るね

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昨年書いていた魔女と弟子とは別人。
900字程度です。
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【静かな情熱】



 師匠は魔女だ。いわゆる良き魔女。薬草に関する知識が豊富で、薬を作るのが得意。僕は弟子ではあるけど、男だから魔女にはなれない。なれるとしたら、薬師だろうか。

 薬の調合をする師匠を見るのが好きだ。姿勢を正した彼女が静かな情熱の篭った目で素材を見極め、器用な指で慎重に計量し、そっと混ぜ合わせ、かと思えば意外なほど大胆に刻み、すり潰し、煮込んでいく。

 その間、師匠がこちらを見ることはなく、声も届かず、僕の存在は忘れられる。最初はそれが寂しかった。けど、師匠がこちらを気にしていないということは、僕がいくら師匠を観察していても気付かれないということで。彼女の美しい姿を近くで堪能する好機だと気付いた。

 師匠は外見にコンプレックスを抱えている。竜人の先祖の血が濃く出たそうで、師匠の額と左目の下には若草色の鱗がある。僕は綺麗だと思うんだけど、怖がる人がいるのも確かで、師匠は顔を見られるのが好きじゃない。

 師匠の集中力は凄まじい。調合中の師匠の世界には自分と素材と調合道具以外のものは何もないのだろう。
 休憩もせずに素材がなくなるまで薬を作り続け、空腹にも渇きにも疲労にも気付かない。だから僕がちゃんと見張って、倒れる前に止めなきゃならない。

 そう。僕には師匠を観察する権利と義務があるんだ。凛々しくも可愛らしい彼女にただ見惚れているわけじゃない。これは見張りなんだ。無理をさせないための。

 そうして作られた薬のほとんどは、雑に薄められて瓶に注がれる。もったいない。あんなに正確に繊細に作られたものなのに。
 でも仕方がないんだ。師匠の薬は効き目が強すぎる。そのまま売りに行けば良くないものに目をつけられるかもしれない。

 薬を売りに行くのは僕の役目。師匠がどうしても自分で町に行く必要がある時は、深くフードを被って顔を隠している。認識阻害の魔法まで使って、人間には顔を見られないようにしている。

 僕はそんな師匠の隣を歩きながら、ほのかな優越感に浸る。あの町に師匠の素顔を知る者はいない。師匠の美しさを知っているのは僕だけなんだ。

 師匠がフードも魔法も無しに町を歩けたら良いと思った時期もあった。けど、今は違う。調合中の凛々しい顔も、普段の穏やかな顔も、知っているのは僕だけでいい。



4/17/2025, 11:18:03 AM