「ねぇねぇ、秋(あき)こっち向いて」
「ん?」
チュッ
「...どーお?俺の投げキッス」
ドヤッ、と効果音がつくくらいのドヤ顔をかますのは私の恋人である拓也(たくや)。今流行りのアニメを見ていて、投げキッスをするシーンが先程流れたのだ。それの真似だろう。
なんというか...
「かっ.........ダサい」
「ちょ、今明らかに違うこと言おうとしたよな?か、って何?聞きたい」
「ダサい」
「絶対違うだろ!」
うーん...だって、可愛いなんて言ったら拗ねるでしょうが。カッコいいじゃないのかよって。可愛くて母性芽生えかかったし。私はそんな言葉達を飲み込んだ。
「ねぇねぇ、秋もしてよ。投げキッス」
「え?」
私は驚いて固まる。
「嫌だよ。恥ずかしい」
「え~お願い!一回だけ!」
「恥ずかしいし無理だよ」
「えー...」
しゅん、とショボくれる彼を横目に、そろそろご飯作るね、と立ち上がる。
「今日は私が当番だから、拓也はテレビ見てていいよ」
「マジ?ありがと」
さっきの不満そうな顔つきから一変して、テレビに集中し始める。なんだよ、私にしてほしかったんじゃないのか。もう。
私はむっ、となり考える。確かこうするんだっけ?えっと...手を口元に当てて、相手に向かって
「そういえば夕飯何?」
ちゅ
「.........」
「.........えっ」
リビングに沈黙が流れる。
丁度、拓也が見てない時を狙ったはずが予想外にこちらを向いてしまった為、投げキッスが拓也に伝わってしまった。
「...わああぁぁッ!!ち、違うっ!えっと、これはそのキャラの真似を!してみただけ!!別に対抗心とか全然なくて!だから...その......」
焦りに焦る私はどんどん墓穴を掘っていく。
誰か殺してくれ、そう思うほど羞恥心でいっぱいで手で顔を覆い隠した。
「......何か言ったらどうなの...」
先程から一言も発さない彼の様子を伺うように顔をあげる。
「えっ...あ...ごめん...その...」
口をモゴモゴとさせるが、なかなか言わない。
「な、何...?」
「......可愛くてキャパオーバーしてた」
少し頬を赤らめて彼は言う。
え、何?可愛い?え?
「...可愛い?何言ってるの......」
「本当に!マジで可愛い......え、今日俺が夕飯作るし皿洗いも全部俺がやるからもう一回やってくれない?お願い!」
「無理!!恥ずかしいよ!それなら夕飯作って皿洗い全部やる方が.........」
私はそこで止まった。本当にそうなのか?
内心、可愛いと言われてちょっと嬉しかった自分がいる。本当に夕飯を作って皿洗いをやる方がマシなのか?...でも。
「秋?」
「.........」
「...秋大丈夫?」
「...だけじゃなくて......」
「ん?」
「...夕飯作るとかだけじゃなくて、拓也からも投げキッスとかしてくれるならいいけど...」
あれ?私今何言った?条件増やしてどうするの。ちょっと上から目線過ぎない?ヤバい、これで不満な顔されたら私立ち直れない。
「...それだけ?」
「え?」
「投げキッスぐらい幾らでもしてあげるから......秋もしてね」
なんならキスもしてあげるよ、と余裕のある顔で言うからムカついて、私だってキスもしてあげられるから!と言ったのは間違いだったと後で気づいた。
お題 「Kiss」
出演 秋 拓也
ここは、人間が住む予定となっている惑星。
今はまだ調査中で誰も住んでいない。
そして自分は、その調査に数週間前から駆り出されている。
「機体017号。異常無し。引き続き調査を行います」
本部に連絡を送り、再び開始する。
気づいただろうか。自分は人間ではない。
この惑星の調査をするためだけに生まれた人形だ。自分を作った博士は遠くに見えるあの青い星に住んでいる。
そうして今日も調査を終える所だった。
「こんにちは」
声のする方に顔を向ける。
「初めまして、僕は吹雪(ふぶき)です」
「.........初めまして、機体008号。お会いできて光栄です」
「ありがとう。ですが吹雪、という名前があります。機体008号ではなく」
「吹雪ですか。機体008号、我々は調査の為に作られた、ただの捨て駒に過ぎません。名前など不要かと」
「僕の博士がつけてくれたんです。君の名前は吹雪だって。博士が初めて僕にくれた物なんです。だから大事にしたい。覚えていたいんです。名前で呼んでほしいんです」
「成る程。機体008号の名称を吹雪に設定。これかは自分は貴方を吹雪と呼びます。よろしくお願いします吹雪」
「よろしくお願いします...あの、貴方の名前は?」
「機体017号とお呼びください」
「何か名前はないのですか?貴方を覚えるためなのですが...」
「自分は機体017号です」
「......わかりました、017号。よろしくお願いします」
自分達は冷たい握手を交わした。
「機体017号。異常無し。引き続き調整を行います」
今日も本部にそう送り、調査を終える。
「こんにちは、017号」
岩の影から顔を出したのは、吹雪だった。
「こんにちは吹雪。何か用でしょうか」
「いえ、ただ顔を見に来ただけです」
「用はないのでしょうか。でしたら自分は戻ります」
「ちょっと待ってください!あの...お話しませんか?夜明けまでまだ少し時間がありますし...」
吹雪はこちらの様子を伺うように見てきた。
「わかりました。お話する、という用ですね。少々お待ちください」
「あ、ここに座りませんか?丁度良いところに倒れた木が」
よいしょ、と吹雪は先に座る。
「お隣失礼します。本日はどのようなお話をなさいますか?」
「えっ、あぁ......お互いにここに来るまでの話をしませんか?僕はまだ貴方の事をよく知らないので...」
「機体情報は内部データに登載されています。ご覧になりますか」
「そういうことじゃなくて...貴方の口から聞きたいんです」
「わかりました。お喋りモードに切り替えます」
「じゃあまずは僕から話します。僕の博士は雪(ゆき)という名前の人です。雪はオールラウンダーでした。それ故に苦労することもあったそうです。そんな時、僕が出来たそうです。彼にとって初めての家族以外の友達の様な人。雪は僕に色んな事を教えてくれました。雪と離れるのは心細い気がしましたが、雪の為を思いここへ来ました」
「吹雪は雪が大切なのですね」
「家族ですから」
そう言って吹雪は微笑む。
「では、017号お願いします」
「...自分の博士の名は優雨(ゆう)と言います。優雨は17歳の時、自分の元となる1号を作ったそうです」
「優雨さんもオールラウンダーだったのですね」
「えぇ、ですが自分が作られた時には、既にそれらは過去の栄光となっていたそうです」
「栄光だとしても素晴らしい事です」
吹雪は適度に相づちを打つ。
「...こんな風に話していると、まるで恋人の用ですね」
「恋人とは恋の思いを寄せる相手です。自分は寄せていないので恋人ではありません」
「確かにそうかもしれません。ですが、友達ならどうでしょう。ピッタリではないでしょうか?」
「そうかもしれません」
なんだか不思議な会話だ。自分が自分でないようだ。
「では僕はこれで。おやすみなさい」
人形は眠る必要がないから、言う必要もないはずなのだが。
またこれも覚えていたい、なのか。
自分達は毎日不思議な会話をした。
そうして1年が経とうとした頃だった。
「017号、名前はいりませんか?」
「名前は不要かと」
「1年前も同じことを言っていましたね」
吹雪は笑う。どこが面白かったのかはわからない。
「僕は今、貴方にピッタリの名前を思い付いたんです。聞くだけ聞いてもらえませんか?」
「わかりました」
「017号、僕が考えた貴方への名前は
『夜(よる)』です」
「夜、ですか。何故でしょう」
「貴方の髪が、夜空のように青く、深く、綺麗だからです」
「...それだけですか?」
「それだけです。駄目でしたか?」
「いえ.........夜。わかりました。本日から自分の名称は夜です。よろしくお願いします吹雪」
「よろしくお願いします、夜。これで貴方を覚えていられます」
名前などなくても我々は記録することが出来るのに、とは心の中に仕舞った。
そうして10年後。吹雪は役目を終え、壊れた。
自分より何百年も長く生きていたそうだった。
最後に「貴方に会えて良かった」と言われた。
自分も彼に、貴方に会えて良かったと告げた。
人形は記録することが出来る、ただその時の感情は記録出来ない。
やっと、貴方の言っていた事に気づきました。
自分も忘れません、貴方のくれた名前を覚えたいる限り。
お題 「1000年先も」
出演 夜 吹雪 雪(名前) 優雨(名前)
こんにちは、言葉(ことは)です。
私は現在、両親のお花屋さんを受け継いで、妹の氷華(ひょうか)と一緒に経営しています。
花を見るのは楽しいし、心も落ち着く。だから私は花が好きなんです。
カラン、コロン
あ、お客さんですね。いらっしゃいませ。
「...あの、すみません」
「はい」
「その......俺、花をプレゼントしたいんですけど......どんなのを渡したらいいですか...?」
茶髪の少し髪の長い、優しそうな男性です。大切な人へのプレゼントでしょうか?
「相手の方が喜ぶようなお花にしましょう。例えば...その方の好きな色の花などありますか?」
「あ...青色とか、水色が好きです」
「成る程...」
「...あの、その...彼女、花言葉とかよく知ってて......想いの入った花がいいかなって...」
「失礼ですが、どのような想いでしょうか?」
「えっと......この前告白されて...同じ気持ちだって、返事をしたくて...」
「わぁ、素敵な話ですね...!」
「ありがとうございます...」
寒色系で想いを伝えられる花...
「...この花はいかがですか?」
「これは?」
「勿忘草と言います。花の色によって花言葉が違うんです。この青い勿忘草の花言葉は『真実の愛』『誠の愛』です。夫婦やカップルの記念日などによく送られています。ドライフラワーにして、栞にも出来るんです。どうでしょうか?」
「...これにします。これでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
花束を丁寧に優しく。私からも、気持ちが伝えられますようにという願いを込めて。
「お待たせしました」
「わ......凄い綺麗...!ありがとうございました」
「いえいえ」
「また来ます......今度は彼女と」
「楽しみにしています」
カラン、コロン
お客さんの足取りが凄く軽くなっている気がしました。喜んで貰えてよかったです。
いいお話が聞けそうです。楽しみだな。
お題 「勿忘草(わすれなぐさ)」
出演 言葉 玲人 氷華(名前)
※流血表現あり
放課後、独りブランコに座る。
少し錆びついているせいでキィ、キィ、と音が鳴る。
今日、学校で全校集会があった。
真剣に聞く人、悲しむ人、哀れむ人、驚く人、どうでもよさそうな人。
人が、それも同じ学校の生徒が死んでいるのだから、出来ればどうでもよさそうな態度でいるのは止めてほしい。
俺は買ったアイスを袋に入れたまま。早く食べないと暑さで溶けてしまうだろう。でもそれはどうでも良かった。
一週間前、陽太(ひなた)が死んだ。
トラックのながら運転による事故で。
重軽傷者は多数いたが、死んだのは彼だけだった。
俺はアイスの様子を見る。まだ溶けていなさそうだ。
アイスは二つ。ミカン味とソーダ味。いつも俺はミカン味を食べる。彼はソーダ味だった。
放課後、こうやってブランコに二人で乗ってアイスを食べるのが夏の習慣だった。だからコンビニに行った時、間違えて癖で二つ買ってしまった。
買う必要なんて無かったんだが。
彼と出会ったのは高校入学の時。出席番号順で隣になったのが彼だった。髪色が真っ黒の俺と違って明るい綺麗な茶髪を持っていたのが印象的。
彼は見た目もよく、誰にでもフレンドリーで、気さくで話しかけやすい人物で、一方俺は窓際で一人本を読んでいるようなやつだった。
何がきっかけで話し始めたのかは覚えていない。でも、いつの間にか彼の周りの友人より仲良くなっていたのは覚えている。
楽しかった。ただそれだけだった。
あの日、俺達は交差点で信号が青に変わるのを待って歩き出そうとした時だった。
俺の靴紐がほどけていたのに気づいた。
一瞬、一瞬だけ立ち止まった。
彼が後ろを振り向いて、縛ってからでいいよ!先にアイス買ってくるね~と先に歩き出した。待て、そう言おうとしたがもう既にかなり遠くにいた。俺は仕方なく道の隅で靴紐を縛っていた時。
硝子の大きく割れる音がして、地面が少し揺れ、悲鳴が聞こえた。
俺が顔をあげて立ち上がると、そこにはコンビニに正面から突っ込んでいるトラックがあった。
「陽太?」
辺りを探しても見つからない。彼の明るい茶髪は何処にも見当たらない。
「陽太!!」
俺は人混みを掻き分け、彼を探す。
「ひな」
た、そう言おうとした時、粉々に割れた硝子と車体が抉れたトラックの間から腕が見えた。
血塗れの腕が。
俺はそこまで思い出すと気分が悪くなった。
あの時、俺が陽太を止めていれば陽太は巻き込まれなくて済んだのではないか。
俺ではなくて、陽太の靴紐がほどけていれば良かったのに。
そんなことを思っても、過去は戻ってこない。
陽太はもう生きていない。
俺が陽太の分まで幸せにならなくては______いや、俺が陽太の手に入れるはずだった幸せを、この世界で手に入れる必要がある。
俺の幸せなど彼の幸せに比べれば小さなものだ。だから問題ない。
俺は袋の中のアイスを取る。
彼がいつも食べていたソーダ味。びり、と袋を破ると真っ青なアイスが出てくる。俺はそれを頬張った。
頬が冷たくて痛い。初めて食べる味だ。少ししょっぱいな。
確か、陽太は食べている時はいつもこう言ってたな。
「嗚呼、『幸せだなぁ...』」
今の俺には似つかわしくない言葉だな。ソーダってこんなにしょっぱいのか?暑いのか汗もかいてきたな。家に帰った方がきっと快適だろう。
でも、まだ帰らないでおこう。
夕暮れ、公園でブランコが一つキィ、キィ、と揺れていた。
お題 「ブランコ」
出演 真人 陽太
問 旅路の果てには何があるか。
これは人生で誰もが一度は見たことのある質問だと俺は勝手に思っている。
人は何故、このような正解のない問いが好きなのか。俺はよくわからない。このような事を考えている俺も同じだと思うが。
話が逸れてしまった。旅の果てにあるものだな。
...俺は、旅と人生は同じだと思う。
旅も人生も、いつか終わりが来る。
終わりが来たとき見えるものは一体なんだろう。文字の中で生きているこの子達は一体何処へ行くんだろう。俺がいなくなってしまえば、この子達は旅を続けることができない。
凄く残念なことだけど、それはこの子達の運命であり旅の果てだと思っている。
だから、つまり......死の直前までは誰にもわからないって事だ。
自分がどんな人生を送って、どんな人に出会って、どんな感情も持つかは人各々で旅の果てもきっと人各々で。そんなこと当たり前なのだろうけど。
でも文字の中で生きているこの子達は、俺とはまた違って、各々が違う果てを迎える事を考えている。
一月が終わった。
二月は何を書こうか。
お題 「旅の果てに」