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私はいつも小説を握りしめていた。
外出する時は文庫の小説をお守りとして持って出かけていた。

生きる意味を文字通り探していた10代。

もう二度と戻りたくはない、あの時代。

生きていく為の言葉を探していたから、沢山の言葉が詰まった小説は心の支えだった。

人と目を合わすのが苦手だったり、対人関係が宜しくない私には小説の世界が必要だった。
ドストエフスキーの罪と罰、太宰治の人間失格、吉野源三郎の君たちはどう生きるか、梨木香歩の西の魔女が死んだなどお世話になった小説たちは心を落ち着かせてくれた。

ある日、ブックオフで購入したドストエフスキーの悪霊を買ってホクホクとして家に帰る途中に姉とブックオフの近くで合流した。
姉の携帯が鳴り、何かの嬉しいお知らせだった。

姉は合格したのか、私は「おめでとう」と言った。
それで「何を買ったの?」と話の流れで訊かれたので、「ドストエフスキーの悪霊が手に入ったの」と私は嬉しくて見せた。

姉は顔を強張らせて、「縁起が悪い」と言い出したので私はポカンとしてしまった。

小説について説明ができたら良かったけれど、私はしどろもどろになってしまった。
そして、問答無用で買ったばかりのドストエフスキーの悪霊を持って首根っこを掴まれた猫のように、ブックオフに戻って売りに行かされた。

あの日がとても印象に残っている。

ちなみにあの頃、姉は小説も多読していて中学生の私に三浦綾子の塩狩峠、有吉佐和子の非色を読めと押し付けてきて、私は素直に読んでいた。


4/27/2024, 10:58:34 PM