―愛を注いで―
貴方の心のポットに深い愛を注ぐ
私のポットから、貴方のポットへと
貴方の心のポットに深い愛を注ぐ
貴方のポットがいっぱいになるまで
貴方は心のポットに注がれた深い愛を、
また他の誰かに注いだ、
人が笑顔になるように
減ってしまった分は、
また誰かに注いでもらって、
貴方のポットが空にならないように
貴方が誰かのポットに注いだ愛は、
また他の誰かに注がれるでしょう、
貴方の知らない誰かへと
愛は心を旅する
たくさんのポットを巡る、巡る
人の心を満たすことは、
単なる権利であり、間違っても義務では無い
ポットの大きさ、形、深さ、
心は皆それぞれだから
それでも、
愛は国境や差別を越えて、
さらに八千代をも越えていく
そこに言葉や字なんて必要ない
年齢も性別も、全て関係ない
注いだ愛は戻ってくる
たくさんの人に渡り、帰る
貴方に注がれたその愛が、
貴方が注いだその愛が、
数多の心のポットを回り、
誰かの心を救いますように
ほら、世界は愛で満ちている
世界は愛で満ちていく
―何でもないフリ―
私の特技は、何でもないフリをすること。
辛い時や苦しい時、しんどい時、
それから困った時、
私は何でもないフリで誤魔化す。
癖とかではなく、意識的に。
その心理は…特に考えたことがない。
強いて言うなら、周りに迷惑をかけたくない
ってところだろうか。
でも、自分で言うのもなんだが、結構上手くて、
今まで誰にもバレたことがない。
その特技をいいことに、私は今日も嘘をつく。
「…ん〜…めいさ、最近、
ぼーっとしてること多いよね?なんかあった?」
小学校時代からずっと仲の良い、私の大親友。
私の異変に気づき、
気にかけてくれたらしいけれど、
『んーそうかな?特に何もないけど
…あ、最近午前中眠いから、そのせいかも』
「そっか!それならいいんだけどね!てかさ!―」
私の特技では、大親友すらも、騙せてしまう。
先生にも、家族にも、バレたことがなかった。
それなのに、
「ほーら、またそうやって
何でもないフリするじゃん」
そう少し咎めるような表情をした彼は、
私の彼氏だ。
「ゆっくりでいいから、
その、人に頼れない癖、治してこうねって
いつも言ってるでしょ〜?」
この人にだけは、何がなんでもバレてしまう。
今はもう大分慣れたけど、最初見破られた時は
かなり驚いた。それが顔に出たらしく、
誤魔化せなくなってしまった。
「俺にはバレるんだからさ、何があったのか、
ちゃんと話そ?
でなきゃ、いつか苦しくなって倒れるよ?ね?」
彼の言うことは理解できる。
ちゃんと治していかないと、とも思う。
でも、簡単には治すことができなくて、
『っいつか…いつかまた話すから!』
そう言って笑った。
勿論作り笑顔だ。
彼も、訳ありだということは悟っているらしく、
この笑顔を見せると、困ったような顔をして、
それ以上は踏み込んでこない。
『大丈夫!なんでもないから!』
その度に、追い込まれてく感覚に陥る。
『ん?別に何でもないよ?』
私は、今日も彼に嘘をついた。
「それさ、もう口癖だよね、
何でもないよっていうの」
『え、全く自覚ないな…』
「良くないよ?それ」
『でもさ、しょうがないじゃん?
ほんとに何でもないんだから』
「はぁ…」
彼は、彼らしくない溜息をついた。
「ごめん、今日という今日は無視できない。
ねぇ、何があったの?
何でいつも何でもないフリするの?
俺には言えない事情があるから?
俺ってそんなに頼りないかな?答えて」
『私、は…』
いつものように笑いたかった私の顔に、
光る一滴の涙が伝った。
―手を繋いで―
「おかあさん…」
『どうしたの?』
「て…つなご?」
やはりほんの一瞬、戸惑いはしたけれど。
血の繋がった家族でないにしろ、
私がこの子の母親であることに変わりは無い。
せめて、この子の前でだけは、母親らしくいよう。
私はそう誓ったのだから、と。
私は、微笑んで、差し出された小さな手を握った。
「これからもよろしくね」
手を繋いで、街灯の灯り始めた夕暮れの
住宅街を歩く。私たちの家へと。
―ありがとう、ごめんね―
時刻は午後5時という夕暮れ時、学校の屋上にて。
「僕は君のことが好きだ。
だから、もし良ければ付き合ってください。」
私は、この学校のプリンスとも言われる
藍沢くんに、告白されていた。
彼がこの学校のプリンスと呼ばれる理由は、
着崩すことなくカチッと着た制服と眼差しから
滲み出る真面目さと、学年トップを誇る成績、
そして何より、紳士並みの優しさからだ。
放課後、私の靴箱を開けると中に入っていた
「5時に屋上へ来てください」と丁寧な字で
書かれたメモがまさかこのパーフェクトボーイの
書いたものだとは、夢にも思わない。
さて、対する私はどうだろうか。
一応、校則から外れることなく
学校生活を送っているが、
彼のように真面目でもないし、
成績も誇れるほどでないし、
特別優しいわけでもない。
顔も大して良くなくて、パッとしない私が、
彼と釣り合えるわけがどこにあるか。
彼の隣に合う人なんて、他にたくさんいる。
『学校一の美女』、『性格美人の女神様』、
『誰もが認める優等生』…
私は、彼の告白を断ることにした
でも、目を見てきっぱりと断るのは、
流石に勇気がなくて、
やや俯きがちになって言った。
『…貴方の気持ちは素直に、すごく嬉しい。
…でもね…きっと、私じゃ釣り合わないと思うの。
貴方に似合う人なんて、他にたくさんいるわ。
探さずとも見つかる程に。
そんな中で、絶対に私である必要はない筈でしょう?
だから…ありがとう、ごめんね』
でも、やはり目を合わせないのは違う気がして、
最後は彼の方を見て微笑んだ。
申し訳ないとでもいうような、微笑みを浮かべた。
そして、『では』と踵を返そうとしたのに、
彼はこんなことを言った。
「もし仮に、君の言う通り…
つまり、僕の隣に合う人がたくさんいたとしても、
その中から僕が好きになったのは、
他の誰でもない、君なんだよ。
…もう一度言う。
僕は、君のことが好きだ。
君に何か起こる前に絶対守るし、助けるから、
僕を信じて欲しい。
だから…僕と、付き合ってください、」
『茜さん』と、彼は私の名を呼んだ。
彼の、少しかたい表情が、緊張じみていて、
余裕に満ちているようなことはなかった。
彼の真剣さは、今、私に向けられているんだと、
本気で感じた。
近いようで遠い、茜色の夕日が、
濃く、深い藍色の空に押し潰されるように、
飲まれるように沈んでいく。
まるで私と藍沢くんを
そのまま表したかのような空の下、
彼を信じてみたい衝動に駆られる。
私は目を閉じ、深呼吸をした。
そして、目を開け、彼の方を向いて微笑んで、
『こんな私で良ければ、喜んで』
―部屋の片隅で―
仕事が思いの外長引き、
帰りがいつもより遅くなってしまったので、
ダッシュで帰宅し、玄関で靴を脱ぎ、
彼女の靴の隣に並べた今現在。
この時間なら、もう同僚中の彼女は
寝付いているだろう。
寝る前に話でもしたかったな、そう思いながら
スーツを脱ぎ、自室のハンガーに掛けようと、
廊下を通った。
何気なく彼女の部屋のドアを横目で見ると、
明かりが漏れていることに気がついた。
もう12時になる頃なのにまだ寝ていないのか?
そう疑問に思ったので、
俺は、その場に立ち尽くして考える。
彼女に何か…眠れないことでもあったのか?
考えた末、その考えに至った。
俺はドアをノックした。
木製のドアのコンコン、という音以外、
何も響かない静かな空間。
返事は無い。
もう1度ノックするか、彼女にはすまないが、
突撃させてもらうか、迷っていると、
「……どう、ぞ…」
と蚊の鳴くような静かな声の返事が聞こえてきた。
俺はドアノブに手をかけドアを開いた。
彼女の部屋に踏み入ると、まず目に入るのは、
白を基調としたシンプルな部屋。
綺麗に片付いていて、
見ていて気持ち良いような部屋だ。
その部屋の片隅で顔を伏せ、蹲っている彼女。
その姿は、見ている方も辛くなってくるくらい
悲しげで、苦しげで。
見ていると、“助けて”の4文字が
自然と脳裏に浮かび上がってくるようだった。
俺は彼女の名前を呼び、彼女の所まで駆け寄った。
できるだけ普通を装い、隣に座る。
彼女は顔を上げようとしない。
近くに来て初めて気づいたが、
彼女の身体は微かに震えていた。
俺は少し考えてから、彼女の肩を抱き寄せた。
しばらく背中を擦ってやると、
少し震えが落ち着いた。
それを見計らって
『大丈夫?』
そう言おうとした。
でも、その声は、彼女によって遮られた。
「私……もう、無理かもしれない…」
『…あのさ、もし、話したくなかったら、
それでもいい。ただ、溜め込みすぎて、
どうにもならなくなることだけは、
俺が耐えられないから、辞めて欲しいんだ。
俺が力になれるなら、何でもするし、幾らでもする。
1人で頑張りたいって言うなら、
俺はずっと傍について支えるし、応援するよ。
助けてほしいならそう言って。
…助けてほしい?』
「…………うん……話、聞いてくれる?」
そう言って、彼女が顔を上げた。
泣きはらした目と、服にできた染み。
部屋の片隅で、彼女と2人。
今日は、少し長い夜になりそうだ。
彼女の涙を笑顔に変えられますように。