世界の未曾有の危機でも恋愛という厄介な事はいつも存在している。
私たち人類が滅亡をするのかという瀬戸際だからこそ、子孫をつなぐようにプログラムされているDNAの力なのかあちらこちらにカップルが成立している。
そう、かくいう私も蜘蛛の巣にかかってしまった世間知らずの蝶のように、もがいても糸に絡まるばかりなのに、振りほどけない、いや、もうこのままでいいのだろうかと諦念さえ抱いている。
都内の教会で制服姿の私は祈っていた。
手を合わせて、
「天にまします我らの父よ、……」
教会はほの暗いのだが、見慣れているけど見惚れてしまうようなステンドグラスからの採光が私の肩に届き、やがて背中を温めてくれる。
そして、終わりが近づき、
「父と子と聖霊のみ名によって、アーメン」と
右手で額、胸、左肩、右肩で十字を切りながら最後に手を合わせて立ち上がろうとしたら、
「おや、敬虔なあなたが先客でしたか」
と少し驚いたような声を出す不粋な輩がいた。
私がキッと睨むと、その見知った顔は整った口角を少しあげるので、
「あなたには関係がなくてよ」
と優しげな薄い緑色の瞳に見透かされているような気がして、ピシャっと言う。
このクラスメートはヨーロッパのどこぞの国の血が流れているそうだ。
見目麗しく、ミルクティー色の首を傾げている姿は無邪気なのだが、彼は猫をかぶっている気がして、警戒感を強める。
「あなたの討伐数は学年でもトップレベル、でも良心の呵責に心が悲鳴をあげてそうだ」
本心を言い当てられてしまったのでぎりっと思わず奥歯を噛み締めてしまうが、
「それが何か?」
「いえ、面白いなと思って」
「お、面白い?」
そう言いながら、距離を詰めて来るので、私は思わず一歩ずつ後ろに下がってしまう。
「世界が一変し私たちは戦いを選んだ。その中で気丈なあなたは神に何を求めているのです?」
ゆっくりと愉快そうに顔を覗き込むので緑色の瞳に囚われないように、視線を横にずらした。
「私は善悪を自問自答していた以前とは違う。もうこの手は汚れてしまったわ」
手のひらを広げて目を落として見ていたら
「いや、この手は皆を守っているんだ。あなたらしく」
手を包むように握ってきたので、
「僕にもあなたを守らせて」と耳元で囁かれる言葉に、
顔がじわじわと真っ赤になって、(距離が近すぎる)と内心思い、目眩を起こしそうになった。
「淡い恋」
気になる人ができてしまいました。
その人は顔が丸くてホワっとした笑顔でいつもいて気になってしまっているのですが意識しないように気をつけています。
挨拶をされると何故か(可愛い)と胸がときめきます。
でもね、年下なのです。
私の方が年上ですし、まさか胸がきゅんとするのは秘密なのです。
他にもカッコいい人もいるけれど、その人がいると自然と目が追ってしまい胸が苦しいです。
今日もその人はスーツのベスト姿で颯爽と現れて、本当にこっそりとお似合いだなと見ていました。
流れ星に願いを込めるとしたら、記憶にあなたのことを留めておきたいなと願っています。
まだ出会ったばかりなのに先を望めないのは悲しいですし早く失恋を望まなければいけない事が苦しくて、愚かな私には思考ループが無限に続いています。
もし、今度お話する機会があったら、ばっさりと告白はせずにそれとなりに年齢を確かめてから諦めようと決めています。
何故なら年齢が三歳以上離れている場合は身近に不幸な例もあって、やめようと決めています。
こんな事を書いたらドン引きされるのは分かっているけれど、本当のことは誰にも話せないから、記憶の欠片として残しておきます。
だって消えていく流れ星に願いを込めるのは、消えてほしくないから、一瞬でも輝く星に叶えてほしいから。
儚い瞬間の瞬きでも、瞼の裏にあなたの姿を流れ星と共に思い出せたら忘れないでしょう。
昨日は雫が頬を濡らしただけではなく、鼻水まで流して、先輩のシャツを楕円形に湿らせてしまった。
みっともないところを見せてしまったような気がして、アルバイト先の長身でイケメンの先輩に対して、目を合わせられなかった。
けれど気になってしまって仕事の合間に少しだけ見ていると、目があってしまい、少し口角を上げてにこっと笑った気がした。
あまりに自然な笑顔にホッとして心が落ち着いてきた。
これまで感情を吐露することは今までにない体験だったので、自分でも自分のことがよくわからなくなっていた。
ツンツンと脇腹に触る者がいたので、左を見たら、後輩が震えていた。
「ねぇ、今の見ました? 確実に女性のハートにダメージを浴びせるスマイル! はー幸せ」
とうっとりしていたので、
確かに昨日は少しぎゅっとされて
(距離感が零で、そうゼロで? え?)
鼻をくすぐる香りと温もりと体格の良さが伝わってきたのが蘇ってきて、
「先輩? 赤くなったりして、風邪でも引きました?」
さっき落ち着いた心がざわざわとして、(心臓がうるさいわ)
「あれ? 硬直してます? 彫刻みたい」
と後輩が訝しんで脇腹をツンツンしても動けなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やっと終わったな」
「次の講義行こうか〜」
都心部にある伝統的な大学のキャンパスでは自由に歩いている学生が沢山居て、大学の最寄りの駅までは笑い声や物音で騒がしかった。
「なー、今日もバイト?」
と馴れ馴れしく友達が肩を叩いてきた。
「うん」
スマホをチェックしながら、歩いていたら友達が急に半眼になって、
「バイト、どう?」
と訊いてきた。
「え? 真面目にやってるよ」
「お前が怪我して以来、ラグビー辞めてさ、どうなるかと思ったらバイト始めて心配してたんだ」
と眉を寄せていたかと思えば、
「イケメン、長身、知性、スポーツ、何でも揃っているからバイト先でも騒がれてるじゃね」
と好奇心をのぞかせた顔で訊いてくる。
「彼女できた?」
何故か小声で訊いてくるので
「いや、できないよ」
とスマホから目を離して思わず苦笑してしまった。
「そうかー、お前でもまだか」
と若干嬉しそうな顔をした友達が言った。
駅に到着して、改札のところで
「ああ、これから定期通院しているところに行くからまたな」
というと、
「怪我が治るのはもう少し時間かかりそうなんだな」
とさらに心配そうにしているので、
いつも気遣ってくれる友達に対して本当のことを伝えようと決めた。
「うん、もうこの脚ではラグビーはできないんだ」
「そうか、そうなんだ。ごめん、言わせちゃって」
少ししゅんとしてしまった奴に、
「いや、気にするなよ」
と言って病院に向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※本日の2024年4月21日(日)テーマ(雫)で書かせていただいた掌編は、昨日の4月20日(土)テーマ(何もいらない)の続きとなっております。
親友が勝ち気そうなストレートの黒髪でつりあがった目をして昔の映画の女優と言われても納得してしまうぐらいの迫力で睨みつけてくる。
美人過ぎると迫力があるわねなどとのんびり構えていたら、
「ねぇ、なんであなたはいつもマイペースなの? 怒っているところとか焦っている姿を見たことがないよ」
と話は彼女から始まった。
「どういう意味?」
彼女は眉をキリッとさせて、
「好きな人がいるんでしょう」
「え?」
私は目を逸らしつつ、曖昧にうんと言ったら、
「あなたねぇ、のんびりしていたら行動しないとすぐに取られちゃうわよ」
彼女が私のことをよくあなたと呼んでいるのは、親が言葉遣いうるさいからといつかのときに言っていたっけなどと考えていたら、
「ちょっと聴いているの?」
と言われて、うんと私が答えると、
「ああーもうだめ」
とついに降参とばかりにため息をついた。
「だってね、好きな人は選ぶ自由があるから、彼が幸せならいいの。私を選ばなくてもたぶん幸せでいて、笑っててくれたら、それで」
ふふと笑っている私はおかしいいかな?
そしてカフェでお茶を飲みながら恋愛についてお話していたら、
「あ!」と猫目の彼女が言ってバツが悪そうな顔をしたので、
振り返ると、
窓ガラスの向こう側で私の好きな人が微笑みながら歩いていて、その横には茶色い髪の緩いウェーブを肩下まで伸ばしている見たことがある女性がいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は好きな人の朗らかな笑い方が好きだ。
好きな人は実はあるアルバイト先の先輩だった。
アルバイト先には三人先輩がいて、一人は長身でイケメンの男性で、もう一人はスポーツマンのように朗らかでにこにこと笑い方が可愛らしい男性、そして最後は大人っぽくて綺麗で優しい女性だった。
「初めまして、よろしくお願いしますね」
と真ん中の男性が私に言いながら、笑顔で朗らかな姿を見て、胸がきゅんとして可愛いと捉えてしまった私はもう初めて会った時から恋に落ちていたのかもしれない。
長身でイケメンの先輩が働いている姿を、今日もうっとりと見ているポニーテールの後輩が、
「ねぇ、カッコいいですよね、はー、眼福ですね~」
「眼福って古風な言葉遣いね、この前受けた漢字の資格の勉強をしていたからか」
などと素直に言ったら、
「言葉遣いじゃなくて、先輩を見てください。 今日も爽やかなんです、輝いています。あの顔でたまに方言を言うんですよ」
知ってます??と畳み掛けてきて、
「いや、知りません」と
答えたら、
「はあ〜、先輩の好きな人はもう一人の」
と大きな声で後輩が言うので、
慌てて手で抑えようと、
「やだー、顔を真っ赤にしちゃって、うわー」
お願いだから静かにしてと懇願していたら、アルバイト先の店長に二人で怒られてしまった。
「お疲れさまです」
「おっ疲れ様」
「また、明日〜」
とアルバイトの帰り際に皆に挨拶をした。
「ねぇ、帰り道こっちだよね?」
私はこの前の隣りにいた女性が頭から離れずチラチラと好きな人を見ていたら、
長身のイケメンの先輩が話しかけてきてくれた。
「はい、そうです」
「じゃあ、一緒に駅まで帰る?」
と言ってくれたのでその時、初めてきちんと先輩の顔を見た。
背が高くて、おおーまつ毛長いし、顔がシュッとして小顔なのね、髪型もふわっと真ん中でわけていて、なるほど後輩が言っていた通りのイケメンだった。
これで頭も良いなんて、天は二物を与えずということわざはあまり当てにならないのかしらと考えていたら
「行こうか」
と言って、いつの間にかに駅の方角へ先輩が歩きだしていったので私も慌てて歩き出した。
「よくアイツのこと見ているけど好きなの?」
「へ?」
え、アイツって。
突然、言われた言葉の意味に驚き、口をパクパクとしてしまった。
「ふーん、顔を赤くして、本当みたいだね」
「いいえ、いえ、いえ」
「狼狽えちゃって可愛いね」
とさらっと笑われてしまった。
「でも、アイツはやめておけば? 彼女がいるんじゃないかな」
「え、それってもしかして」
「知ってるの?」
喉がつっかえて言葉が絞り出るようにひゅっとしてしまった。
「もしかして……、……せ先輩」
そう、この前カフェの窓の外を歩いていた女性はアルバイト先の綺麗で優しくてみんなから好かれている先輩だった。
か、彼女……? 見間違えようがなく、心臓がどきどきとしてしまって思わず立ち止まって下を俯いてしまった。
好きな人が幸せなら何もいらないと思っていた。
ただ笑っていてくれたら、私を選ばなくても良いって、本当に本当に思っていたのに、この浅ましい気持ちはなんだろう。
大粒の雫がこぼれて泣き顔をさらけ出してしまったとき、ゴシゴシと洋服の袖で拭っていたら、
「ええよ、泣いても」
と少しぶっきらぼうに感じる言葉で長身の先輩が私の頭に手を当てて引き寄せて言った。
ビー玉が転がり机から落ちる。
私は机に突っ伏していて、だるい汗が滴り落ちる夏の気温に負けていた。
20歳になったばかりなのにこの体たらくな私に向かって
「あんた、進化しないわねぇ」
と姉に呆れられる。
タンクトップに薄い短パン姿で、団扇を仰いでも、一向に涼しくならない。
しゃーない、そう呟くと、
「ちょっとコンビニ行ってくる」
と姉に向かって叫んで、日傘を持って出かけようとすると、
「あんた、日焼け止めぐらい塗らないとすぐに30になって、後であたしみたいに後悔して美容皮膚科にお世話になるわよ」
ポーンと投げられた日焼け止めをキャッチすると、
「へーいへーい」
と面倒臭いのだけどじーっと見ている姉の前でささっと塗って、
「ありがと」
と言って素早く家を出た。
夏はギラギラと光線をスライムのような私に浴びせて容赦がない。
コンビニ行って、アイスコーヒーを飲むのかアイスを買うのか迷っていた。
日傘をさしてもコンクリートが熱を発していて、全然もうだめだ。
スライムは溶けてうにゅうにゅと移動するしかない。
交差点の信号で足止めをされた汗だくな私は、サンダルでたたらを踏みながら(早く信号よ、変わって)と祈っていたら、隣にいた通行人のお姉さんが携帯型の扇風機を顔に向けていた。
太陽光線様に対抗する術など私の頭では思いつくはずがなく、小型の扇風機を持って強かにライフハックをするお姉さんに思わず感心してしまった。
母が私が幼い頃
「あんたは夏生まれだから、夏に強いはず」
と優しく頭を撫でながら、言ってくれた時に褒められたような嬉しくなって、
「そうなの?」
と温かいぬくもりを感じたことが何故か記憶から呼び起こされる。
(お母さん、本来なら夏に強いはずだけど、最近の気温には勝てません)
と独りごちる。
コンビニに着くと幼馴染の"りーこ"がいた。
白いワンピース姿で黒髪のロングヘアーのりーこがアイスコーヒーを買っていた。
後ろから、「わっ!」
と言ってみると、
「きゃっ」
と満点のリアクションをしてくれたまでは良かった、良かった。
しかし、りーこの白いワンピースにアイスコーヒーがこぼれて茶色い染みができたのを確認するまでは。
私はそ~と回れ右をしてコンビニを出ようとすると、
パシッと手を掴まれて、
透き通った無色透明な彼女の怖い笑顔が待っていた。
「ごめんなさい」
私は素直にりーこに謝り、
「ごめん、クリーニング代払うよ」
りーこはため息ついて、
「全く中学の頃から変わってないんだから、もぅ」
「はは」
「ふふ」
その後は二人とも笑ってしまった。
中学生の頃から群れることもなくマイペースに生きていた私と、成績も良く生徒会の一員として見目も良く、まさに美しい無色透明な蝶のような彼女とは幼馴染だった。
中学生の時、彼女はクラスメートの女子から嫉妬をされて、一時期学校に来れなくなったことがあった。
気分転換として私の部屋に遊びに来ていた彼女は真剣な面持ちで、
「あのね、最近、私は色が見えないの。無色の世界で生きてるみたい」
と打ち明けられたときは、苦悩に満ちていた彼女の話をただ聴いていることしかできなかった。
「一生、色彩が感じられなかったらどうしよう」
不安げな彼女はぎゅっと膝を握っていた手の甲にポロポロと涙を落としていた。
「キャンバスに絵を描くとき、白いから色彩がよく見えるんだよ」
「ゔん」
鼻声の彼女に
「絵の具の色を重ねて塗っていくから、白いキャンバスのりーこはこれから色を重ねていけるよ。」
私はさらに焦りながら
「今は無色かもしれないけど、私たちはこの先いろんな出来事があって一つずつ新しい色が増えていくかもしれないよ、それを楽しみにしよう」
「いつも美術部で居残って絵を描いていたよね」
公園でりーこはアイスコーヒーを飲みながら呟いたので、私は
「え?」
と聞き返した。
「あの時、絵が好きな夏子が一生懸命に言ってくれた言葉が私には金色の光でキラキラとして見えたんだ。だから、あの時は言えなかったのだけど、ありがとう」
「そうかな」
と私は照れながら、
「はは」とか
若干、誤魔化していたら
「もうすぐ就活に向けて準備しなきゃね」
とりーこが涼しげに言うもんだから、
「いやいや、まだ早いでしょう!?」
と空に向かって悲鳴をあげてしまった。