あなたは目を覚ましました。
それから私の顔を見て
「お前は誰だ」
と言いました。
あなたは記憶を失っていて、私のことも忘れていました。
「あなたの妻でございます」
「お前が!? 俺の許嫁はどこだ? 俺がお前のような醜女を選ぶはずがない」
この社会では美醜によって扱いが異なりますから、
美しい者は美しさを求め、
醜い者は嫌われて笑われ者になることもあるし、それを歌う舞台演劇だってあります。
そして、周囲の親族が口々に説明していました。
特にあなたの妹は、
「お兄様? いい機会でなくって? この際、離縁なさってもよろしいと思いますわ」
「もう、援助金を頂いて我が侯爵家は立て直しができたわ、それに醜女なんて我が侯爵家にはふさわしくないですもの」
とニッコリと社交界の華と称賛されている笑顔で言いました。
それを聞いて事実通り政略結婚で結ばれた私を見て、
「そういう事情があったのか、でないとまさか、俺がお前のような……」
「醜女を選ぶはずがない?」
喉が支えてしまったようなので続きを代弁させていただきました。
医師の方々があなたに今の状況を説明したことで目に見えてあなたは落ち着いていきました。
「ゴホン」
失礼なことを言った自覚があるのでしょう。
目を閉じて咳払いして誤魔化すのはあなたの悪い癖です。
そして目をそろりと開けて、
「行くあてはあるのか? 確かに君との関係は考え直すかもしれないけど、すぐに追い出したりはしないから、しばらくは屋敷にいて良い」
その無駄に優しい心遣いが以前のあなたと変わっていなくてじんわりと温かくなる。目元も熱くなるので、下を向いて
「気を遣ってくださってありがとうございます」
と見られないように言いました。
二人の思い出があるお屋敷のテラスに私はいました。
沈む夕日がキラキラと反射しているのを見て過去が蘇ってきて、胸が締めつけられました。
正直言ってお屋敷に居るのがこんなに辛いと思いませんでした。
侍女が気を遣ってくれて先程から心配そうに紅茶をいれてくれました。
私は椅子に座って外を眺めながら紅茶を飲んでもう三杯目になります。
「旦那様はすぐに良くなられますよ。奥さまのことを大切にされていました。仲睦まじいご様子をしっかりとこの目で見ていましたから」
侍女の優しさに苦しさが和らいできました。
「でも、もう退院されているのに屋敷には帰ってきてないわ」
最後の言葉が若干震えてしまったけど、私は恐れていました。
もう私たちの関係は終わってしまったのではないかと。
脆く儚い時間だったのではないかと。
4/7/2024, 3:06:34 PM