―奇跡をもう一度―
公園の木のてっぺんに1人で登って、
夕日を見ながらコイントスをした。
今はもう会えない彼を想いながら、
憧れていた彼の真似をしようとして。
同い年なのに、随分大人びていて、
木の上で足を揺らしながら
すました顔でコイントスをし続ける姿が、
とてもかっこよかった彼。
ふと彼のことを思い出して、
急に彼の真似をしてみたくなった。
木の上で夕陽を見ながらコイントスをする彼は
一体どんな気持ちだったのだろう、と。
―すると、奇跡が起きた。
今にも遥か遠くの地平線に
沈まんとしている夕日と、
指から離れ、宙でクルクルと踊るコインが、
丁度重なった時、
私は酷い頭痛に襲われ、
木の上だと言うのに、意識を飛ばしてしまった。
目が覚めると、信じられないことにそこは
彼が事故に巻き込まれる半年前
―つまり5年前の世界だった。
私は、その世界で
どうにか彼を事故から引き離そうと奮闘した。
でも、無駄だった。
彼の悲報を聞いて、暫く思考が停止する。
後悔に苛まれていると、気づけば公園の木の下で、
空を見上げて大の字になっていた。
一瞬は、自分がどこの誰なのか、
今はいつでここはどこなのか、
全く分からなくなる。
けれど、仰向けになっている私の顔の横に
1枚のコインが小さな音を立てて落ちてくると、
記憶を全て取り戻した。
タイムスリップをする前や、その方法、
タイムスリップ後の記憶まで残っていたのが
ありがたかった。
私は、記憶を頼りに
何度も何度もその1連の流れを
繰り返そうとした。
でも、1連の流れどころか、
タイムスリップすらできない。
いつも、ただコイントスをして終わるだけ。
何度やっても、上手くいかない。
登る木を変えてみた、公園を変えてみた、
コイントスをする時間帯や、
コイントスをする日を変えてみた。
が、何度やっても上手くいかない。
タイムスリップをする方法は、
コイントスでなくても良いのでは?とも思い、
タイムスリップについての
ニュース記事、本、漫画、、、
色々読み漁り、色んな方法を試した。
…何度やっても上手くいかない。
でも、私にも私の生活がある。
自由時間全てをタイムスリップするために
捧げる訳にはいかない。
だから私は、これで最後にしよう、と思った。
場所はあの日通りの場所。時間もあの日通りに。
日付は変わってしまったけれど、
曜日は同じにしたし、
服装なんかも全て同じにした。
気に登り、1番高い枝に座り、
少し足を揺らす。
ポケットに入れて置いたコインを取り出す。
表が花の絵柄、
裏は特に何も無いシンプルな柄のコイン。
このコインは、彼から直接許可を得ることなく、
貰ったもの…つまり形見だ。
多分、またやっぱり…という気持ちもある中で、
私は夕日に祈りながら
そのコインを指の上に置き、親指で弾く。
チリーンと軽やかで涼し気な音。
――奇跡をもう一度
―たそがれ―
塾の帰り道を1人で歩く。
今は黄昏時、か。
ついさっき国語の授業で習った。
昼から夜に変わる夕暮れ時を黄昏と言う…
黄昏の次はなんだっけ、と、思い出していると、
秋らしく涼しい風が吹き、
「こんばんは」
と、声が聞こえた。
少し高いけれど、落ち着いている声。
通り過ぎた街灯の光の中に
影ができていたような気がして、
声の主なのでは、と足を止めて振り返る。
と、そこには6歳くらいの男の子が
腕を後ろに組んで立っていた。
子供?さっき通りすがった公園に、
子供は1人も居なかった。
子供はもう家に帰る時間だ。
お名前は?お家は何処?と聞こうとして、
目を合わせるようにしゃがむと、
私より先にその子が口を開いた。
「こんばんは、お姉さん。
僕の名前は、みくも。
あなたの将来を変えるために、
未来から来たんだ。よろしくね」
その子は組んでいた腕をとき、
握手を求めて右手を差し出してきた。
いや、あなたの将来を変えるとか、
未来から来たとか言われて、
素直に手を取れるわけが無い。
もしや、私をからかおうとしているのか?
こんな嘘をつくのは珍しいが、
小さい子がよくする、イタズラなのでは?
なら、驚いたり慌てたりしたら相手の思う壺。
あくまでも、冷静に対応を…
『あのね、みくも君。
今日はもう夜だから、
君はお家に帰らなきゃダメなんだ。
1人で帰れる?』
すると、みくも君は
苦笑が混じった困り顔で言った。
「ん〜…やっぱりそうなるよね…
信じてもらえそうにない、か…」
この反応…もしかして本当、なの…?
みくも君は、仕方がないという顔をして、
イヤーカフの着いた耳に手を当て、喋った。
―«こちら、2042班 No.81 ミクモ。
現在2022年の住宅街にて
ターゲットとの接触に成功。
疑心暗鬼な様子のため、
これよりターゲットを連れて
そちらに向かいます。»―
ワープには広い空間が必要だから、と、
近くの広場に連れていかれた。
もう抵抗するのは面倒だったし、
この子はきっと普通の子じゃない。
広場の真ん中に着くと、
彼は左手首のスマートウォッチを操作し、
顔を少し苦しそうに歪めた。
すると、みくも君の姿はなくなり、
代わりにスーツ姿の成人男性が現れた。
頭が理解に追いついてない。
みくも君は…?
でも、この男の人、よく見たら
みくも君のイヤーカフ型通信機を着けてるし、
左手首には例のスマートウォッチ、
おまけに顔にみくも君の面影がある…
もしや、この人…
「よくお気づきで。
えぇ、私はみくもです。
こっちが本来の姿なんですよ」
先程までの子供らしい口調とは打って変わって
紳士を思わせる大人らしい口調に変わった。
え、待って、今、私の心を読んだ…?
彼はそうだよと言わんばかりににやりと笑う。
また…!?
私は頭がクラッとして、よろけた。
情報量がスゴすぎる。
ただでさえ、塾で頭を使った後だと言うのに。
そんな私を彼は支え、
「だいぶお疲れのようですね。これをどうぞ」
と、私の顔色を伺いながら、
タブレットを1粒差し出してきた。
彼によると、糖分が多く含まれているので、
疲労回復が容易にできるんだとか。
私はタブレットを受け取り、口に含んだ。
「まぁ、いきなり未来がどうこうとか言われて、
頭も混乱しますよね。よくあることですよ」
と彼は笑ってフォローする。
彼の言った通り、頭がスキッとしてきて、
体も軽くなった気がする。
彼は私の様子を見ると、
未来へ行くための準備か何かなのか、
彼がスマートウォッチを操作を始めた。
私はその様子をじっと見つめる。
彼は操作を終えると自然な所作で私と手を繋いだ。
「それでは、参りましょうか。
今のあなたの将来を見に行くため、未来へ」
ふと、塾の先生が今日の授業で言ってたセリフが
冴えてきた頭によぎる。
[黄昏時は、逢魔が時とも呼ばれます。
魔物に遭遇する、大きな災禍を蒙る、
と信じられてきたので、
このように逢魔が時と表記される場合が
あるのです。
この授業が終わる頃は、丁度黄昏ですね。
魔物に遭遇してしまわないように、
気をつけて帰ってくださいね、皆さん]
その言葉とにやりと意味深な笑みが
頭の中で蘇る。
なるほどね。
随分と近未来的で紳士的な魔物だな。
私は、
この目の前の奴に1人で家に帰れるか、なんて
情けをかけた自分を静かに自嘲した。
―きっと明日も―
私は思った。
きっと明日も今日と同じ日になると。
未来予知能力?そんなもの、私にはない。
今までの経験故の推測だ。
『今日と昨日で違ったことや
変わったことはあったか?』
私はそうやって毎晩、自問自答する。
答えはいつだってNO。
いつもいつも同じ日。
何度何度、賽を振っても同じ目しか出ないような、
そんな不幸感。
私はこの味気ない日々の連続を、
どうにかしたかった。
この日々を終わらせる方法…一時的にでもいい。
いつもと違う日を生きたい。
そんなことばかりを考えていたある日の朝。
私はスマホで気になるニュース記事を見つけた。
女子高生が夜の住宅街で、通りすがりの人を
無差別に刺し〇したという事件の記事。
これを見た時、鳥肌がたった。
そうだ。
私もこんなことをすれば。
きっと今まで通りではいられなくなる…!!
人に刃物を向けて、
人を傷つけるだけでいいんだ。
こんなこと、子供にだってできる。
なんて、簡単なことなんだろう。
私は思わず盛大に笑った。
私の狂気的な笑みを止める人なんて
居なかったので、私は暫く笑った。
思い立ったが吉日だ。
今日にでもやってやる。
…今日くらいは、
この何度も繰り返してきた退屈な日々を
楽しんでみようかな。
何せ、今夜、私は、私のこの腐った日々を
自分の手で変えるんだから。
――誰かの命と引き換えに。
―静寂に包まれた部屋―
学校の教室くらいの広さで、
教卓があるところや、
机と椅子のセットが
規則正しくならんであるところなどまで
教室に似た部屋。
部屋に窓はなく、
ドアも教卓の近くにひとつだけ。
外の光が差し込まない上に
電気もつけていないので、
部屋の中は真っ暗だった。
教卓の位置とは反対方向の席7つを除き、
50個程の全ての席に
小〜中学生くらいの子供が座っていて、
教卓に1人、ドアの前に1人、
そして机の間を縫うように歩き、
子供達の様子を見て回る人が2人、
計4人の大人がいた。
例の机7つを除く全ての机に乗った
タブレットが一斉に起動する。
曲がることないタブレットのブルーライトで
部屋が少しだけ明るくなる。
それでもまだ薄暗くて、
子供達の表情がぼんやりと浮かぶ。
でも、浮かんできたどの顔にも
感情は感じられず、ただただ無表情だった。
教卓の大人が鋭く冷たい声を放つ。
「それでは、ヘッドセットをつけなさい。
…これからテストについて説明をします。
このテストでは、難易度の異なる5択問題が
ランダムで200問出題されます。
回答時間は1問10秒で、
回答時間内に選択肢を押さなかった場合、
その問題を未回答で不正解とし、
次の問題を表示します。
選択肢は1度選ぶと変更できませんので、
よく注意して選びなさい。
…今から10秒後にテストを開始します。」
「それでは、始めなさい。」
タブレット付属のタッチペンを使い、
子供達はそれぞれのペースで
問題を解いていく。
ポンポンとスムーズに回答する子供もいれば、
タッチペンを持ったまま
フリーズしている子供も少なからずいた。
飾りのないシンプルなヘッドセットからは
チクタク、チクタクと、
秒針の音だけが聞こえてくる。
焦らされている気分になり、
慌てて、回答を間違える。
それが意図なんだろう。
タッチペンでタブレットを叩く音だけが
部屋に溶けていく。
テストを終えた子供のタブレットから、
次々と光が消えていった。
最後のタブレットの光が消えた時、
部屋の電気が付いた。
明るみになった部屋の中は、
壁も床も天井も、机も椅子も
何もかもが無機質で真っ白だった。
ただでさえ明るい電気を反射していて、
目を開けていられないほどに眩しかった。
そんな中子供も大人も、
誰も眩しさに反応することはなく、
無表情を保っていた。
ピンと場の空気が張り詰め、
部屋が静寂に包まれる。
「テストが終了しました。
これからテストの成績を公開します。」
次々と子供達の名前が呼ばれ、その後に
正解した問題の数、不正解の問題の数、
未回答の問題の数、問題の正答率に、
それらのテスト結果で判断された
『ランク』が発表された。
全員の成績発表が終わると、
成績最優秀者と、成績最劣等者の名が呼ばれた。
成績最劣等者とされた子供は、
次の瞬間、無表情を崩した。
顔を苦しそうに歪め、呻き声を上げ、身をよじる。
その10数秒後には椅子から崩れ落ちて倒れ、
更にその数秒後にはのたうち、苦悶した。
1分程経つと…
やがて動きが鈍くなり、
突如としてピタリと動きが止まった。
それ以降彼は動くことなく、
ドアから新しく入ってきた大人2人が持つ担架に
乗せられて、部屋を出ていった。
その間も、他の子供達は無表情を徹底していた。
誰も騒ぐことなく、誰も驚きを見せることなく、
誰も気にかけることすらなく。
それは大人も同じことで、
1人の子供が明らかに苦しんでいるのに、
動こうとしなかった。
次の日、昨日と同じように、あの部屋には
また人が集まっていた。
昨日と変わらない景色。
その中で唯一変わっているのが、
子供の人数。子供の座っていない席が
8つになっていた。
子供達は相変わらずの無表情で、
子供のいない席が増えたことに
全く疑問を持たなかった。
パッ、パッと光の柱が
タブレットから立っていく。
沈黙の中に命令口調の声が響いた。
「それでは、ヘッドセットをつけなさい。
これからテストの説明をします。
│
今から10秒後にテストを開始します。」
静寂に包まれた部屋――
「それでは、始めなさい。」
―別れ際に―
「ごめんね」
『…うん』
「君にはギリギリまで笑顔でいて欲しくて、
ずっと話さなかったんだ。
今日まで黙ってて、ごめんね」
『…うん』
「君を置いていくなんて
したくなかったんだけど…でも、
僕の力じゃどうしようもなくて」
『…うん。
でも…でも……めて…って…しかった』
「え?」
『それでも、せめて言ってほしかった…!』
「」
『私と笑顔で居たいなら、
言ってくれればよかったのに!
そしたらいつもより
大切に時間過ごしたのに!!』
「…!」
『これじゃもう何もできないじゃない…!!』
「…」
『…ほら、そろそろ時間終わっちゃうよ』
「…あぁ。
…ホント何もできなくて、
何も言えなくて、ごめん。
もうこれからは隣にいてあげられないけど、
君ならきっと、大丈夫だよ。1人でも、大丈夫。
ゆっくりでいいし、
怖かったら立ち止まってもいいから、
前を向いて頑張ってね…応援してるから」
『っっっ、!』
「あぁあぁ、泣かないでよ、
君の笑顔が見たいんだ」
『…ありがと』
「そうだ。
これ…バラが好きだって、言ってたじゃん?
あげるよ」
『赤い…バラ…ありがとう』
「じゃあ、もう行くね
…どんなに遠くに離れてても、ずっと傍にいるよ」
それ以来、彼はここに現われなかった。
赤いバラの花言葉
――あなたを愛しています