長くなりました。二つ前のお題【遠くの声】の王子視点です。蛇足的自己満足。
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【物語の始まり】
18歳になって成人した僕の前に「お前の婚約者だ」と連れてこられたのは、まだ12歳の子供だった。思わず『うわあ。ランドセル背負ってる年の子だ、犯罪かよ』とか考えたものの、この世界にはランドセルも小学校もない。
それが僕とエルヴィラ……エルとの出会いで、僕らの物語の始まりだった。
国は戦争中で、エルは孤児院出身の少年兵。王子である僕の婚約者になるというのがそもそもおかしい。
詳しく話を聞いてみれば、一騎当千……まではいかなくても、一騎当百くらいの活躍はしてしまえるような、凄まじい殲滅力の持ち主だった。
父は、僕と婚約させることでエルに手綱を着けようとしていた。自由を奪い、国に縛り付けて、操ろうとしていた。
正直、馬鹿なのかなと思った。本人の気持ちを無視して何かを強制し、機嫌を損ねたエルの鉾先が、もしこちらに向いたらどうするつもりなのか。
エルは百人力の魔法士だ。城を半壊させて王族を血祭りにあげるなんてこともできてしまうかもしれないじゃないか。怖くないのか。僕は怖い。
何より、必死に隠している自分の実力が露見するきっかけになりそうなのが怖かった。
たった12歳の女の子が、ただ身寄りのない魔法士だからという理由で戦争に駆り出されるのが、この国の状況だった。僕の『対人の戦闘はしたくない』なんて気持ちは腑抜けも良い所で、許されるものではないと思っていた。
だけど。
僕の敵は隣国じゃなかった。この国の中枢にいる、戦争を是とする者たち。欲に目を眩ませて、冷静な判断なんてできなくなっている、貴族や王族……それを僕はどうにかしたいと思うようになった。
そいつらの多くは僕の身内だ。親であり兄弟であり、叔父であり、従兄弟であり、幼馴染だった。けど、このままにしておけば国を蝕む連中だ。
僕には神の加護がある。それでも、力を隠して侮られることを僕は選んでいた。僕の能力は魔法に特化しているらしく、剣の腕は元々イマイチだった。魔法はうまく使えないフリをしていた。最初は戦場に行きたくなくてしたことだった。
けれど、周囲を見ているうちに思ってしまった。舐められ油断されている自分なら、こいつらをどうにかできるかもしれないと。
僕は婚約者となったエルとじっくり話をした。話を聞くうちに、膨大な魔力と加護を持つ彼女は僕の『同類』に違いないと確信を持った。彼女にも異世界で生きた記憶がある。
でも、僕はエルにも自分についての情報を渡さなかった。自分に加護があることも本当は魔法が使えることも隠していた。
婚約者がまるで意思のない兵器のように前線に投入されるのを気の毒に思いながら、僕は神殿と連絡を取り、箝口令をしきつつ加護を証明して神官たちを味方につけ、手駒を増やした。信心深くひ弱な王子を演じながら、神殿を通して帝国に庇護を求めた。
そもそも隣国との戦争の原因は国境近くにある魔鉱石の鉱脈をどちらのものとするかで揉めたこと。僕は帝国の皇帝に、もし味方してくれるなら、鉱脈がこちらのものになった暁には、魔鉱石を帝国に優先的に出荷すると約束した。
同時に、この戦争を終わらせることを神々もお望みなのだともっともらしいことを言って、神の愛し子が『二人も』いることを強調し、敵に回して良いのかと脅した。エルの存在を勝手に利用した。
騎士にも魔法士にも味方を増やした。身分が低いせいで見下され冷遇されている者を中心に、慎重に声を掛け、勢力を広げていった。
皇帝から「お前が王になるなら目を掛けてやろう」と返事をもらえた時には、緊張の糸が切れたのか、みっともなくエルに縋ってしまった。
エルに約束した通り、僕は自分の手を汚した。王位を簒奪し、玉座に腰を据えた。以前から僕の味方のひとりだった、大神殿の神殿長が僕の頭に王冠を載せてくれた。重いと感じたのは物理的なものだけじゃない。
酷くダメージを受けたこの国は、落ち着くまでまだまだ時間が必要だろう。僕が若くて舐められやすいから尚更だ。
ここまで来るのにも時間がかかった。それでもエルが結婚できる年齢になるまではあと一年ある。それもあってか、エルを側妃にして他国の王女を娶れなんて言ってくるやつがいる。
側妃も愛妾も持たないと約束した。エルだけが僕の妃だ。もっとも、その約束をした時は、恋愛感情なんてものよりも、この国最優秀の兵士をどうしても手元に置きたいという気持ちが強かった。結局、僕がしたことは父がしようとしたことと同じだったわけだ。
僕は別に幼い女の子が好きなわけじゃない。エルは盟友で戦友で僕の守護者で良き相談相手で懐刀で頭の上がらない恩人で、見た目は若いけど中身は大人のレディだ。
戦場に出ることが減って、余裕ができたからか、エルは最近とても綺麗になった。きっとこれからますます綺麗になっていくのだろう。早く彼女の外見と中身が釣り合ってくれたら良いと思う。
きっとそこからが、僕の新しい物語の始まりだ。僕にも異世界の記憶があることを打ち明けよう。
たぶん、何故言わなかったのかと怒られるだろうな。彼女の機嫌を取るために、ポテトチップスと唐揚げくらいは作ってみようか。
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今回は『前世』『転生』の二つの単語を使わないという縛りで書きました。わかりにくくなっていないと良いのですが。
昨年書いていた魔女と弟子とは別人。
900字程度です。
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【静かな情熱】
師匠は魔女だ。いわゆる良き魔女。薬草に関する知識が豊富で、薬を作るのが得意。僕は弟子ではあるけど、男だから魔女にはなれない。なれるとしたら、薬師だろうか。
薬の調合をする師匠を見るのが好きだ。姿勢を正した彼女が静かな情熱の篭った目で素材を見極め、器用な指で慎重に計量し、そっと混ぜ合わせ、かと思えば意外なほど大胆に刻み、すり潰し、煮込んでいく。
その間、師匠がこちらを見ることはなく、声も届かず、僕の存在は忘れられる。最初はそれが寂しかった。けど、師匠がこちらを気にしていないということは、僕がいくら師匠を観察していても気付かれないということで。彼女の美しい姿を近くで堪能する好機だと気付いた。
師匠は外見にコンプレックスを抱えている。竜人の先祖の血が濃く出たそうで、師匠の額と左目の下には若草色の鱗がある。僕は綺麗だと思うんだけど、怖がる人がいるのも確かで、師匠は顔を見られるのが好きじゃない。
師匠の集中力は凄まじい。調合中の師匠の世界には自分と素材と調合道具以外のものは何もないのだろう。
休憩もせずに素材がなくなるまで薬を作り続け、空腹にも渇きにも疲労にも気付かない。だから僕がちゃんと見張って、倒れる前に止めなきゃならない。
そう。僕には師匠を観察する権利と義務があるんだ。凛々しくも可愛らしい彼女にただ見惚れているわけじゃない。これは見張りなんだ。無理をさせないための。
そうして作られた薬のほとんどは、雑に薄められて瓶に注がれる。もったいない。あんなに正確に繊細に作られたものなのに。
でも仕方がないんだ。師匠の薬は効き目が強すぎる。そのまま売りに行けば良くないものに目をつけられるかもしれない。
薬を売りに行くのは僕の役目。師匠がどうしても自分で町に行く必要がある時は、深くフードを被って顔を隠している。認識阻害の魔法まで使って、人間には顔を見られないようにしている。
僕はそんな師匠の隣を歩きながら、ほのかな優越感に浸る。あの町に師匠の素顔を知る者はいない。師匠の美しさを知っているのは僕だけなんだ。
師匠がフードも魔法も無しに町を歩けたら良いと思った時期もあった。けど、今は違う。調合中の凛々しい顔も、普段の穏やかな顔も、知っているのは僕だけでいい。
長い上にちょっと血腥いです。すみません。
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【遠くの声】
集中しすぎていつの間にか息を止めていた。眼下には黒く焼け焦げた元草原。一部は畑だった土地だ。まだ炎があちこちで燻っている。焦げた地面に点々と転がる塊が元は何だったかは考えないことにして、ゆっくりと息を吐く。
集中が切れたことで感覚が戻り、遠くの声が耳に届いた。一瞬で広範囲を焼け野原にした私への畏怖……いや、ただの怯えだ。それに嫌悪と蔑みの声。
「これをひとりで、か……化け物だな」
「あいつ、敵国からは『悪夢』と呼ばれてるらしいぞ」
「確かまだ14歳だろ?」
「第三王子も気の毒に。これが婚約者とは」
「しかも孤児だもんな」
「本当に人間なのかねぇ」
全部聞こえている。魔法士たちは声をひそめる気がないのだろうか。
私はため息をついて、自分の喉元に手を触れた。そこには厳つい首輪がある。装着した相手を隷属させる、呪われた魔導具だ。
戦場を見下ろす崖の上。大規模攻撃魔法を使用するために、私はここに連れてこられた。離れて立っている魔法士たちは、ここに人がいることを魔法で誤魔化し、結界を張って私を守っていた……はずだ。本当にその必要があるのかは知らない。ちゃんと仕事をしているのかも知らない。と言うか興味がない。
足音が聞こえた。こちらに近付いて来る。
「エル」
呼ばれて振り返ると、第三王子のユージーン殿下が立っていた。
「大丈夫かい?」
気遣わしげに聞かれて、思わず顔を顰めた。
「気持ち悪い。吐きそう。全然大丈夫じゃない」
見目麗しい婚約者がフフッと微笑む。
「良かった。思ったより元気そうだ」
「どこが?」
私が睨んでも、ジーンの表情は穏やかだ。
「行こう、エル。もうここにいる必要はないでしょう」
私が前世の記憶を思い出したのは5歳の時だった。自分に膨大な魔力と神様の加護があると気付いてまずいと思った。私が生まれたこの国は、隣国と戦争中だったから。
私が力を隠しきることはできなかった。孤児院から少年兵として徴用されて、魔法士としての優秀さがバレて。気付いた時には第三王子の婚約者にされていた。魔力が多い子供を期待されているのだ。家畜の交配みたいに。
私に隷属の首輪を装着させたのはこの婚約者である。美しい第三王子。持っている魔力はとても多いのに制御に難があって、魔法士にはなれない青年。
この首輪、実は全然効果がない。私がこの王子様の支配下にあるということを示すためのものだけど、形だけ。
なんでこんなものを着けているかと言えば、私が一度、王太子を締め上げたから。二度と王家に逆らわないと示さなければ、私は処分されていたかもしれなかった。
だけど私は悪くなかったと思うんだよ。年端もいかない女の子に手を出そうとした変態が悪いだろう。しかも私は弟の婚約者だぞ?
まだ子供のうちに兵士にされて、人型兵器とか固定砲台みたいな扱いをされて、味方からも遠巻きにされて、結婚相手も勝手に決められて。それでも、私とジーンとの仲は悪くなかった。
人型兵器になんてなりたくなかった私と、王族の地位も権力も欲しくなかったジーン。腹を割って話したら、案外意気投合して、お互いに他の誰かを充てがわれるよりは婚約者でいようということになっている。
「エル」
ジーンに真剣な顔で呼ばれて、私は周囲に遮音の結界を張った。
「帝国と話がつきそうだ」
「本当に?」
ジーンはどうにか戦争をやめさせたくて、影で奔走していた。今の国王陛下に退場してもらうことも考えた。けど、ただ玉座に座る人間を入れ替えただけで、和平が結べるかどうか。
だから大国を頼った。後ろ盾が欲しいと頭を下げた。帝国の庇護を受けることで、この国の土地と人を守れるかもしれない。ついでに王子であるジーンも生き延びられるかも。
「ただ……帝国の協力を得るなら、僕が国王になることが条件だ」
「やっぱりね」
交渉をしたのはジーンだし、信用を勝ち取ったのもジーンである。帝国があの王太子の後ろ盾になるはずがない、当然の話だろう。
「血塗れの茨の道だ……ついて来てくれる?」
それはこのまま私を伴侶にするということか。
「私は殺しすぎたでしょう。なのに、王妃なんて」
「エル、エルヴィラ。僕には君だけだ」
この王子様、いつからこんなに私に執着するようになったんだろう。
私はそっとため息をついた。
「そこまで言うなら、側妃も愛妾も持たないんでしょうね?」
「もちろん」
「あなたの親兄弟なんだから、私にだけ働かせるつもりはないよね?」
「当然だろう」
「その偽装ももうやめるんだよね?」
「…………偽装って?」
私は婚約者を睨んだ。
「あんた本当は魔法使えるでしょうが。わかってんのよ」
「え? いや……え。いつから」
「いつから、なんて覚えてないけど。私の隣に立ちたいって言うなら、あんたもちゃんと血塗れになりなさいよ」
優しい第三王子が泣きそうな顔で笑った。
「エル……ごめん、ごめんね。もう殺さなくていいとは、僕は言えない。けど……」
これから国王になろうという王子が、眉を下げ情けない顔で懇願してくる。
「……僕も一緒に背負うから。お願い、僕の隣にいて」
「ああもう。仕方ないなあ」
抱きついてきた青年の背中をさすった。
「お互い安眠はできないだろうけど、隣には居てあげる」
私はこの顔の綺麗な王子様に、とっくに絆されていたんだ。共犯者になってもいいと思うくらいには。
百合(GL)です。苦手な方は回避してもらえたらと思います。長いです。
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【春恋】
『猫の恋』というのが春の季語らしい。
繁殖相手を探して鳴き歩く猫を『恋に身を焦がしている』と表現するのは、少し無理がある気もするけれど。あの特徴的な鳴き声が聞こえる時期に使う言葉なのだろう。
私は猫ではないから『アーオ』なんて鳴いたりはしないけど、春恋に身をやつしているのは確かだった。
進学をきっかけに出会ったばかりの相手だ。正直に言えば、何も知らない人。だけど、顔を見て声を聞いて『好きだ』と思ってしまった。
困っている人を助ける姿を見て、やっぱり良い人だと思うと同時に、その優しさを向けられたのが自分じゃないことが悔しかった。
笑顔を向けて欲しい、話し掛けてもらいたい、できることなら触れられたい。そう浅ましく思う私は猫の恋を馬鹿になんてできない。
ある日、その片思い相手が告白されているところを見てしまった。告白したのは別のクラスの可愛らしい女の子。
「ごめん。付き合えない。でもありがとう。好意を向けてくれたのは嬉しかった。勇気を出してくれたことを尊敬する」
『私が好きになった人は、断りのセリフすら素敵だなぁ』なんて、思ってしまった。
自分は告白する勇気がない癖に、可愛らしい女の子が振られたことと、あの人がその子に嫌悪感を持っていないように見えたことにホッとしていた。
「あれ。同じクラスの。もしかして見てた?」
歩いてきたその人に気付かれて、曖昧に返事をして頷いた。
「そっか。言いふらしたりはしないであげてね。あの子も『女同士なのに』なんて揶揄われるのは可哀想だからさ」
「……しないよ」
できるわけがない。あの子と私は同じ穴の狢なのだ。
『良かった』と微笑むその人に、気遣われているあの子が羨ましい。振られたのは気の毒だけど。可愛かったのになぁ。
「えっと……女の子に告白されて、嫌だなとは思わなかった?」
「思わないよ。私、本気で好きになれる相手なら性別はどっちでもいいの」
「………………そうなんだ」
私は必死に動揺を隠した。
「じゃあさ、なんで、振ったの」
「……誰にも言わない?」
「言わない」
「私、細くて小さくて可愛らしい子って、見てて不安になるんだ。『大丈夫かな、倒れたりしないかな』って」
「そうなんだ? なんか、変わってるね」
私の言葉にフフッと笑顔が返ってきて、どきりとした。
「つまり、残念ながら好みじゃなかったってこと。ああいう子が可愛いって言われるのはわかるんだけど」
「あの……じゃあ、どんな子が」
好みなのか、と聞こうとした声がうまく言葉にならなかった。
「んー? 知りたい?」
思い切って頷いた。
「ちょっとぽちゃっとした人。柔らかそうな、触り心地が良さそうな人が良い。触り心地って言うか、抱き心地?」
そんなことを言いながら、にやっと笑って私を見つめてくる。赤くなるなという方が無理だった。
「ね。もしかして私のこと好き?」
答えられなかった。肯定も否定もできなくて、でも、真っ赤になって黙り込む私の顔は、きっと何より雄弁だったと思う。
「君なら私の好みなんだけどな」
「……ぇ……」
「照れた顔可愛い」
「そ、そんなこと初めて言われた……」
「私が初めてかぁ。嬉しいねぇ」
手を握られて心臓が跳ねた。
私の中の猫が『アーオ』と鳴く。
「私と付き合ってみない?」
そんな風に言われて。告白する勇気もなかった私に、こんな幸運があって良いのかと思った。
けど、拒絶なんかできるわけがない。
「……よろしくお願いします……」
くすくすと笑われた。
「なんで敬語。同じクラスでしょう」
「そうだけど」
「まあいいや。こちらこそよろしく」
その後、彼女が実は私の名前を覚えていなかったことが発覚したり。誰にでも優しいのは誰にも関心がないからだと気付いてしまったりもしたけれど。とにかく私の春恋は、まだまだ終わりそうにない。
ただ、最近は私の中の猫が少し落ち着き、騒がしく『アーオ』と鳴くことが減って、代わりにゴロゴロと喉を鳴らすようになった……気がする。
好きな人と密着していても、緊張でドキドキするどころか安心して、ウトウトするようになってしまった。
私が目を覚ますと彼女がにやにやと笑うから、きっと何かしらのイタズラをされている。
今度、寝たフリをして、現行犯で捕まえてやろうと思っている。
やや長め。1,000字程度です。
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【風景】
僕が旅に出た理由が一枚の絵だと言ったら、君には呆れられてしまうかな。
その絵は満月が森を照らしている様子を手前の崖から見下ろしたもので、森の中には泉と崩れかけた廃城があるんだ。泉の水面には月が白く映って、その白が森の暗さと無人の城の寂しさを際立たせる、そんな絵だ。
光の表現が素晴らしいんだ。
静けさと緊張感、ひんやりとした空気が漂ってきそうな、凛とした雰囲気を持つ絵だったんだよ。
その絵が実在の風景を描いたものだと知った時、僕はどうしても本物を見たいと思ってしまったんだ。自分でもどうかと思うよ。そんな理由で、こんな場所まで来てしまうなんて。
魔王が倒されてからもう何年も経ったと言っても、この辺りはまだまだ凶暴な魔獣が残っているし、道らしい道もないから移動も大変だろう。こうして君という案内人を雇って、やっとどうにか旅ができるような場所だからね。でも仕方がない。僕が見たいものはこの先、もっと北にあるんだ。
大丈夫。僕は優秀な治癒士なんだよ。これでも祖国では聖者と呼ばれていたんだ。欠損の再生もできる。もし、手足をなくしたら言ってくれ。君にはこれから世話になるし、腕の一本くらい生やしてあげるよ。
ああ。最終的な目的地かい?
そりゃあ、絵の中の城を見下ろす崖、あの場所に行きたいに決まっている。あの絵を描いた人と同じ視点で同じ風景を見たいんだ。
え。ここから北に城なんかないって?
何を言うんだ。あるだろ。ひとつ。
まさかって。
……そう、そのまさかだ。
魔王城だよ。他に何があると言うんだ。
僕が見た絵は勇者と共に旅をした剣士が趣味で描いたものなんだ。魔王を倒した直後の風景だったらしいよ。城が崩れかけているのは古いからじゃなくて、魔法使いの大規模攻撃魔法のせいなんだ。
え、知らないのかい。絵描きの剣聖。僕の祖国では有名人だよ。ああ、剣聖は知っているけど、彼が絵を描くことは知らなかった?
とにかく、僕が行きたいのは魔王城を見下ろす崖の上だよ。君は案内人としては優秀だと聞いている。ちゃんと連れて行ってくれるよね?
危険すぎるって?
わかってるよ。だからほら、護衛もいるじゃないか。僕だって戦えるよ。君のその剣も飾りじゃないんだろう?
魔王城跡地に竜が棲んでる?
本当かい?
それはすごい。ぜひ姿を見てみたいものだ。
ええ? 何を言ってるのさ、もう前金を渡したじゃないか。報酬は弾んだだろう?
僕はあの絵の風景を見るために聖者になったようなものなんだよ。ここに来るのは大変だってわかっていたからね。それだけ本気だってことさ。
大丈夫、即死じゃなければ治してあげるよ。
その時に僕が生きていたら、ね。
だからしっかり僕を守ってよね。