【ありがとう、ごめんね】
「レニー、そのまま押さえて! ありがとう、ごめんね!!」
俺への礼と謝罪を口にしながら、エリオットの魔法が俺を貫いた。それは俺が押さえ込んでいた犯人を俺ごと戦闘不能にするのに十分な攻撃だった。
痛覚はすでに遮断されている。遠退く意識の中でぼんやりと、今回の回復は早そうだなと俺は思った。
「…………は……か、……?」
「……だろ、……は」
ああ。声が聞こえる。意味がわかるほどは聞き取れないけれど、これはエリオットと、俺のご主人様であるカイル殿下の声だ。
エリオットはカイル殿下の側近、俺は専属の護衛騎士。立場に差はあっても元同級生であり仲は良い。
この国の第一王子であるカイル殿下は、優しそうに見えるが冷たい所もあるお方だ。きっと俺が『また』死んだと知っても悲しみはしないだろう。
「……それで、……は」
少しずつ耳がまともに働き始める。
「もう……けど、なかなか……」
「そうか、しかし……」
すべての感覚が遠く、もどかしい。早く起き上がりたい。ゆっくりと目を開ける。それだけのことにかなりの集中力が必要だった。
「レニー? 意識が戻ったの!?」
エリオットに返事をしようとして、声が出なかった。復活の直後はいつもこうだ。支え起こしてくれたエリオットに、そのまま水を飲ませてもらう。カイル殿下がもの言いたげに俺を見て、ため息をついた。
「レナード。また自分を犠牲にしたな」
俺はただ素直に頭を下げた。まだちょっと喋れそうにない。
「他の戦法はないのか。いくらお前が死なないといっても、毎回毎回……」
こうして説教されるということは、多少は心配されていると思ってもいいのだろう。それを嬉しいと思ってしまう自分に少し呆れる。
俺は死なない。正確には、怪我や病気では死ねない。死んだと思っても復活する。神様からそういう加護を賜ってしまった。
完全な不死ではないし老化はするから、将来的には老衰するのかなと思うけど、戦死はあり得ない。毒も効かない。
おかげで優秀な囮であり便利な壁である。だからこそ、王子の専属護衛に選ばれた。いざという時には身代わりになれということだ。痛みを遮断・軽減できるのが救いか。意識して痛覚を鈍らせることもできるし、一定以上の痛みは自動で遮断される。
なんでこんな体になったかと言えば、神様が加護を授けてくれると言うから、それなら長生きしたいなぁと安易に願ったせいだった。人間としては長生きできた、そう神様が判断するまで、俺は死なないそうだ。何度でも何度でも復活する。
「まあまあ。おかげで殿下もご無事だったんですから」
エリオットがカイル殿下を宥めた。俺が今回こいつに『殺された』のは、王家主催の夜会での騒動が理由だった。カイル殿下に毒を盛ろうとした者がいて、拘束しようとしたら暴れた上、魔法を使おうとしたので、俺たちも強硬手段に出るしかなかったというわけ。
「……夜会の警備責任者は近衛騎士団の副団長だ。以前から第二王子派と接点があった」
副団長はいつもにこにこと穏やかな人で、たまに甘いものをくれるから嫌いじゃなかった。けど、潰されるだろうな。たとえカイル殿下の暗殺未遂に直接加担していなくても、不審者を見逃したのだから。
「いい加減、面倒だな」
そう言ってカイル殿下はため息をついた。
「なぁ、レナード。お前、近衛騎士団を辞める気はあるか」
突然そんなことを聞かれて、俺は焦った。
この方の護衛を外される?
何か不興を買うようなことをしたか?
「殿下。俺は確かに盾になることしか能がありません。ですが、それでも今までお役に立てていたはずです……!」
「ああ、勘違いするな。私の護衛を辞めろとは言っていない」
「では?」
どういう意味だ。何が違う?
「弟の方が王には相応しいだろう」
カイル殿下の言葉に、俺は目を見開き、エリオットも絶句している。
「そもそも何故揉めている? 王太子が決まらないからだ。何故決まらない? 第一王子の私が王の器ではないからだ」
「殿下……そのようなことは」
「これまでの王国の歴史上、魔法が使えない国王が何人いたか……いないよ。いないんだ」
本来なら、長子であり男子でもあるカイル殿下が次の王になる。けれど、カイル殿下は魔力を持たずに生まれた。国王陛下はカイル殿下を王太子に指名することを躊躇い、だからといって切り捨てられずにいる。
「東の辺境伯に後継者がいない。このままなら家は断絶、領地は王家の直轄地になる予定だ」
エリオットが声を震えさせた。
「カイル殿下、まさか」
「……私を養子にという話がある。受けようと思っている」
次の王が決まらないままでの臣籍降下。周囲はカイル殿下が王に捨てられたと判断するだろう。その後の社交界で、この方が一体どんな扱いを受けることか。
「レナード、ついて来てくれるか?」
「……俺は」
本来、カイル殿下の専属である以前に、俺は騎士であり、この国と王に忠誠を誓った身だ。けれど許されるなら。望んでいいなら。この剣はカイル殿下おひとりに……
「連れていってくださるのですか?」
「もちろんだ」
俺はどうにかベッドから降りると、敬愛する主人の足許に跪いた。
殺しても死なない俺を、怪しげな実験の被験体にしたいとか、人体をより詳しく知るために解剖させろとか、そういう物騒な連中が実は大量にいたのだということを、俺は辺境伯領に移住してから知った。
そういうものはすべてカイル殿下が、カイル様が俺から遠ざけ、守ってくれていたのだ。
剣を捧げる相手を変えるなんて騎士としては不義理なこと。けれど、あの日、国よりカイル様を選んだことは間違いではなかったと、俺は思っている。
────────────────
長くなりました。今までで最長かと。ここまで読んでいただきありがとうございます。短くできなくてごめんなさい。
【部屋の片隅で】
僕は編み物が趣味だった。「男の子なのに珍しいね」とか言われても、怪訝そうな顔をされても、やめようとは思わなかった。より難しく繊細なものを編みたくて『上手になりますように』と願った。でも、日本には編み物の神様はいないらしい。
日本にはいなくても、どこかもっと毛糸や羊と縁が深い場所には編み物の神様がいるかもしれない。僕は何かを編むたびに『上手に編めますように』『きちんと完成しますように』『良いものができますように』と祈っていた。
別に信心深いわけじゃない。ちょっとした願掛け、自分なりのジンクスみたいな感じで、祈るといっても、何に向けてというわけでもなかった。なのにその祈りが、まさか異世界の女神に届いているとは。
交通事故に遭って、これはもう助からないなと思った時。編み物の女神を名乗る声が、僕を異世界に転生させると言った。
熱心に祈っていたからそれを叶える、編み物の才能を授けると言われたんだけど、僕はその言葉を遮った。
「それよりも肩凝りにならない体をください。あと腱鞘炎と腰痛と眼精疲労も防いで欲しいです。技術は自分で身につけるので」
夢だと思っていたんだよ。まさか本当に転生できるとは思わなかった。こうなるとわかっていれば、もっと別のことを頼んだのに。ここは剣と魔法の世界で、魔物もいるし日本よりずっと治安が悪いみたいなんだ。ここで生きていくなら、剣の才能とか魔法の属性とか、そういうものが欲しかったよ。
幸い、今世の僕は貴族で、家族も使用人たちも僕を守ってくれている。僕自身は戦うのが苦手で魔法の腕前も普通以下、貴族じゃなかったら結構苦労したかもしれない。
父上は末っ子の僕に甘くて、僕が「毛糸と編み針が欲しい」と言えば、編み物は貴族のすることじゃないと言いながらも、期待以上のものを揃えてくれた。
僕には編み物の女神の加護がある。それがどれほどのものか、試してみるつもりでマフラーを編んだ。今世では初めてのことで、手が動くか心配だったけど、すぐに前世の感覚が戻ってきた。
そこそこ長い時間編んでみた。肩凝りもせず手も痛くならない。どうやら今の僕は編み物で疲れるということがないらしい。これは凄い。前世でもこの体が欲しかった。
貴族のお坊っちゃんが自分で編むということで、手触りの良い高品質な毛糸が用意されていた。これだけ良い毛糸なら良いものができるという確信があって、編むのも楽しかった。僕はつい、癖で祈っていた。『これを使う誰かが寒さから守られますように』と。
完成したマフラーを魔導具で鑑定してみたのは、どんな説明が表示されるかという好奇心からだった。結果を見た僕はその場で硬直した。
マフラーには銘が付いていた。『愛し子の祈りのマフラー』という銘が。そして特殊な効果があったのだ。
その効果は『絶対防寒』という。どんなに寒くてもどんなに薄着でも、このマフラーさえ身に着けていたら寒さから守られる……氷属性の魔法を防ぐこともできるらしい。ある意味、僕が祈った通りの効果だった。おまけに鑑定結果には製作者の名前が入っている。
こんなもの、外に出せるわけがない。最早ちょっとした神器である。僕が女神の加護を持っていることもバレるだろうし。
どうしよう……もし、これが誰かに知られたら。別の物も編めるのかとか言われて、どこかに軟禁でもされて、編み続けることを強要されるかもしれない。流石にそれは嫌だ。
マフラーを燃やすことも考えた。けど、父上が「何か編めたのかい?」と楽しみにしているようなのだ。完成したものを見せないわけにもいかないだろう……
きっと、父上は、今の家族は、僕が女神の愛し子でも、ちゃんと守ってくれる。だけどどう話そうか。信じてもらえるだろうか。打ち明ける覚悟ができていない。もう少しだけ時間が欲しい。
ひとまず、このマフラーは何かで包むとかして……とにかく、僕の部屋の片隅ででも、どうにか隠しておこうと思った。
翌日。マフラーはあっさりメイドに発見されて、僕は父上に全てを白状する羽目になった。マフラーは改めて鑑定され、父上は商売にしようと言い出した。
……え、売るの?
これ、売っていいの?
本当に大丈夫なのだろうか、と思っている間に、ほんの数日で僕のための商会が作られた。気付けば公爵閣下やこの国の宰相様にまで手回しされているみたいで……
とうとう国王陛下からも呼び出しを受けた。
やだよ、怖いよ、行きたくない。
僕は毛糸を抱えて蹲った。
「坊っちゃん、諦めてください。今日は謁見のための衣装の仮縫いですよ。ほら、立って」
容赦なくメイドに腕を掴まれた。魔法で身体強化されると僕にはもう抵抗できない。
ああ、本当に……加護がもらえるなら、もっと別の何かが良かったよ……
女神様。僕はあなたの愛し子なのでしょう。どうか、しっかり守ってください。お願いしますよ。
【逆さま】
「何それ、タロットの解説?」
たまたま友人が見ていたスマホの画面が見えて、それが意外なものだったので思わず声が出た。
「そういうの興味あったっけ?」
「いや、全然」
「じゃあなんで調べてんの」
「んー、ちょっとね」
これだよ、と見せられた画面には『吊られた男』のカードがあった。なんとも古めかしい絵柄だ。
「これさあ、足が上なんだね」
「え?」
『吊られた男』は男性が不自然な姿勢で足首に紐をつけられ木にぶら下げられた絵柄のカードである。
「私これ、逆だと思ってたんだよ」
「頭が上ってこと?」
それではカードは逆位置だけど。
「だって……人を吊るすって、ねぇ」
「いやいやいや、怖い怖い」
「でもほら、ここに『死刑囚』って別名もあるって書いてあるし?」
「それじゃあ逆さまだから。ちゃんと足に紐あるから。首にはないから。よく見て」
「おかしいなーとは思ったんだよ? 流石に物騒すぎるもんね」
占いとか興味ないから知らなくて、と言って友人は「あはは」と苦笑した。
「だったらなんで調べようと?」
「ん? なんかSNSで画像が流れてきたから気になっただけ」
「ふぅん」
「でも、こういうのは背中を押してくれるものだと思えば悪くないね」
「珍しいこと言うじゃない」
「占い師はほとんどカウンセラーと同じって言ってる人がいてさ、なるほどなーって思ったわけよ」
「……アンタは何か後押しして欲しいことでもあるの?」
「別にないかな。今はね」
私もタロットに詳しいわけじゃないけれど。『吊られた男』は試練を表すと同時に『試練を受け入れる強さ』や『困難があっても大丈夫』というような意味もある……らしい。興味を持つにしてもこの子らしいかもしれないなぁと私は思った。
この際、上下逆さまだと思っていたことについては気にしないでおこう。
【眠れないほど】
暖房なしでは眠れないほどの寒さも、君とくっつく口実になる。上着を脱いで横になれば、私の枕を踏んで擦り寄ってくる君。
「にゃああん」
布団に入れろと催促してくるキジトラ模様の毛玉様。少し捲ってやれば、どういうわけか、私の二の腕に顎を乗せる。それ、腕枕っていうんだけど知ってるの?
って、痛い痛い痛い。私の腕をふみふみしないで。爪出てる出てる。そりゃあ、脂肪でふにふにですけどね!?
ついでのように齧られて、同衾を諦める。
きちんとエアコンの温度を上げて部屋を暖めればほら。『暑い』とばかりに布団を出ていって、もう寄り付きもしない。お気に入りの毛布の上で丸くなっているのだろう。
気まぐれな君。それでも尽くさずにいられないのは、私の遺伝子に『猫に仕えよ』と刻まれているのかも。
【夢と現実】
夢が出てくる話はすでに二回くらい書いた。
今このテーマを出されても正直、書きにくくて困る。
どんなお題でもそれなりに書ければ良いんだけどね。
私はなるべく創作でやっていこうと思っているから、尚更なのかな。
なかなか難しい。理想通りにはいかないね。