―部屋の片隅で―
仕事が思いの外長引き、
帰りがいつもより遅くなってしまったので、
ダッシュで帰宅し、玄関で靴を脱ぎ、
彼女の靴の隣に並べた今現在。
この時間なら、もう同僚中の彼女は
寝付いているだろう。
寝る前に話でもしたかったな、そう思いながら
スーツを脱ぎ、自室のハンガーに掛けようと、
廊下を通った。
何気なく彼女の部屋のドアを横目で見ると、
明かりが漏れていることに気がついた。
もう12時になる頃なのにまだ寝ていないのか?
そう疑問に思ったので、
俺は、その場に立ち尽くして考える。
彼女に何か…眠れないことでもあったのか?
考えた末、その考えに至った。
俺はドアをノックした。
木製のドアのコンコン、という音以外、
何も響かない静かな空間。
返事は無い。
もう1度ノックするか、彼女にはすまないが、
突撃させてもらうか、迷っていると、
「……どう、ぞ…」
と蚊の鳴くような静かな声の返事が聞こえてきた。
俺はドアノブに手をかけドアを開いた。
彼女の部屋に踏み入ると、まず目に入るのは、
白を基調としたシンプルな部屋。
綺麗に片付いていて、
見ていて気持ち良いような部屋だ。
その部屋の片隅で顔を伏せ、蹲っている彼女。
その姿は、見ている方も辛くなってくるくらい
悲しげで、苦しげで。
見ていると、“助けて”の4文字が
自然と脳裏に浮かび上がってくるようだった。
俺は彼女の名前を呼び、彼女の所まで駆け寄った。
できるだけ普通を装い、隣に座る。
彼女は顔を上げようとしない。
近くに来て初めて気づいたが、
彼女の身体は微かに震えていた。
俺は少し考えてから、彼女の肩を抱き寄せた。
しばらく背中を擦ってやると、
少し震えが落ち着いた。
それを見計らって
『大丈夫?』
そう言おうとした。
でも、その声は、彼女によって遮られた。
「私……もう、無理かもしれない…」
『…あのさ、もし、話したくなかったら、
それでもいい。ただ、溜め込みすぎて、
どうにもならなくなることだけは、
俺が耐えられないから、辞めて欲しいんだ。
俺が力になれるなら、何でもするし、幾らでもする。
1人で頑張りたいって言うなら、
俺はずっと傍について支えるし、応援するよ。
助けてほしいならそう言って。
…助けてほしい?』
「…………うん……話、聞いてくれる?」
そう言って、彼女が顔を上げた。
泣きはらした目と、服にできた染み。
部屋の片隅で、彼女と2人。
今日は、少し長い夜になりそうだ。
彼女の涙を笑顔に変えられますように。
12/8/2022, 9:26:09 AM