分のことがよくわからなくなっていた。

ツンツンと脇腹に触る者がいたので、左を見たら、後輩が震えていた。

「ねぇ、今の見ました? 確実に女性のハートにダメージを浴びせるスマイル! はー幸せ」
とうっとりしていたので、

確かに昨日は少しぎゅっとされて

(距離感が零で、そうゼロで? え?)

鼻をくすぐる香りと温もりと体格の良さが伝わってきたのが蘇ってきて、

「先輩? 赤くなったりして、風邪でも引きました?」

さっき落ち着いた心がざわざわとして、(心臓がうるさいわ)

「あれ? 硬直してます? 彫刻みたい」

と後輩が訝しんで脇腹をツンツンしても動けなかった。


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「やっと終わったな」

「次の講義行こうか〜」

都心部にある伝統的な大学のキャンパスでは自由に歩いている学生が沢山居て、大学の最寄りの駅までは笑い声や物音で騒がしかった。

「なー、今日もバイト?」
と馴れ馴れしく友達が肩を叩いてきた。

「うん」

スマホをチェックしながら、歩いていたら友達が急に半眼になって、

「バイト、どう?」
と訊いてきた。

「え? 真面目にやってるよ」

「お前が怪我して以来、ラグビー辞めてさ、どうなるかと思ったらバイト始めて心配してたんだ」
と眉を寄せていたかと思えば、

「イケメン、長身、知性、スポーツ、何でも揃っているからバイト先でも騒がれてるじゃね」
と好奇心をのぞかせた顔で訊いてくる。

「彼女できた?」
何故か小声で訊いてくるので

「いや、できないよ」
とスマホから目を離して思わず苦笑してしまった。


「そうかー、お前でもまだか」
と若干嬉しそうな顔をした友達が言った。

駅に到着して、改札のところで

「ああ、これから定期通院しているところに行くからまたな」
というと、

「怪我が治るのはもう少し時間かかりそうなんだな」
とさらに心配そうにしているので、

いつも気遣ってくれる友達に対して本当のことを伝えようと決めた。


「うん、もうこの脚ではラグビーはできないんだ」

「そうか、そうなんだ。ごめん、言わせちゃって」
少ししゅんとしてしまった奴に、

「いや、気にするなよ」

と言って病院に向かった。

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※本日の2024年4月21日(日)テーマ(雫)で書かせていただいた掌編は、昨日の4月20日(土)テーマ(何もいらない)の続きとなっております。








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