【夏の気配】
高校卒業前の最後の夏。本当なら模試に夏期講習にと忙しいはずの私たちは、一日だけ……というか、一晩だけ時間を作って会うことになった。
それは以前からの約束で。何かあってもこの日だけは息抜きをしようと決めていた。
夏の気配がまとわりつくような暑い日だった。日が暮れても全然涼しくなんかならなくて、生ぬるい風が僅かに吹いていた。
「ちょっと風ある? 大丈夫かな?」
「平気でしょう。これくらいなら」
私はバケツに水を用意して。友人がロウソクに火をつけた。暗くなってから合流したのは、花火を満喫するためだ。
「これ、全部使いきっていいから」
友人が用意した花火は大袋の手持ち花火がひと袋と、線香花火がふた袋。
「線香花火多くない?」
「いいじゃない、線香花火。私好きなの」
しばらくきゃあきゃあと色付きの火花を楽しんだ。途中で暑さに耐えかねて、家の中に撤退し、クーラーで涼んでからまた遊んだ。
「スイカ食べていって」
母がそう言って出してきたのは小玉スイカをカットしたもの。友人が「ありがとうございます」と受け取った。
キャンプ用の椅子に座って、外でスイカを食べて麦茶を飲んで、二人とも何箇所も蚊に刺されて。後になって「痒い痒い」と大騒ぎした。
きっと、こんな時間はもうそんなに何度も過ごせるものじゃない。お互い進学したら距離ができる。就職したり結婚したり、いつまで仲良くしていられるだろう。
だからこそ。私たちは、受験勉強の合間に無理にでも時間を作って、花火をしたのだ。
【まだ見ぬ世界へ!】
「ようこそ異世界へ。あなたにはこれから私が管理する世界に転生してもらいます」
目の前に座った白いドレスの自称女神がそんなことを言った。
俺は一体いつこんな場所に来たのだろうか。
ここはどこかの庭園のように見える。こういうの『ガゼボ』とかいうんじゃなかったか。
ああ……夢か。夢だな、うん。
「残念ですが現実です」
いやいや、なんで俺が転生なんて。そういうのはキラキラした目の高校生でも連れて来れば良いのに。それか、疲れた会社員を救ってあげて。俺、どっちでもないから。
「あなたはあなただから選ばれたというより、あなたのお父様が理由で選ばれたんですよ」
「どういうこと?」
「あなたのお父様は私の世界を救ってくださった勇者様だったのです。それこそ、キラキラした目の高校生でしたね」
「…………は?」
俺の父親はシングルファーザーで、ひとりで俺を育ててくれた。穏やかで真面目な人だ。それがまさか、異世界を救った元勇者?
「ああ……あなたは知らなかったんですね」
あ、そうか。やっぱり夢だよな。うん、夢だこれは。
「いえ。残念ですが現実です」
「ちょっと待て。そもそも転生って、生まれ変わるってことだろ。今の俺の人生は?」
自称女神は気の毒そうな顔をした。
「ご愁傷様です」
嘘だろ、いつの間に!?
「覚えていないのですか……?」
「え?」
急に記憶が蘇ってきた。
確か俺は、父さんが実父ではなかったことを知って、ショックを受けて。頭を冷やそうと外に出て。目的地も決めずに歩いて……ああ、そうだった。
「交通事故に遭ったんだ」
「ええ、そうです」
「そっか。俺は本当に転生するのか……」
「あなたのお父様にはお世話になりました」
「でも。本当は父親じゃないって」
「いいえ。血の繋がりだけが親子ではないでしょう?」
「そう……かな?」
「そうですよ」
なんとなくしんみりとした空気を払うように、女神がパチンと手を叩いた。
「とにかく。あなたのお父様にはお世話になったので、あなたへの加護という形で恩返しをしたいと思います」
何か能力をくれるんだな。やはり剣と魔法の世界だろうし、戦う力は必要そうだ。
「どんな力をもらえるんだ?」
俺は少しワクワクしながら聞いた。
「強い相手を惹き付け、好かれる能力です」
「…………は?」
「ですから、強い者から好かれて守ってもらえるという能力です」
「それ、俺自身は強くないってこと?」
「はい。そういうことになります」
「何か他の能力にしてもらうことは……」
「無理ですね。あなた自身に力を持たせようとすると、魂が負荷に耐えられません」
「そうなの!?」
俺勇者の息子なのに!
女神が俺の胸元に指先でちょんと触れた。
「熱ッ……!?」
火傷したみたいな熱さを感じ、何をするのかと文句を言おうとした時。
「これで準備はできました。今度は長生きできるといいですね」
女神がそう言って、俺をドンッと突き飛ばした。
「え? えぇ!?」
目の前にあったはずの景色が消えて真っ白になる。
「ではどうぞ、まだ見ぬ世界へ! 楽しんできてくださいね!」
「うわあ!?」
落ちた、と思った。強い落下感の後、気付いたら俺は森の中にいた。
その後は。
俺は狼に好かれ、巨大な山猫に好かれ、竜にまで好かれて、主と呼ばれた。
なんのことはない。
強い者に好かれる能力というのは、強い魔獣を従える能力で。俺はテイマーだったのだ。
この世界はなかなかハードだが、従魔たちが守ってくれて、俺は楽しませてもらえている。
【最後の声】
いつか自分が発する最後の声は、一体どんなものなのだろう。
できれば、恐怖や怨嗟ではなくて、悲しみや苦しみでもなくて。
「楽しかった」とか「ありがとう」とか、そういうものであって欲しい。
【小さな愛】
『愛』というものは『愛』である時点で、深く、広く、大きなもののような気がする。
それがたとえ、ほんの些細なふとした感情であっても。その『愛』の持ち主が幼い子供だったとしても。
だから私には『小さな愛』というのがどういうものなのか、どうしても思い描くことができなかった。
BL……かも? 一応、ご注意ください。
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【空はこんなにも】
今日は朝から酷い大雨で。行こうと言っていた買い物はキャンセルとなった。泊まりに来ていた友人も、この雨の中外に出たくはないと言う。
仕方がないので彼と二人、家にあるスナック菓子やチョコレートやクッキー、冷凍食品もあれこれと開けて食べ、買い置きのペットボトルのお茶を飲んだりコーヒーを淹れたり。
そして、雷の気配がないのを良いことに、並んでだらだらとゲームをした。
「ああ、そこ! その木の後ろ! ほら、宝箱あるってば」
「え、何? どこ?」
右だよ右、と言う僕に対して、彼が操作するキャラクターは真っ直ぐ左へ走っていく。
「いやそっち左! なんでそうなる!?」
「急に右とか左とかって言われるとわからん」
「ええ? それでよく運転できるね!?」
「むしろ東と西ならわかるんだが」
「それ、昔のRPGの影響だろ」
「そうそう。今のゲームよりレベル上げ作業がしんどいやつ。あ。コーヒーがもうない」
「よし、次はどっちが飲み物持って来るかジャンケンしよう」
「俺が勝ったら氷入りのコーラな」
「えー。甘いもの食いながら甘いもの飲むとかわかんねー」
楽しかった。買い物に行くよりもずっと。
空はこんなにもどんよりと暗く曇って、家の中に居ても雨がうるさいくらいなのに、僕の心は晴れやかで、ぽかぽかと温かな気分だった。