ビー玉が転がり机から落ちる。
私は机に突っ伏していて、だるい汗が滴り落ちる夏の気温に負けていた。
20歳になったばかりなのにこの体たらくな私に向かって
「あんた、進化しないわねぇ」
と姉に呆れられる。
タンクトップに薄い短パン姿で、団扇を仰いでも、一向に涼しくならない。
しゃーない、そう呟くと、
「ちょっとコンビニ行ってくる」
と姉に向かって叫んで、日傘を持って出かけようとすると、
「あんた、日焼け止めぐらい塗らないとすぐに30になって、後であたしみたいに後悔して美容皮膚科にお世話になるわよ」
ポーンと投げられた日焼け止めをキャッチすると、
「へーいへーい」
と面倒臭いのだけどじーっと見ている姉の前でささっと塗って、
「ありがと」
と言って素早く家を出た。
夏はギラギラと光線をスライムのような私に浴びせて容赦がない。
コンビニ行って、アイスコーヒーを飲むのかアイスを買うのか迷っていた。
日傘をさしてもコンクリートが熱を発していて、全然もうだめだ。
スライムは溶けてうにゅうにゅと移動するしかない。
交差点の信号で足止めをされた汗だくな私は、サンダルでたたらを踏みながら(早く信号よ、変わって)と祈っていたら、隣にいた通行人のお姉さんが携帯型の扇風機を顔に向けていた。
太陽光線様に対抗する術など私の頭では思いつくはずがなく、小型の扇風機を持って強かにライフハックをするお姉さんに思わず感心してしまった。
母が私が幼い頃
「あんたは夏生まれだから、夏に強いはず」
と優しく頭を撫でながら、言ってくれた時に褒められたような嬉しくなって、
「そうなの?」
と温かいぬくもりを感じたことが何故か記憶から呼び起こされる。
(お母さん、本来なら夏に強いはずだけど、最近の気温には勝てません)
と独りごちる。
コンビニに着くと幼馴染の"りーこ"がいた。
白いワンピース姿で黒髪のロングヘアーのりーこがアイスコーヒーを買っていた。
後ろから、「わっ!」
と言ってみると、
「きゃっ」
と満点のリアクションをしてくれたまでは良かった、良かった。
しかし、りーこの白いワンピースにアイスコーヒーがこぼれて茶色い染みができたのを確認するまでは。
私はそ~と回れ右をしてコンビニを出ようとすると、
パシッと手を掴まれて、
透き通った無色透明な彼女の怖い笑顔が待っていた。
「ごめんなさい」
私は素直にりーこに謝り、
「ごめん、クリーニング代払うよ」
りーこはため息ついて、
「全く中学の頃から変わってないんだから、もぅ」
「はは」
「ふふ」
その後は二人とも笑ってしまった。
中学生の頃から群れることもなくマイペースに生きていた私と、成績も良く生徒会の一員として見目も良く、まさに美しい無色透明な蝶のような彼女とは幼馴染だった。
中学生の時、彼女はクラスメートの女子から嫉妬をされて、一時期学校に来れなくなったことがあった。
気分転換として私の部屋に遊びに来ていた彼女は真剣な面持ちで、
「あのね、最近、私は色が見えないの。無色の世界で生きてるみたい」
と打ち明けられたときは、苦悩に満ちていた彼女の話をただ聴いていることしかできなかった。
「一生、色彩が感じられなかったらどうしよう」
不安げな彼女はぎゅっと膝を握っていた手の甲にポロポロと涙を落としていた。
「キャンバスに絵を描くとき、白いから色彩がよく見えるんだよ」
「ゔん」
鼻声の彼女に
「絵の具の色を重ねて塗っていくから、白いキャンバスのりーこはこれから色を重ねていけるよ。」
私はさらに焦りながら
「今は無色かもしれないけど、私たちはこの先いろんな出来事があって一つずつ新しい色が増えていくかもしれないよ、それを楽しみにしよう」
「いつも美術部で居残って絵を描いていたよね」
公園でりーこはアイスコーヒーを飲みながら呟いたので、私は
「え?」
と聞き返した。
「あの時、絵が好きな夏子が一生懸命に言ってくれた言葉が私には金色の光でキラキラとして見えたんだ。だから、あの時は言えなかったのだけど、ありがとう」
「そうかな」
と私は照れながら、
「はは」とか
若干、誤魔化していたら
「もうすぐ就活に向けて準備しなきゃね」
とりーこが涼しげに言うもんだから、
「いやいや、まだ早いでしょう!?」
と空に向かって悲鳴をあげてしまった。
4/18/2024, 11:53:05 AM