「性別って実はグラデーションなんだよ」なんて話をどこかで目にしたとか何だとか。
ある意味ちょっとセンシティブ。
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【君と僕】
いつから『僕』という一人称を使わなくなったのだったか。今でも頭の中では、一番しっくりくるのは『僕』だと思っているけど、男になりたいわけでもない『私』には、それは世間的に許されないもので、いつの間にか矯正されていた。
昔から着飾ることには興味を持てない。アイドル? 俳優? ごめん、区別がつかないし関心もない。化粧なんてしなくて良いならしたくない。髪型は寝癖を楽に誤魔化せるならそれが一番良い。女性向けと言われるものの多くは僕には合わない。
いっそスーツを着てみたかった。ネクタイを締めてみたかった。ピカピカの革靴もパンプスじゃないやつを……でも、そんなものを望めば『性自認が男性なんだ』と思われかねない。違うのに。
そうじゃない、そうじゃないんだ。女らしくしていることが好きじゃないからって、男らしさが欲しいわけじゃない。男装に興味があるのと男になりたいのは違う。
僕の性別はたぶん『僕』なのだ。
でもその『枠に嵌まらない在り方』をわかってもらうのはなかなか難しいと感じている。
ただ君はそんな僕を受け入れてくれた。そのままでいいと言ってくれた。君の隣では自然体で居られる。僕は僕のまま、楽に息ができる。
流石に一人称は、うっかり外で『僕』と口に出すのはまずいから、話す時は『私』をキープしているけど。
君と僕は戸籍上同性だ。でも、この上ないパートナーだ。いつまで一緒に居られるだろう。できることなら添い遂げたい。ああ、法律が変わればいいのに。
(やだなぁ。フィクションだよ?)
おかしい、ここまで長くする気はなかったのに
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【元気かな】
女神様に加護をもらって、小国の第三王子に転生した。だけど俺は面倒なことは嫌だったから、自分の能力も加護も隠した。
うっかり次の王になんてなりたくない。兄上たちには勝たないように、目立たないように。役には立たないけど害にもならない、ひたすらそんな人物を目指した。
いつからか俺は「良いのは顔だけ」と言われるようになっていた。女神の加護があるから、見目が良いのは仕方がない。
そんな俺でも王子は王子だ。外交を兼ねて他国に留学することになった。
留学先でも、俺は『凡庸』を目指した。でも勉強はした。前世で思い知ったのだ。学んだことは武器になると。こっそり知識は身につけつつ、周囲にはあまりそれを見せないようにした。
留学開始からひと月ほど経った頃だ。遅れてやってきた別の国の姫に、俺は一目惚れした。スラリとした黒髪の美人で、本人は背の高さがコンプレックスみたいだった。格好良いのに。
だけど、その子は母国のごたごたで命を狙われていた。護衛の騎士にまで裏切られた彼女を連れて、俺は逃げた。
それまで隠していたものの全てを発揮して、俺は彼女を守った。冒険者のふりをして町に潜伏した。そのまま全部捨てて本当に冒険者になってしまいたかった。けど、彼女は逃げることを良しとしなかった。
どうしても母国に帰ると言う彼女を、俺はどうにか送り帰した。信頼できるという相手に託したものの、心配で心配で仕方がなかった。
俺自身も目立たず暮らすなんてことは無理になった。祖国に連れ戻され、実は顔だけではなかったと、特に魔法の腕前は宮廷魔法士並だったということがバレた。
兄上にお仕えして魔法士として働くくらいなら、まあ、仕方がないから受け入れようか。俺がそう諦めた頃、彼女の国でクーデターがあった。
クーデターの首謀者は彼女だ。
すぐにでも駆けつけたかったけど、王子である俺が他国の内紛に手を出したら、下手をすれば自分たちの国にも戦火が飛び火する。うちは小国なのだ。本気で戦争なんてしたら滅びてしまう。
もう王族籍を捨てて彼女に助太刀しよう、父上に絶縁してもらおう、そう決心した時だ。彼女が女王に即位するという知らせが届いた。
とにかく、生きていてくれたことにホッとして、それなら俺もまだ王子でいようと決めて。大変なことになっているはずの彼女の国に何かできないかと、支援の手段を調べた。うちの国力でできることなんてたかが知れてるけど。
彼女の即位から数日、父上が思い詰めたような顔をして俺を呼んだ。
「サイラス。お前はフレデリカ陛下を覚えているな?」
「もちろんです」
フレデリカは彼女の名前だ。潜伏中、男装させて『フレディ』と呼んだのはちょっと申し訳なかったな……
「婚約の申し入れがあった。お前を王配にと」
「……え」
王配。女王の伴侶。俺が?
「我が国の立場で断れる話では……」
「ぜひお受けしてください!」
俺は身を乗り出すようにしてそう言った。
フレデリカに会える。しかも俺と結婚してくれるらしい。彼女のことは思い出としてしまい込むしかないと思っていたのに。
元気かな。大きな怪我はしていないかな。きっと忙しいだろう。ちゃんと眠れているだろうか。
俺が彼女の支えになれるなら、なんでもしてやりたいと思った。
久々に会った彼女は、額に大きな傷痕があった。化粧で隠すこともできただろう。でも、その傷痕を見せてくれたことが、俺はなんだか嬉しかった。
女王になったフレデリカは、寂しそうに笑って言った。
「がっかりしていませんか。こんな傷痕を残してしまって……」
「まさか。とんでもない。貴女にお会いできただけで嬉しいです」
彼女は相変わらず背が高くて、凛々しくて、でも少し痩せたように見えた。無理もない。国のためとはいえ、家族を手に掛けたのだから。
俺の婚約者について、あれこれと噂が耳に入ってくる。そのほとんどは、新しい女王は恐ろしい方だというような内容だった。冷酷だとか無慈悲だとか。俺のフレデリカを形容するのに相応しい言葉だとは思えない。
中には訳知り顔をして「サイラス殿下もお気の毒に」と俺に同情してくるやつもいた。何が気の毒だというんだ。俺は学生時代の恋を叶えてここにいるのに。
「陛下。そろそろお休みになられては?」
今日も凛々しい婚約者に声を掛ける。もう少しだけと渋る彼女の額の傷痕にそっと口付けた。
「………………ッ!」
彼女は真っ赤になって狼狽えた。言葉がうまく出ないらしい。可愛いなぁ。こんなに可愛らしい人なんだけどな。でもまあ、それを知るのは俺だけでいい。
額の傷痕は俺が治癒魔法を使えば消せるだろう。だけど、彼女はそれをたぶん望まないと思うから。俺は彼女をその傷ごと愛でると決めている。
恋人との色っぽい約束を回避しようとする話
(こんな話で良いのだろうか)
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【遠い約束】
同棲中の恋人に頼まれていた買い物をうっかり忘れた。彼女はぷんすか怒って、何か埋め合わせをしろと言う。
自分が悪いのはわかっているので、どうにか機嫌を取ろうと、大抵のことなら受け入れるつもりで「どうしたらいい?」と聞いた。
そうしたら。耳元で囁かれたのだ。実に色っぽい声音で「一度縛らせてよ」と。
どういう意味で言われたのかわからないほど初心ではない。カマトトぶるつもりもない。ただ、それは駄目だろうと思った。自分の中の変な扉を開きたくなかった。
腕だけ、軽くでいいからと言う彼女に「肩が痛いから今は無理かなぁ」と誤魔化した。
「じゃあいつか、治ったら。約束だよ」
そんな風に言われて、まずいと焦った。
数日経ち、肩が治ったか聞かれて、また誤魔化した。全力で有耶無耶にし続けて、数カ月。彼女はその件について何も言わなくなった。
よし。このままなかったことにしてしまおう。果たされることのない、約束したこと自体忘れてしまうような遠い約束にしよう。封印だ封印。
更に時間が経って、彼女の誕生日が近付いてきた。何が欲しいかと聞いたら、彼女はチェシャ猫みたいな笑い方をした。
「うーん、そうだなぁ。今度こそ縛らせてもらおうかな」
察した。逃げられないのだと。本当は忘れてくれてなんかいなかったのだと。
「………………痛くしない?」
「しない」
「本気で嫌がったらやめてくれる?」
「うん」
「それなら、まあ……少し、なら……」
今までこいつにされたことで、本当に嫌だと感じたことなんてほとんどない。でも。だからこそ嫌だったんだよ……
百合(GL)です。苦手な方は回避願います。
900字くらいです。
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【君と】【桜】【好きだよ】
仲の良い女友達と二人、花見に来た。
「もう葉桜じゃない」
「その分、人が少なくていいでしょう」
「でも満開の時に見たかった!」
「しょうがないよ。今日しか予定が合わなかったんだから」
なんて言い合いながら、桜の木の下にレジャーシートを広げて。手作りじゃないけど、お弁当も広げた。
淡い色の花弁が少しの風でひらひら舞って、お弁当の唐揚げの上にも落ちて来た。
盃でもあれば風流を気取れたかもしれないけど、この公園、花見はできても飲酒は禁止だ。見回る職員の姿もある。酔っ払いに絡まれることがないのは気楽で良い。
天気が良くて、ぽかぽかと暖かくて。
だからと言ってウトウトし始めたのは自分でもどうかと思ったんだけど、眠気に勝てなくて。
完全に寝てはいないけど、眠くて眠くて動けない、そんな時間が長く続いた。
友人が「寝ちゃったの?」なんて聞いてきたけど、返事もできずにいたら。
そっと頭を撫でられた。
ああ、花弁が落ちて来たのかな。
そう思ったのに。
髪を梳くみたいにまた撫でられて。
「好きだよ」
切なげな、何かを堪えるような、少し熱の篭ったその呟きが、はっきり聞こえた。
驚いて意識が浮上したものの。何を言えばいいかもわからなくて、つい、寝たふりを続けてしまった。
「来年も君と花見に来れるかなぁ」
なんて、なんだか寂しそうに言われて。
私も、また来年も来たいと思った。
寄せられた好意が嫌ではないんだ。
そう自覚したら駄目だった。
頬が熱い。耳も熱い。体温がぎゅうっと顔に集まって、きっと真っ赤になっている。
「え……もしかして、起きてた……?」
誤魔化しきれずに視線を上げたら、相手の顔も真っ赤で。
「うん。なんか、ごめん……?」
私が『ごめん』なんて言ったから、勘違いさせたらしく。
「そうだよね。女同士で」
「あ、いや。そういう『ごめん』ではなくて」
「え?」
「寝たふりしようとしてごめん。私も結構君が好きです……」
そう言ってから、なんだか、これだと私の方から告白したみたいだなと思ったら、ちょっと悔しくなった。
「さっきはウトウトしてたから、もう一度聞かせて」
「あ……え? いや、その、ええと」
結局。
ちょっとヘタレな彼女にちゃんと告白させるまで、15分もかかってしまったのだった。
お久しぶりです。長いです。BLです。
苦手な方は回避してください。
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【はじめまして】
「はじめまして。好きです」
「……は?」
我ながら低くガラの悪い『は?』が出た。もしかしたら『あ?』じゃないだけまだマシだったかもしれない。
目の前には金髪碧眼の美少年。間違いなく貴族、それも高位の。制服の生地がなんか普通じゃない。高いやつだ絶対。対して俺はかろうじて奨学金でこの学院に入れた平民。頭の出来はまあまあだと自負しているけど、別に見目麗しいわけじゃない。ちなみに制服は買えなくてお古を譲ってもらったという根っからの庶民。
「えっと……何かの冗談ですか?」
「違う。君が好きだ。一目惚れだ。わけがわからないと思うけど僕も正直わけがわからない」
「なんだそれ」
いかん。思わず高位貴族のご令息に素で突っ込んでしまった。
「こんなに誰かを愛しいと思うことがあるんだな。少し感動している」
「………………自分は男ですが」
「見ればわかるよ」
じゃあなんでだよ。自分で鏡見ても目付き悪いなって思う俺だぞ。
「ぜひ、婚約を前提に付き合ってもらえないだろうか?」
「辞退させてください!」
俺は逃げた。全力で逃げた。廊下を走って教師に叱責されたけど、そんなの構っていられなかった。
でも、俺のことが好きだとのたまうご令息は、残念ながら俺のクラスメイトである。逃げ切れない。気付くとすぐ近くにいるのだ。
「ルドヴィク、君は本当に頭が良いんだな」
「……これでも特待生なので」
俺のことを『ルドヴィク』なんて呼ぶ人間は身近にいない。皆愛称で『ルード』と呼ぶ。
「それだけ頭が良いのに、君は庶民のままでいるつもりなのか?」
痛いところを突かれた。この国ではいくら実力があっても貴族籍がなければ、その才能を発揮できるような職には就けない。
例えば俺は薬学の勉強をして薬師になりたいけど、ただ薬を作るだけならともかく、新薬の開発や病気の研究となると、貴族にならなきゃそもそも研究所に入れないんだ。
「それだけの才能があるなら、養子に迎えたいという家もありそうだが」
実際、俺もそれを期待している。家名を貸してくれるだけでいいから、貴族になりたい。
俺は勉強に励み、苦手な礼儀作法の授業も真面目に取り組み、常に上位の成績を維持した。その甲斐あって、とある伯爵家から養子縁組の話をもらえた。それも、子供がいないから後継者にという、ありがたいお話だ。
俺は逆に困ってしまった。研究者になるつもりはあっても、伯爵になるつもりはなかった。領地なんてどう管理したらいいのかわからない。できる気がしない。
「ルード。君、コートナー伯爵の養子になったらしいね」
「ええ、まあ」
断われなかったんだよ。相手は伯爵だもんな。庶民が逆らえるわけがなかった。
「コートナー家の後継者になったんだろ。社交のことや領地のこと、誰か教えてくれる補佐が必要じゃないか?」
「そうですね。俺の手には余ります」
「そうだと思って釣り書き、送っておいたから」
「……は?」
釣り書き?
それ、縁談のやつだよな?
二年経っても俺のことを好きだとのたまい続けたご令息は、侯爵家の三男だった。庶民は伯爵に逆らえない、なら、伯爵は侯爵に逆らえるのか?
無理だった。無理だったんだよ。
俺と侯爵家の三男の縁談はトントン拍子に進んでしまった。「跡継ぎは!?」という俺の叫びは養父となった伯爵の「お前が養子なのだから次も養子で構わないさ」という発言の前に消えた。
「ルード」
婚約者になったご令息が俺を見て幸せそうに笑う。よくそんな顔ができるな。相手俺だぞ。
「君は僕の名前を呼んでくれないけど。婚約者になってもまだ呼ばないつもりなのかい?」
「……用もないのに呼べませんよ」
わかっている。もう逃げられないことは。それに気付いてもいる。二年も口説かれ続けて、こいつに絆されてきたことに。
「セオドリック」
俺が呼んでやったら、婚約者が実に嬉しそうな顔をした。
「セオって呼んでくれていいのに」
「俺がコートナー家の養子になった件、まさか手回ししていませんよね?」
セオドリックはわざとらしく首を傾げた。
「何のことかな」
俺が養子になった先が、例えば男爵家なら、侯爵家のセオドリックとは『釣り合わない』と言われただろう。でも、伯爵家なら?
俺は深くため息をついた。
「あなたは本当に俺のことが好きなんですね」
「今頃気付いたのか?」
「ええ……やっと信じる気になれました」
改めて、金髪碧眼の婚約者を見る。嫌悪感はないのだ、困ったことに。
「セオ。俺も割とあなたが好きみたいですよ」
セオドリックの青い目がまんまるになった。
「もう一度。もう一度言ってくれないか?」
「嫌です」
きっぱりと断った。けど、まあ。年に一度くらいなら、言ってやってもいいかなぁ……