親友が勝ち気そうなストレートの黒髪でつりあがった目をして昔の映画の女優と言われても納得してしまうぐらいの迫力で睨みつけてくる。
美人過ぎると迫力があるわねなどとのんびり構えていたら、
「ねぇ、なんであなたはいつもマイペースなの? 怒っているところとか焦っている姿を見たことがないよ」
と話は彼女から始まった。
「どういう意味?」
彼女は眉をキリッとさせて、
「好きな人がいるんでしょう」
「え?」
私は目を逸らしつつ、曖昧にうんと言ったら、
「あなたねぇ、のんびりしていたら行動しないとすぐに取られちゃうわよ」
彼女が私のことをよくあなたと呼んでいるのは、親が言葉遣いうるさいからといつかのときに言っていたっけなどと考えていたら、
「ちょっと聴いているの?」
と言われて、うんと私が答えると、
「ああーもうだめ」
とついに降参とばかりにため息をついた。
「だってね、好きな人は選ぶ自由があるから、彼が幸せならいいの。私を選ばなくてもたぶん幸せでいて、笑っててくれたら、それで」
ふふと笑っている私はおかしいいかな?
そしてカフェでお茶を飲みながら恋愛についてお話していたら、
「あ!」と猫目の彼女が言ってバツが悪そうな顔をしたので、
振り返ると、
窓ガラスの向こう側で私の好きな人が微笑みながら歩いていて、その横には茶色い髪の緩いウェーブを肩下まで伸ばしている見たことがある女性がいた。
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私は好きな人の朗らかな笑い方が好きだ。
好きな人は実はあるアルバイト先の先輩だった。
アルバイト先には三人先輩がいて、一人は長身でイケメンの男性で、もう一人はスポーツマンのように朗らかでにこにこと笑い方が可愛らしい男性、そして最後は大人っぽくて綺麗で優しい女性だった。
「初めまして、よろしくお願いしますね」
と真ん中の男性が私に言いながら、笑顔で朗らかな姿を見て、胸がきゅんとして可愛いと捉えてしまった私はもう初めて会った時から恋に落ちていたのかもしれない。
長身でイケメンの先輩が働いている姿を、今日もうっとりと見ているポニーテールの後輩が、
「ねぇ、カッコいいですよね、はー、眼福ですね~」
「眼福って古風な言葉遣いね、この前受けた漢字の資格の勉強をしていたからか」
などと素直に言ったら、
「言葉遣いじゃなくて、先輩を見てください。 今日も爽やかなんです、輝いています。あの顔でたまに方言を言うんですよ」
知ってます??と畳み掛けてきて、
「いや、知りません」と
答えたら、
「はあ〜、先輩の好きな人はもう一人の」
と大きな声で後輩が言うので、
慌てて手で抑えようと、
「やだー、顔を真っ赤にしちゃって、うわー」
お願いだから静かにしてと懇願していたら、アルバイト先の店長に二人で怒られてしまった。
「お疲れさまです」
「おっ疲れ様」
「また、明日〜」
とアルバイトの帰り際に皆に挨拶をした。
「ねぇ、帰り道こっちだよね?」
私はこの前の隣りにいた女性が頭から離れずチラチラと好きな人を見ていたら、
長身のイケメンの先輩が話しかけてきてくれた。
「はい、そうです」
「じゃあ、一緒に駅まで帰る?」
と言ってくれたのでその時、初めてきちんと先輩の顔を見た。
背が高くて、おおーまつ毛長いし、顔がシュッとして小顔なのね、髪型もふわっと真ん中でわけていて、なるほど後輩が言っていた通りのイケメンだった。
これで頭も良いなんて、天は二物を与えずということわざはあまり当てにならないのかしらと考えていたら
「行こうか」
と言って、いつの間にかに駅の方角へ先輩が歩きだしていったので私も慌てて歩き出した。
「よくアイツのこと見ているけど好きなの?」
「へ?」
え、アイツって。
突然、言われた言葉の意味に驚き、口をパクパクとしてしまった。
「ふーん、顔を赤くして、本当みたいだね」
「いいえ、いえ、いえ」
「狼狽えちゃって可愛いね」
とさらっと笑われてしまった。
「でも、アイツはやめておけば? 彼女がいるんじゃないかな」
「え、それってもしかして」
「知ってるの?」
喉がつっかえて言葉が絞り出るようにひゅっとしてしまった。
「もしかして……、……せ先輩」
そう、この前カフェの窓の外を歩いていた女性はアルバイト先の綺麗で優しくてみんなから好かれている先輩だった。
か、彼女……? 見間違えようがなく、心臓がどきどきとしてしまって思わず立ち止まって下を俯いてしまった。
好きな人が幸せなら何もいらないと思っていた。
ただ笑っていてくれたら、私を選ばなくても良いって、本当に本当に思っていたのに、この浅ましい気持ちはなんだろう。
大粒の雫がこぼれて泣き顔をさらけ出してしまったとき、ゴシゴシと洋服の袖で拭っていたら、
「ええよ、泣いても」
と少しぶっきらぼうに感じる言葉で長身の先輩が私の頭に手を当てて引き寄せて言った。
ビー玉が転がり机から落ちる。
私は机に突っ伏していて、だるい汗が滴り落ちる夏の気温に負けていた。
20歳になったばかりなのにこの体たらくな私に向かって
「あんた、進化しないわねぇ」
と姉に呆れられる。
タンクトップに薄い短パン姿で、団扇を仰いでも、一向に涼しくならない。
しゃーない、そう呟くと、
「ちょっとコンビニ行ってくる」
と姉に向かって叫んで、日傘を持って出かけようとすると、
「あんた、日焼け止めぐらい塗らないとすぐに30になって、後であたしみたいに後悔して美容皮膚科にお世話になるわよ」
ポーンと投げられた日焼け止めをキャッチすると、
「へーいへーい」
と面倒臭いのだけどじーっと見ている姉の前でささっと塗って、
「ありがと」
と言って素早く家を出た。
夏はギラギラと光線をスライムのような私に浴びせて容赦がない。
コンビニ行って、アイスコーヒーを飲むのかアイスを買うのか迷っていた。
日傘をさしてもコンクリートが熱を発していて、全然もうだめだ。
スライムは溶けてうにゅうにゅと移動するしかない。
交差点の信号で足止めをされた汗だくな私は、サンダルでたたらを踏みながら(早く信号よ、変わって)と祈っていたら、隣にいた通行人のお姉さんが携帯型の扇風機を顔に向けていた。
太陽光線様に対抗する術など私の頭では思いつくはずがなく、小型の扇風機を持って強かにライフハックをするお姉さんに思わず感心してしまった。
母が私が幼い頃
「あんたは夏生まれだから、夏に強いはず」
と優しく頭を撫でながら、言ってくれた時に褒められたような嬉しくなって、
「そうなの?」
と温かいぬくもりを感じたことが何故か記憶から呼び起こされる。
(お母さん、本来なら夏に強いはずだけど、最近の気温には勝てません)
と独りごちる。
コンビニに着くと幼馴染の"りーこ"がいた。
白いワンピース姿で黒髪のロングヘアーのりーこがアイスコーヒーを買っていた。
後ろから、「わっ!」
と言ってみると、
「きゃっ」
と満点のリアクションをしてくれたまでは良かった、良かった。
しかし、りーこの白いワンピースにアイスコーヒーがこぼれて茶色い染みができたのを確認するまでは。
私はそ~と回れ右をしてコンビニを出ようとすると、
パシッと手を掴まれて、
透き通った無色透明な彼女の怖い笑顔が待っていた。
「ごめんなさい」
私は素直にりーこに謝り、
「ごめん、クリーニング代払うよ」
りーこはため息ついて、
「全く中学の頃から変わってないんだから、もぅ」
「はは」
「ふふ」
その後は二人とも笑ってしまった。
中学生の頃から群れることもなくマイペースに生きていた私と、成績も良く生徒会の一員として見目も良く、まさに美しい無色透明な蝶のような彼女とは幼馴染だった。
中学生の時、彼女はクラスメートの女子から嫉妬をされて、一時期学校に来れなくなったことがあった。
気分転換として私の部屋に遊びに来ていた彼女は真剣な面持ちで、
「あのね、最近、私は色が見えないの。無色の世界で生きてるみたい」
と打ち明けられたときは、苦悩に満ちていた彼女の話をただ聴いていることしかできなかった。
「一生、色彩が感じられなかったらどうしよう」
不安げな彼女はぎゅっと膝を握っていた手の甲にポロポロと涙を落としていた。
「キャンバスに絵を描くとき、白いから色彩がよく見えるんだよ」
「ゔん」
鼻声の彼女に
「絵の具の色を重ねて塗っていくから、白いキャンバスのりーこはこれから色を重ねていけるよ。」
私はさらに焦りながら
「今は無色かもしれないけど、私たちはこの先いろんな出来事があって一つずつ新しい色が増えていくかもしれないよ、それを楽しみにしよう」
「いつも美術部で居残って絵を描いていたよね」
公園でりーこはアイスコーヒーを飲みながら呟いたので、私は
「え?」
と聞き返した。
「あの時、絵が好きな夏子が一生懸命に言ってくれた言葉が私には金色の光でキラキラとして見えたんだ。だから、あの時は言えなかったのだけど、ありがとう」
「そうかな」
と私は照れながら、
「はは」とか
若干、誤魔化していたら
「もうすぐ就活に向けて準備しなきゃね」
とりーこが涼しげに言うもんだから、
「いやいや、まだ早いでしょう!?」
と空に向かって悲鳴をあげてしまった。
「ディスタンス」
高校のクラスの机が隣り同士で端的にいうと私は静かめな人とよく言われるタイプであなたは真逆なうるさい人でした。
最初は若干、隣りが騒がしくて思わず睨んでいた事があって、
「こえー」
とかあなたの友達が口走ると、
「いや、もう少し声落とそうか」
と冷静な顔をするあなたに(へー、意外)と思っていました。
春の季節の帰り道にただただ満開の桜を眺めて美しさに浸っていた時に、
「はい」
「え?」
通り過ぎていく見慣れた顔がははっと笑いながら、手に何かを押しつけていく姿に、戸惑ってしまいました。
手を開いて見ると、ひと粒の苺の飴がありました。
「いつもわりー、ごめん」
と片手を斜めに額に近づけて謝る姿に、(意外と見てるんじゃない)と思い、
「別に怒ってないから」
「えー?」
聞こえてないあなたの姿に私は誤魔化すように手を振って、
「また、明日ね」
「おう」
そんなやり取りと苺の飴の甘酸っぱさが大切な記憶になりました。
数年後ーーーーーーーー
「ソーシャルディスタンスを守りましょう」
とどこからか流れてくるアナウンスに辟易としながら、鈍色の空の下、閑散とした街を足早に歩いていく。
スマホにはあなたのことが書かれてありました。
亡くなったんだって。
(嘘、まさか)
だって、だって、
「また、同じクラスだな、よろしく」
「また? 腐れ縁ていうのかな?」
「まあ、いいじゃん。顔見知りがいると落ち着くんだわ、人見知りなとこあるからさ」
「あなたが人見知りだったら、今、世界中の人見知りを敵に回したよ」
と軽口をたたき合って挨拶したときのあなたの笑顔がすぐに思い出せたのに、
ぽつぽつと涙がスマホを濡らしていくほど届かぬ思いがあったのだと今、気づいたの。
マスクを外して足を止めて、涙が溢れてどうやってもとめられなくて鈍色の空もあなたのことを悼んでいるように雨が降り出しコンクリートを濡らしていきました。
あなたは目を覚ましました。
それから私の顔を見て
「お前は誰だ」
と言いました。
あなたは記憶を失っていて、私のことも忘れていました。
「あなたの妻でございます」
「お前が!? 俺の許嫁はどこだ? 俺がお前のような醜女を選ぶはずがない」
この社会では美醜によって扱いが異なりますから、
美しい者は美しさを求め、
醜い者は嫌われて笑われ者になることもあるし、それを歌う舞台演劇だってあります。
そして、周囲の親族が口々に説明していました。
特にあなたの妹は、
「お兄様? いい機会でなくって? この際、離縁なさってもよろしいと思いますわ」
「もう、援助金を頂いて我が侯爵家は立て直しができたわ、それに醜女なんて我が侯爵家にはふさわしくないですもの」
とニッコリと社交界の華と称賛されている笑顔で言いました。
それを聞いて事実通り政略結婚で結ばれた私を見て、
「そういう事情があったのか、でないとまさか、俺がお前のような……」
「醜女を選ぶはずがない?」
喉が支えてしまったようなので続きを代弁させていただきました。
医師の方々があなたに今の状況を説明したことで目に見えてあなたは落ち着いていきました。
「ゴホン」
失礼なことを言った自覚があるのでしょう。
目を閉じて咳払いして誤魔化すのはあなたの悪い癖です。
そして目をそろりと開けて、
「行くあてはあるのか? 確かに君との関係は考え直すかもしれないけど、すぐに追い出したりはしないから、しばらくは屋敷にいて良い」
その無駄に優しい心遣いが以前のあなたと変わっていなくてじんわりと温かくなる。目元も熱くなるので、下を向いて
「気を遣ってくださってありがとうございます」
と見られないように言いました。
二人の思い出があるお屋敷のテラスに私はいました。
沈む夕日がキラキラと反射しているのを見て過去が蘇ってきて、胸が締めつけられました。
正直言ってお屋敷に居るのがこんなに辛いと思いませんでした。
侍女が気を遣ってくれて先程から心配そうに紅茶をいれてくれました。
私は椅子に座って外を眺めながら紅茶を飲んでもう三杯目になります。
「旦那様はすぐに良くなられますよ。奥さまのことを大切にされていました。仲睦まじいご様子をしっかりとこの目で見ていましたから」
侍女の優しさに苦しさが和らいできました。
「でも、もう退院されているのに屋敷には帰ってきてないわ」
最後の言葉が若干震えてしまったけど、私は恐れていました。
もう私たちの関係は終わってしまったのではないかと。
脆く儚い時間だったのではないかと。
自分の本心が分からなくなってきた、そんな寂しいことがありました。
表面的な付き合いしかしていなかったから……。
水晶玉で視ているフリをして、ち、人生相談かよと僕は内心思った。
雑多な喧騒が耳に入る市場通りで目の前の女性が縮こまりながらポツポツと語りだすのを神妙な顔して聴いていた。
「植物の研究をしているんです。王宮のガラス張りの温室に必要な材料をとりにいったら、わ、私の好きな人が、同僚なのですが、私のことを話していて、く、暗いとか、冴えないとか言ってて」
「そうなんだ」
「その時、鏡を布で磨き上げていたような好きな人の姿がガシャガシャと崩れました」
「へー」
「占い師さん、どうしたらいいのですか」
「へ!?」
こほん。
話の内容が大体掴めたので、うんうんと頷きながら僕は
「それはお辛いと思いますが、思いが深くなる前に気づけてよかったじゃないでしょうか」
「そうですか、私は今後も人を好きになることができるでしょうか」
眉を寄せながら、唇をわななかせた女性に特効薬をたった一つだけ、
「視えます、視えます。あなたが微笑んで、隣りにいる方が優しくあなたを包みこんでいるような寄り添いあっている姿です」
「え!」
もう輝き出した女性の表情に僕はホッとした。
占いは嘘も方便、人を助けるために使えと言っていた師匠の顔を思い浮かべながら、
これでいいんですかね?
と内心つぶやいた。