【さあ行こう】
僕は冒険者になりたかった。自分に強い魔力があるとわかった時には嬉しくて、どんな魔法が使えるようになるのかとわくわくした。
だけど、僕には攻撃魔法が使えなかった。
僕にできたのは防御の結界を張ること、収納用の亜空間を構築して物を運ぶこと、それに相手を眠らせることと、触手を使って拘束すること。
触手の魔法なんて見た目も不気味で、そんなものが使えることを僕は隠した。
それでもやっぱり冒険者になりたくて。魔獣を眠らせて拘束してから、ナイフか何かでトドメを刺せば、倒せるんじゃないかと考えた。
甘かった。
迷宮の魔獣は怖くて、どうにか逃げ回りながらも拘束したものの、非力な僕ではトドメを刺すのにとても苦労した。
鍛えないと。でも、僕は鍛えようとしなかったわけじゃない。運動をしても筋肉がつかないんだ。
やっぱり冒険者なんて無謀だったのかな。そう思いつつ、携帯用魔導コンロに鍋を乗せ、スープを作った。
うん、作りすぎた。
まあいいか。残ったスープは鍋ごと収納用亜空間に入れておけばまた後で食べられる。そう思ったんだけど。
「すまない……その、とても美味しそうな匂いがするのだが」
男の人がひとり、僕に近付いて来た。迷宮にいるのだから、冒険者なのだろう。剣も持ってるし。でも、やけに綺麗な顔をした人だった。
僕の目の前で、その綺麗な顔の男の人のお腹がぐうと鳴った。
「えっと……スープ、食べる?」
「いいのか!?」
すごく喜ばれた。迷宮の中でこんな食事ができるなんてと驚かれ、本当に美味しいと大絶賛された。
「君はポーターなのか?」
「……ポーターって?」
「ポーターを知らないのか」
綺麗な顔の男の人が教えてくれた。冒険者はポーターという荷物を預かり運ぶサポート職の人たちを雇うことがあるのだと。
「収納魔法が使えて結界が張れる。それならポーターが向いていると思うのだが。料理もできるなら喜ばれるだろう」
そうなのか。知らなかった。冒険者じゃなくても、そんな風に冒険をすることができるなんて。
「僕、ポーターになれるかなぁ」
「なれるだろう。ギルドでポーター認定証を作ってもらえばいい」
男の人はよく食べて鍋を空にしてしまった。食事代を払ってくれると言うので、お金の代わりに迷宮を出るまでの護衛を頼んだ。
「俺はクレムという」
「僕はメル」
「さあ行こう、メル。町まで案内する」
クレムは僕を迷宮の外まで守ってくれた。炎の魔法が使えて、剣も使えて、強かった。僕もこうなりたかったなぁ。
町に戻ってからもクレムがついて来た。冒険者ギルドで僕がポーターの認定手続きをするのを手伝ってくれた。
「メル。君には仲間がいないだろう?」
「そうだね。探さないと……」
ポーターは普通、ひとりで迷宮には入らないらしい。戦えないポーターは多いので、冒険者が仲間にいないと危険なのだ。
「メル。良かったら俺の専属にならないか?」
「クレムが仲間になってくれるの?」
「君は収納の容量も大きいし、何よりスープが美味しかった」
「えっと……じゃあ。しばらく、お試しで」
「ああ、それでいい」
こうして僕はクレムと組むことになった。
「メル、君は女性だったのか!?」
クレムが悲鳴に近い声でそう言ったのは宿で二人部屋を取った後で。どうやら僕の名前をメルヴィンかメルヴィルの愛称だと思っていたらしい。
「何か問題? 僕はクレムなら同じ部屋で過ごしてもいいと思っているけど」
クレムの綺麗な顔が真っ赤になっていく様子は、見ていてとても面白かった。
【水たまりに映る空】
「水たまりに映る空って、好きだなぁ」
私も好きだよ
「なんか綺麗だよね」
うん。すごく、綺麗だね
「世界を切り取って閉じ込めたみたい」
そうだね、閉じ込めてしまいたい
「……もう。ちゃんと聞いてる?」
ごめん、君の横顔しか見てなかった
好きだよ
とっても綺麗で
世界から切り取って、切り離して
閉じ込めてしまいたいくらいに
【恋か、愛か、それとも】
この感情が恋か、愛か、それとも……
なんて考えてみたところで、長く続く恋はいずれ愛になっていくのだろう。
もちろん、友情も。
【傘の中の秘密】
幼い妹は最近、傘や長靴にご執心だ。何が楽しいのか、天気が良くても長靴を履きたがる。今日は家中の傘を全部集めて広げて、ドーム状の隠れ家を作っている。全然隠れてないし、今にも崩れそうだけど。
「にぃに」
腕を引っ張られて、傘のドームの中に招かれた。崩してしまいそうで、体をできるだけ小さくする。崩れたらきっと泣く。絶対泣く。それは避けたい。
「あのね、あのね」
「うん、どうしたの?」
どうにか無理やり傘の下に入って、もじもじと言葉を紡ぐ妹の発言を待つ。
「あの、ひみつなんだけどね」
「うん」
「にぃに、すき」
「僕も好きだよ」
何故か妹が口を尖らせた。
「そうじゃなくて」
「ん? そうじゃないの?」
なんだろう、何が気に入らないんだ。難しいな、幼児。
「あのね、ないしょね」
「うん。ないしょなんだね」
「おっきくなったら、にぃにとけっこんする」
おやおや。そういうことはパパに言うものかと思っていたけど。僕とは年が離れているからかなぁ。
「ありがとう。でも、にぃにとはけっこんできないんだよ」
「なんで」
妹の目に涙が浮かぶ。これはあれだな、僕が好きとか結婚できないとかいうのは大事じゃなく、ただ発言を拒否されたのが気に入らないんだ。
「お兄さんとはけっこんできないって決まってるの」
「やだあ」
困った。泣かないで欲しいのに。
「ああもう……大きくなっても覚えていたら、もう一度言ってくれる?」
「……うん」
「泣かないで。ね?」
結局、妹はふぇぇと泣き出した。
きっとこの子は忘れてしまうだろう。それか本人にとっては恥ずかしい思い出となるのだろうか。
でも僕はこの可愛らしい、傘の中の秘密の告白を一生覚えていようと思う。
【雨上がり】
干したまま忘れ去られていたタオルを諦めて洗い直す雨上がり
仕方ないじゃないか
うちには乾燥機がないし
安い洗濯機で乾燥機能がないし
室内干しの場所もいっぱいで、部屋に入れてももう置く場所が……
ごめん、嘘
気付いたけどもう面倒になってたんだ
許してくれる?