そんなに柔らかく無邪気に笑っていたのはただ君だけ
あの頃の君の眼差しは何処に居たって
混雑した駅の雑踏の中で埋もれていても
変わり映えしない毎日に辟易しても探しながら前へ進んでいるなら
きっと見つけ出せる気がするの
もし君が目がしみて汗だくになりながら地道に足をつけて働いていても
そして私がふとした瞬間に俯いた顔をあげて周りの声が心に届いたときに
きっと見つけ出せる気がするの
たくさんの人の中から柔らかく笑えたのはただ君だけ
恥ずかしくて本当は目を合わせるのが苦手な私でも
人と視線を合わせる練習をしているなんてきっと君の周りにはいないような不思議な行動をしていても
ただ「笑わないで」と奥底から迫り上げてくる願いが口をついて出てきそうになった
その瞬間、君の屈託のない笑顔を見て
うつむきながらそっと私の頬は染まりました
SNSは
楽しい?
スマホを持ってみんなが夢中になっている。
時代についていけない私は取り残されている焦燥感に駆られていて、でもスマホがない時代には手紙や公衆電話で恋をしていたはずなんだ。
でもね、いつでも見れるような写真だけは今の時代にあって良かったと心底思っている。
好きな人の写真を眺めているのは変態の証しかもしれなくて、誰にも絶対に言いたくないけど、胸がじくじくと痛んでいつまでも失恋ができないんだ。
体重が増えて好きな人に会って目を逸らされて心が抉られる経験をして泣きながら姉に相談しても「こわ」と言われて、最早、棒読みになる最近の出来事に全然だめな自分にようやく区切りがつけそうだよ。
表情筋が動かない私だって嬉しいことがあれば飛び跳ねているし、悲しいことがあれば凹んでいる。
モヤモヤして悩んだ結果、ひとまずダイエットを頑張ろうと決意することにした。
そしてきっといつかの出会いを待っていないで探しに行くぐらいの気持ちになったからカーテン越しに入ってくる白い光がオレンジ色になった時、心の夜が明けた。
『昔々、この惑星に住む者は星のカケラを沢山、集めておりました。
地面に落ちている星のカケラを拾っては大人も子供も老人も腕一杯に抱えて偉い人に持っていくのです。
偉い人々は濁った眼で横柄な言葉と態度で腕に抱えられた星のカケラを選別していきます。
そうしている内に皆、言葉を喪失して表情も無くひたすらに列をなして待っています。何の疑問も持たずに、待つようになるのです』
ーー紙のページを指で捲る音が段々と速くなる。
『彼らが持っている星のカケラは実は彼らの大事な感情に共鳴して多色に発光する性質がありました。また、それに目をつけた有力者がそれらを集めて変換器に入れて、光を惑星のエネルギー源として使用していました』
『しかし、ある時、一人の若者が星のカケラを⋯⋯』
最後までパラパラと流し読みをして、パタン、と僕は絵本を閉じた。
絵本の裏側には花火が描かれていて、それが目に飛び込んできたので心臓がドクンとした。
(時間つぶしのつもりだったけど⋯⋯)
夕方から夜に移ろいゆく時間に顔を窓に向けるともっと気持ちがざわざわとしてくるので目を背けた。
そう、今日だけは顔を背けたかった。
チカチカと光るスマホに新しいメッセージが届く。
スマホが大部屋の病室では通話禁止だった為、僕は松葉杖をついて、通話が可能なエリアに向かった。
「母さん、うん、大丈夫だよ。今日からリハビリが始まったんだ」
僕は抱えている気持ちとは裏腹な声で明るく言った。
「うん、それより父さんや兄貴は⋯⋯」と言いかけた。
ドンドンと、ひゅーっババンと振動が伝わってきた。
病室にいる人々も窓の向こうに見えてきた花火を見に廊下や談話室に来た。
わぁ!
一斉に明るく賑やかな雰囲気になる。
「ねぇ、花火のような音がするけど⋯⋯」
電話越しに母親がつぶやく。
「うん、今日は花火大会が近くであるってさっき受付の人が話してたよ」
僕は努めて明るい口調で早口に言った。そして、電話を終えた。
そうでもしないと心の淀んでいく叫びが口から衝いて出そうだ。
そして、部活のバスケットチームのメンバーの顔が蘇る。
試合が終わり、みんなの頬を伝って流れてくる塩っぱい味も、バスケットコートの床を力一杯腕で叩く、動かない足を抱えた自分の姿や、最後の大会で放心状態から慟哭へとじわじわ変わっていく先輩方の姿がつい昨日の事のようでズキズキと痛む。
大会のメンバーに選ばれて誇らしげだった自分とそんな僕に期待してくれた父親と兄貴の姿も一緒に胸をよぎる。
「なあ、試合終わったら今度みんなで花火見に行こうよ」
誰が言い出したのか、みんなで行こうといつの間にか決まっていた花火大会、そんなロッカールームでの他愛もない話が試合前の緊張をほぐしてくれた。
僕たちはとても落ち着いていたプレーをしていたのだが、それを攻略してきた相手チームの研究と分析の前では身動きが取れなくなり、そして敗北の重みは、綿々と続いてきた伝統あるバスケットボール部の歴史の1ページになったんだ。
「みんな花火大会に行ったのかな?」
独りごちるつぶやきは誰も知らないはずだった。
マナーモードのスマホが着信と共に揺れる。
「はい?」
「おーい、響」
「ひびき!」
「もしもし、響?」
「え?!」
「なんだー、良かった居るじゃん」
「先輩方? それに正史?」
「そうだよー」
「「そうだ」」
僕は声が震えそうになるのを堪えて、
「僕は試合のメンバーに入れてもらったのに、先輩方の大事な最後の大会の試合で不甲斐ないばかりに、怪我までして申し訳なくて⋯⋯ごめんなさい」
「なんだよ、辛気臭い声出して」
「お前のせいじゃないだろ」
先輩方に続けて
「そうだよー」
と正史がおどけたように言った。
「そんなことより花火見てるか?」
「こっちはみんな総出で見に来てるぞ」
先輩方がガヤガヤとした外の音を拾いながら、
「響! 来年のインターハイはお前たちに託すからな」
「⋯⋯」
とよく響き渡る声で朗々と宣言した。
そして、僕と同じスタメンだった正史の
「という先輩方の言葉をいただいたから、がんばろうな」
言葉がつかえていた気持ちを霧散させて
「ああ」
新しい目標と希望をくれた。
ひゅーっ、花火が夜空に花を開かせては散っていく。
炎色反応によって見える花火の色は僕達の先輩方が何代も何代も遡って抱いてきたそれぞれのチームの色と似ていると何となく思った。
空が橙色に染まる夕焼けを久しぶりに見たときの心の震えを私は忘れない。
その場所をやめたとき、暦では7月だった。
やめてしまったら、この先には何があるのだろうかと未来に対して不安しかなかった。
私の心細さを消して背中を押してくれたのは今までお世話になってきて出会って来た人々だった。
色々な人と出会ってきたが、皆、同じ悩みを抱えてきた人々は優しかった。
世間から見るときっと怖いと思われる存在だと知っていたが、他愛のない話をして、同じ体験を共有して、盛り上がるときはみんな笑顔になり、騒がしかった。
大切な居場所だった。
そこから、私は自分の船をそっと海に出した。
居場所がなくなった私は、新しい居場所を作り始めた。
その為、沢山の寄り道をして、その時々の居場所を見つけた。
そして、新しい出会いがあった。
「夢が同僚とご飯を食べに行くことだなんて、そんなの私がいつでも叶えてあげるわよ」
そう言ってくれて、一緒に食事に行ってくれた人の優しさを私は一生忘れない。
他者と分かり合えない孤独に苛まれ、苦しみ、もがいて生きてきても私のように不器用でも、生きることを諦めないでいたら隣に同じように悩んでいる人に出会い、ふと話している瞬間にお互いにぎこちない笑みが生まれるかもしれない。
空を見て一息ついて、秋にしては暑すぎる日々に辟易しながら、テーマの秋恋とはかけ離れたことを今思っている。
窓越しにしとしとと雨の粒が涙の跡のように濡らしていきましたが、しばらくすると雨がやみ、光が差し込んできました。
気づけばあなたの温もりばかり考えていた私は左手の薬指の指輪を見ていました。
寝ているあなたを見つめながら、
「ねえ、今日は何時に帰ってくるのかしら」
心のその問いがあなたの肩にのしかかるぐらいだったら、無言でいた方がよっぽど良いのです。
あなたの顔の輪郭を指でなぞって、長いまつ毛やシャープな顎を辿っていると、
「ここは良いのか?」
目を覚ましたあなたに手を掴まれてあなたの唇を触りました。
「え」
「欲求不満なのか」
「いいえ、別に」
咄嗟に素直ではない言葉が口をついて出てきました。
でもニヤリとしているあなたに、
「素直になってくれ、俺の奥さん」
と言われてぎゅっとされて、恥ずかしくなってしまいました。
そうして、あなたが浴室に行っている間にあなたの匂いが染みた寝間着を吸い込んでうっとりとしている私はきっとおかしいのでしょうね。
このことはテーブルに置いた花瓶の昼顔しか知りません。
「熱っ」
調理中、フライパンで指を火傷してしまい、流水で冷やしていました。
エプロンを着て朝ごはんを作っているところで、
「まだ、慣れないのか?」
「ええ、手際が悪くてごめんなさい」
あなたに微笑むと、
「別に良いんだ。きみのペースで」
と言いながら、傍に来て少し波打つ髪を一房、口元に持っていきました。
「顔が赤くて熱いぞ、大丈夫か」
「ダイジョウブです」
左手の指輪を見ているとまだまだ不思議な心持ちで、いっぱいになります。
本気の恋は一人では始められなくて、この広い世界で出会って恋をして指輪をしている自分の薬指は奇跡に恵まれたのでしょう。