moi.

Open App

今宵僕らは星になる。
この海に浮かぶ無数の星の一つに。

幼い頃に初めて二人だけで此処へ来た。
何でだろうな、あまりにも美しくて。
「あの時、此処で死んでもいいって思ったよ。」
乗り捨てたバイクから微かにガソリンの焼ける匂いがする。
鼻につくこの匂いさえ、今は少しだけ愛おしい。
裸足で砂浜に足跡をつけながら、どちらともなく手を繋いだ。
行く先には黒く冷たい海が待ち受ける。
「不気味だな…」
苦笑する。でも、怖くはなかった。
柔らかい月明かりが優しく二人を包んでくれるから。
あの水平線まで いや、もっともっと先
どこまでもお供しよう。
例え地獄に落ちたって、君となら構わない。
長い長い旅になるだろう。だから、重たい荷物は置いてゆく。
心臓は星屑に変えよう。この海に浮かべて行こう。
空から見たら、きっと綺麗だ。



未練はない。後悔もない。恐怖も感じなかった。
お互いずっと無言だったけれど、今更話すことなんて無かったし
掌から伝わる君の体温 それだけで十分だった。

嗚呼、それなのに

塩水が鼻孔から流れ込む。
藻掻くのは生存本能か、それとも自覚していなかった未練なんだろうか。
段々と滲み、ぼやけていく視界。
最後に君の顔が見たい。
振り向けば、精一杯背伸びした君が
「愛してる」
なんて今更 今更叫ぶから

愛してる 愛してる 愛してるのに

何も返せなかった。




今宵僕らは星になる。
この海に浮かぶ無数の星の一つに。

                             「夜の海」







8/15/2022, 12:50:17 PM