百合(GL)です。苦手な方は回避してもらえたらと思います。長いです。
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【春恋】
『猫の恋』というのが春の季語らしい。
繁殖相手を探して鳴き歩く猫を『恋に身を焦がしている』と表現するのは、少し無理がある気もするけれど。あの特徴的な鳴き声が聞こえる時期に使う言葉なのだろう。
私は猫ではないから『アーオ』なんて鳴いたりはしないけど、春恋に身をやつしているのは確かだった。
進学をきっかけに出会ったばかりの相手だ。正直に言えば、何も知らない人。だけど、顔を見て声を聞いて『好きだ』と思ってしまった。
困っている人を助ける姿を見て、やっぱり良い人だと思うと同時に、その優しさを向けられたのが自分じゃないことが悔しかった。
笑顔を向けて欲しい、話し掛けてもらいたい、できることなら触れられたい。そう浅ましく思う私は猫の恋を馬鹿になんてできない。
ある日、その片思い相手が告白されているところを見てしまった。告白したのは別のクラスの可愛らしい女の子。
「ごめん。付き合えない。でもありがとう。好意を向けてくれたのは嬉しかった。勇気を出してくれたことを尊敬する」
『私が好きになった人は、断りのセリフすら素敵だなぁ』なんて、思ってしまった。
自分は告白する勇気がない癖に、可愛らしい女の子が振られたことと、あの人がその子に嫌悪感を持っていないように見えたことにホッとしていた。
「あれ。同じクラスの。もしかして見てた?」
歩いてきたその人に気付かれて、曖昧に返事をして頷いた。
「そっか。言いふらしたりはしないであげてね。あの子も『女同士なのに』なんて揶揄われるのは可哀想だからさ」
「……しないよ」
できるわけがない。あの子と私は同じ穴の狢なのだ。
『良かった』と微笑むその人に、気遣われているあの子が羨ましい。振られたのは気の毒だけど。可愛かったのになぁ。
「えっと……女の子に告白されて、嫌だなとは思わなかった?」
「思わないよ。私、本気で好きになれる相手なら性別はどっちでもいいの」
「………………そうなんだ」
私は必死に動揺を隠した。
「じゃあさ、なんで、振ったの」
「……誰にも言わない?」
「言わない」
「私、細くて小さくて可愛らしい子って、見てて不安になるんだ。『大丈夫かな、倒れたりしないかな』って」
「そうなんだ? なんか、変わってるね」
私の言葉にフフッと笑顔が返ってきて、どきりとした。
「つまり、残念ながら好みじゃなかったってこと。ああいう子が可愛いって言われるのはわかるんだけど」
「あの……じゃあ、どんな子が」
好みなのか、と聞こうとした声がうまく言葉にならなかった。
「んー? 知りたい?」
思い切って頷いた。
「ちょっとぽちゃっとした人。柔らかそうな、触り心地が良さそうな人が良い。触り心地って言うか、抱き心地?」
そんなことを言いながら、にやっと笑って私を見つめてくる。赤くなるなという方が無理だった。
「ね。もしかして私のこと好き?」
答えられなかった。肯定も否定もできなくて、でも、真っ赤になって黙り込む私の顔は、きっと何より雄弁だったと思う。
「君なら私の好みなんだけどな」
「……ぇ……」
「照れた顔可愛い」
「そ、そんなこと初めて言われた……」
「私が初めてかぁ。嬉しいねぇ」
手を握られて心臓が跳ねた。
私の中の猫が『アーオ』と鳴く。
「私と付き合ってみない?」
そんな風に言われて。告白する勇気もなかった私に、こんな幸運があって良いのかと思った。
けど、拒絶なんかできるわけがない。
「……よろしくお願いします……」
くすくすと笑われた。
「なんで敬語。同じクラスでしょう」
「そうだけど」
「まあいいや。こちらこそよろしく」
その後、彼女が実は私の名前を覚えていなかったことが発覚したり。誰にでも優しいのは誰にも関心がないからだと気付いてしまったりもしたけれど。とにかく私の春恋は、まだまだ終わりそうにない。
ただ、最近は私の中の猫が少し落ち着き、騒がしく『アーオ』と鳴くことが減って、代わりにゴロゴロと喉を鳴らすようになった……気がする。
好きな人と密着していても、緊張でドキドキするどころか安心して、ウトウトするようになってしまった。
私が目を覚ますと彼女がにやにやと笑うから、きっと何かしらのイタズラをされている。
今度、寝たフリをして、現行犯で捕まえてやろうと思っている。
4/15/2025, 9:02:57 PM