―変わらないものはない―
まるで
花がいつかは散るように
暑さがいつかは収まるように
落ち葉がいつかは無くなるように
雪がいつかは溶けるように
変わらないものはない
まるで
できることが増えていくように
それと同時にできないことも増えていくように
出会いと別れが前ぶれなくやってくるように
人がいつかは死ぬように
終わらないものはない
川の水が流れて止まらないように
この世の進化も止まらない
水の流れで石が削れていくように
この世の退化も止まらない
常緑樹の葉が生え変わり続けるように
流行は変わり続ける
常緑樹の葉の生え変わりに気づかないように
流行の変わりもいつの間にか
時の流れは早いから
いちいち変化を感じていたら呑まれてしまうから
時は思いやってはくれないから
立ち止まれば変化に置いていかれるから
いつか独りにならないように
必死に駆け進め
―ゆずの香り―
恵方巻きだとか、
雛人形だとか、
精霊馬だとか、
日本の伝統なるものは、
子供の頃こそ積極的に行っていたものの、
私のように成人にもなると、なかなか
手をつけようとは思わない
ましてや私はなりたてほやほやの社会人
季節の行事に気を配れる程のゆとりはない
今日が冬至であることすら、
今朝、ニュースで取り上げられているものを
見るまで、気がつかなかった
ショッピングモールに行く予定があったため、
「冬至」、「ゆず湯にぜひ」などと
書かれた紙と共に陳列されたゆずを見てみたが、
3個入で600円、ひとつ200円するそうだ
ゆず湯に使ってから、他の何かに使えるほど
私は器用でないので、
買うのは勿体ないという考えに至り、
購入は諦めた
でも、ゆず売り場に漂うほのかなゆずの香りを
忘れることができなくて
考えた末に薬局へ赴いた
辿り着いたのはハンドクリーム売り場
商品棚を見てみると…
『ビンゴ』
過度な主張などはなかったものの、
心做しか他の商品より広いスペースを
割り当て、並べられているのは、
ゆずの香り付きのチューブ入りハンドクリーム
あまりにも思い通りだったので、
ビンゴ、と思わず口に出してしまった
たくさんあるハンドクリームの中から、
ひとつを手に取り、レジで会計を済ませた
帰路につき、就寝前に
ハンドクリームを塗ってみた
手を近づけるとふわっと香る、ゆずの香り
沈みかけていた日常に、
ほんの少しだけ、光が差したような気がした
―大空―
ハーフアップの髪を弄んできた向かい風に、
思わず天を仰いだ
視界に映りきらない程の大空は、
青く青く澄み渡っていて、
白い雲がよく映えていた
そんな大空を侵食するかのような
森の木々は、どこが不思議な雰囲気に満ちて、
落ち葉を風に攫われながら鳴いていた
透明度の高い空気をめいっぱい吸い込めば、
胸の奥がひんやりと冷えて、
息を着けば、本来無色のはずのそれは
真っ白くなって、そこに留まるでもなく、
進む方向があるでもなく、
ふとすると消えていて
何か待ち遠しいような、
心躍るような、
でもこれと言った原因は自分でも知らない…
そんな日々
―寂しさ―
『…はぁ』
忘れた頃にやってくる、この寂しさ
時々、1人の時間がどうしようもなく、
怖くなるんだよね
寂しいっていうか?
誰かにそばにいて欲しい、
くだらない話でも聞いて欲しい、
そんな気分になる
一人暮らし初めてもう半年だって言うのに
情けないと言われちゃ、
ぐうの音も出ないんだけれど
いつもは、狭苦しくてたまらない部屋は、
改めて見ると、やけに広く感じて
この部屋には誰もいないんだ…って、痛感する
『誰か…そばにいてくれたら…』
そう思わず呟いた時
「ふっふふふ…
ハハ、もう既にここにいるって言うのに」
少し聞き慣れない笑い声と、
涼し気な風鈴のように澄んだ声が聞こえた刹那、
押し入れがスーッと、音もなく開いた
凝視していると、暗闇から現れたのは、
ニヤリという擬音語がピッタリな顔の少女
襖を開け切ると、左手は襖に掛けたまま、
右手を壁について、
押し入れの2段目から
スっと軽やかに飛び降りた
着地の所作は、猫を思わせるように靱やかで、
余裕気な笑みは、貼り付けているのかとでも
思ってしまうほどに、全く揺るがなかった
歳は7つか8つくらいだろうか
白いノースリーブワンピースの肩に、
セミロングより少し長い、
サラサラな黒髪が流れているという、
幽霊か、とツッコミたくなる容姿の彼女は、
表情と同様、堂々たる佇まいだった
彼女の全てから伺える何とも言えない妖艶さに
つい、圧倒されてばかりいたが、
私に押し入れに人を住まわせられるほどの
余裕は無いし、そもそも彼女に見覚えはない
「あら、私に一切の見覚えが無いとでも
言いたげな顔ね?」
見た目にしては生意気すぎる口調と、
大人のような言葉遣い
「本当に覚えていないようね
クックク…まぁいい、教えてあげるわ
…私はね―」
―イルミネーション―
僕の隣を歩きながら、
クリスマスイルミネーションを見ている彼女。
僕の方はと言うと、
前方、少し右のイルミネーションに
顔を向けているけれど、目はしっかりと、
僕の右にいる彼女の方を見ているから、
僕の目に映るのは、7割5分くらい、彼女だ。
残りの2割5分は、あくまでも彼女を
より映えさせるためのイルミネーション達。
あれらは優秀な背景に過ぎない。
今はイルミネーションに夢中な彼女だが、
いつ僕の視線に気づくか分からない。
こんなことを知られるのは
あまりにも恥ずかしすぎるから、と、
イルミネーションの方に目を移した。
が、3秒後くらいにはもう既に、
彼女を見ている僕には、自分でも少し呆れた。
しかも無意識に見ていたというのだから、
まあ、困ったことだ。
そんなこんなでイルミネーションを見終え、
彼女と一緒に住む家に帰宅した。
「あの雪だるまのとか可愛かったけど、
やっぱり、1番は巨大ツリーのかなー」
『あのツリー、色がどんどん変わってくから、
見てて面白かったよね
僕は―』
なんて、お互いにイルミネーションの感想を
述べ合うが、本当の感想は、
『イルミネーションに見惚れる彼女の表情が
何よりも神秘的で儚げだった』
なんて言えない。
どのイルミネーションの光よりも輝いてるとか、
僕の彼女、美しすぎる。
という、クリスマスに書いた僕の日記を
見つけてしまった彼女に、後日、
「あの…この前、クリスマスの日に
開いたままの日記帳、
リビングに置いてたでしょ?
目に入ったから、つい読んじゃったんだけど…
私のこと、あんなふうに思ってくれてたの、
知らなかった
本当に好きだって気持ちが伝わってきて、
嬉しいな、とは思った…
…でもね…私にはちょっと重くて、
居心地悪いし、しんどいの…
だから、ごめんね…別れよう」
と言われたトラウマ、
イルミネーションを目にする度に
思い出してしまう
だから…
『イルミネーションなんてクソ喰らえ』
と舌打ちをして吐き捨てた
俺の吐いた毒は、街行く誰の耳にも届くことなく、
しんしんと降り積もる雪に浄化され消えていった