今宵僕らは星になる。
この海に浮かぶ無数の星の一つに。
幼い頃に初めて二人だけで此処へ来た。
何でだろうな、あまりにも美しくて。
「あの時、此処で死んでもいいって思ったよ。」
乗り捨てたバイクから微かにガソリンの焼ける匂いがする。
鼻につくこの匂いさえ、今は少しだけ愛おしい。
裸足で砂浜に足跡をつけながら、どちらともなく手を繋いだ。
行く先には黒く冷たい海が待ち受ける。
「不気味だな…」
苦笑する。でも、怖くはなかった。
柔らかい月明かりが優しく二人を包んでくれるから。
あの水平線まで いや、もっともっと先
どこまでもお供しよう。
例え地獄に落ちたって、君となら構わない。
長い長い旅になるだろう。だから、重たい荷物は置いてゆく。
心臓は星屑に変えよう。この海に浮かべて行こう。
空から見たら、きっと綺麗だ。
未練はない。後悔もない。恐怖も感じなかった。
お互いずっと無言だったけれど、今更話すことなんて無かったし
掌から伝わる君の体温 それだけで十分だった。
嗚呼、それなのに
塩水が鼻孔から流れ込む。
藻掻くのは生存本能か、それとも自覚していなかった未練なんだろうか。
段々と滲み、ぼやけていく視界。
最後に君の顔が見たい。
振り向けば、精一杯背伸びした君が
「愛してる」
なんて今更 今更叫ぶから
愛してる 愛してる 愛してるのに
何も返せなかった。
今宵僕らは星になる。
この海に浮かぶ無数の星の一つに。
「夜の海」
頭の中で警鈴が鳴る。
危険だ。それに、許されない。
だが、触れてくる手は驚くほど優しい。
満足そうに目を細め、いつもより熱を帯びたそれに、私だけが映る。
好きだ、とか愛してるだとか 甘い言葉なんて一つも口にしないけれど
ただ一言
耳元に熱い吐息と共に、低く囁くような声で
「俺の物になれ」と言われれば
全身に身体を溶かしてしまうほどの熱が走り、私の脳は簡単に爆ぜる。
最早、頭は何も機能せず、朦朧としたまま小さく頷けば
ついばむように優しく繰り返される口づけ
月の光が眩しい夜
私達は、微熱を分け合い暖めあった。
「微熱」
聖夜。明日は大昔の凄い人の誕生日らしい。
皆、浮き立ち明日を心待ちにする。
死して尚 その存在は生き続け
何千年も前 彼が確かに生まれ 生きていた
その事実だけで人々は歓喜に酔う。
よく分からない
そう言いつつも 部屋には小さなツリーやキャンドルなんかを飾って。
同調し 流されてばかりの私。
暗い部屋で 一人キャンドルに火を灯す。
ゆらゆらと 幾度も形を変えるそれを眺め ふと思う。
まるで自分のようだ、と。
ひっそりと 人知れず 燃え尽きてゆく。
風に流されて 簡単に消えてしまう。
小さく 凡庸で 儚い。
けれど そんな小さな炎でも ほんの少し 私を温めてくれた。
「キャンドル」
子猫を拾った。否、拾ってきてしまった。
面倒な事に関わるのは、もう沢山だった。
道路の脇で、雨に打たれ弱々しく泣いている衰弱したそれを見つけた私は、
見て見ぬふりをして通り過ぎようとした。
故に、何故手を伸ばし、抱き上げたのか自分でも分からなかった。
びしょ濡れのそれは、意外にも暖かかった。
私を見て、私だけを見て、精一杯鳴き声を上げる。
弱々しくも、そこには確かに”強さ”があった。
その姿に、言いようの無い感情が込み上げた。
喜び、衝撃、憤怒、そのどれものようであり、或いはどれとも違うような気もした。
枯渇し、荒んだと思っていた己に、まだ良心や愛情と呼べるものがあったのだと、
その時ようやく気がついた。
「子猫」
開け放たれた窓から 一筋の光が差して
真っ暗な部屋をほんのりと照らした。
まだ夜の香を残す風に吹かれて揺れるカーテンの中に
ふとあなたの姿を見た気がした。
空が白んでゆく。
柔らかな朝の陽が、私の心を溶かした。
ようやく訪れた夜明け。
窓から差し込み、足元を照らす光線を辿り
私は静かに部屋を抜け出した。
「一筋の光」