ぞっとする。
時が経つほど「好き」が募っていく自分に。
たまに昔を思い返すけれど、
今ほど拗らせてはいなかった。
物心ついた頃からよく遊ぶ仲で、
中高では毎日のように喧嘩も繰り広げて、
大学に進んだら穏やかに話せる仲になって、
社会人の今は気軽に互いの家を行き来する。
20年。
自覚したのはいつだった?
忘れてしまった。
ショックだったことだけは覚えている。
でもきっと平気だろうと高を括っていた。
俺は他の誰かを好きになれると思っていたし、
それが無理でもお前が結婚して諦めがつくか、
或いは自然と疎遠になっていくか、
どれかだろうと疑わなかった。
まさかずっとお前だけを心に置いたまま、
一番近い存在で、生殺しの状態で、
友達面して過ごしているとは思わなかった。
自分がこんなに馬鹿だとは思わなかった。
もしもお前が知ったらどうするだろう。
出来ればどうか、笑ってほしい。
こんなにも惹かれて焦がれて苦しんで、
でも俺は、一度も後悔したことはないんだ。
この想いがたとえ間違いだったとしても、
たとえ叶うことのないものだったとしても。
お前を好きにならなければ良かったと、
出会わなければ良かったと、
傍にいなければ良かったと、
思ったことは、ただの一度も。
お前に巡り逢えたことが俺の最大の幸せ。
陳腐な台詞だけれど本心からそう思う。
だからお前にも幸せになってほしい。
いつか膨らみすぎた「好き」で俺が潰れて、
お前の傍からいなくなったとしても。
ずっとずっと、誰より笑っていてほしい。
今年は慌ただしくて花見に行けなかったけれど、
全て散ってしまう前に少しでも、と
仕事の後、お前と夜桜を眺めながら帰った。
儚いくせにどこか柔らかな力強さも感じさせる、
闇に浮かぶ桜たち。
ふとお前が俺を見て笑った。
「頭に花びら乗ってる」
不意に伸ばされた手。髪に触れる指。
息が止まる。
……動揺を、悟られてはならない。
離れていく指を目で追う。
「……お前の髪にも、ついてるぞ」
えっマジで、取ってー、と頭を差し出されて
平静を装いながら同じように取ってやった。
夜の闇の中で良かったと心底思う。
顔が熱い。心臓が痛い。
「さんきゅ」
とれたぞと声をかけてやれば、いつもの笑顔。
そのまま桜吹雪を暫く二人で見上げていた。
見上げながら、気付かれないように。
指に摘まんだままだった花びらを、
俺はこっそりとポケットに忍ばせた。
好きです、付き合ってください。
そんな告白を受けるお前を、離れた所で待つ。
もう疾うに見飽きた光景だ。
今まで貰ってきた好意は相当な量になるだろう。
でも、それを全部併せたより、俺の方がずっと。
届かぬ想いなんてよく言うけれど、これは違う。
決して届けてはいけない想いだ。
だから舌の上でだけ転がして呑み込む。
――俺の方が、誰よりお前を想ってるのに。
申し訳なさそうに女に頭を下げて、
こちらに戻ってくるお前を俺は平静装って待つ。
いつまでこんな日が続くのだろうと思いながら。
エイプリルフール、気付いたら過ぎててさ。
何か面白いことやりたかったのになぁ。
そう言ってお前が溜め息をつく、4月2日。
「オマエは何かした?」
聞かれて黙って首を横に振る。
本当は、好きだと言ってやろうかと思った。
困った顔をされても昨日なら嘘に出来たから。
冗談だと流されたらきっと辛かった。
でも、俺がその手の冗談を言わない奴だと
お前は知っているから、
本気がバレる可能性の方が高かった。
だから仕掛けるわけにはいかなかった。
どこかで吐き出さないと限界が来る。
わかっているけれど耐える以外に術はない。
穴を掘って秘密を叫ぶ寓話の人間の気持ちが、
きっと今の俺には、誰よりもよく、わかる。
「月が綺麗だぜ」
外に出たら、通りの向こうに
まるまると輝くそれが浮かんでいたから
少し先を歩くお前に声を投げた。
「本当だ!しかも満月じゃん」
残業したお陰でいいもん見れた、と
カメラアプリを起動する無邪気な背中。
きっとそう返すと知っていた。
言葉に潜めた本心にお前は気付かない。
わかっていたからこそ、言えた。
柔らかな光が落ちる月夜の帰り道。
明日も晴れればいいのにと
ひっそり綻びながら、祈った。