―たそがれ―
塾の帰り道を1人で歩く。
今は黄昏時、か。
ついさっき国語の授業で習った。
昼から夜に変わる夕暮れ時を黄昏と言う…
黄昏の次はなんだっけ、と、思い出していると、
秋らしく涼しい風が吹き、
「こんばんは」
と、声が聞こえた。
少し高いけれど、落ち着いている声。
通り過ぎた街灯の光の中に
影ができていたような気がして、
声の主なのでは、と足を止めて振り返る。
と、そこには6歳くらいの男の子が
腕を後ろに組んで立っていた。
子供?さっき通りすがった公園に、
子供は1人も居なかった。
子供はもう家に帰る時間だ。
お名前は?お家は何処?と聞こうとして、
目を合わせるようにしゃがむと、
私より先にその子が口を開いた。
「こんばんは、お姉さん。
僕の名前は、みくも。
あなたの将来を変えるために、
未来から来たんだ。よろしくね」
その子は組んでいた腕をとき、
握手を求めて右手を差し出してきた。
いや、あなたの将来を変えるとか、
未来から来たとか言われて、
素直に手を取れるわけが無い。
もしや、私をからかおうとしているのか?
こんな嘘をつくのは珍しいが、
小さい子がよくする、イタズラなのでは?
なら、驚いたり慌てたりしたら相手の思う壺。
あくまでも、冷静に対応を…
『あのね、みくも君。
今日はもう夜だから、
君はお家に帰らなきゃダメなんだ。
1人で帰れる?』
すると、みくも君は
苦笑が混じった困り顔で言った。
「ん〜…やっぱりそうなるよね…
信じてもらえそうにない、か…」
この反応…もしかして本当、なの…?
みくも君は、仕方がないという顔をして、
イヤーカフの着いた耳に手を当て、喋った。
―«こちら、2042班 No.81 ミクモ。
現在2022年の住宅街にて
ターゲットとの接触に成功。
疑心暗鬼な様子のため、
これよりターゲットを連れて
そちらに向かいます。»―
ワープには広い空間が必要だから、と、
近くの広場に連れていかれた。
もう抵抗するのは面倒だったし、
この子はきっと普通の子じゃない。
広場の真ん中に着くと、
彼は左手首のスマートウォッチを操作し、
顔を少し苦しそうに歪めた。
すると、みくも君の姿はなくなり、
代わりにスーツ姿の成人男性が現れた。
頭が理解に追いついてない。
みくも君は…?
でも、この男の人、よく見たら
みくも君のイヤーカフ型通信機を着けてるし、
左手首には例のスマートウォッチ、
おまけに顔にみくも君の面影がある…
もしや、この人…
「よくお気づきで。
えぇ、私はみくもです。
こっちが本来の姿なんですよ」
先程までの子供らしい口調とは打って変わって
紳士を思わせる大人らしい口調に変わった。
え、待って、今、私の心を読んだ…?
彼はそうだよと言わんばかりににやりと笑う。
また…!?
私は頭がクラッとして、よろけた。
情報量がスゴすぎる。
ただでさえ、塾で頭を使った後だと言うのに。
そんな私を彼は支え、
「だいぶお疲れのようですね。これをどうぞ」
と、私の顔色を伺いながら、
タブレットを1粒差し出してきた。
彼によると、糖分が多く含まれているので、
疲労回復が容易にできるんだとか。
私はタブレットを受け取り、口に含んだ。
「まぁ、いきなり未来がどうこうとか言われて、
頭も混乱しますよね。よくあることですよ」
と彼は笑ってフォローする。
彼の言った通り、頭がスキッとしてきて、
体も軽くなった気がする。
彼は私の様子を見ると、
未来へ行くための準備か何かなのか、
彼がスマートウォッチを操作を始めた。
私はその様子をじっと見つめる。
彼は操作を終えると自然な所作で私と手を繋いだ。
「それでは、参りましょうか。
今のあなたの将来を見に行くため、未来へ」
ふと、塾の先生が今日の授業で言ってたセリフが
冴えてきた頭によぎる。
[黄昏時は、逢魔が時とも呼ばれます。
魔物に遭遇する、大きな災禍を蒙る、
と信じられてきたので、
このように逢魔が時と表記される場合が
あるのです。
この授業が終わる頃は、丁度黄昏ですね。
魔物に遭遇してしまわないように、
気をつけて帰ってくださいね、皆さん]
その言葉とにやりと意味深な笑みが
頭の中で蘇る。
なるほどね。
随分と近未来的で紳士的な魔物だな。
私は、
この目の前の奴に1人で家に帰れるか、なんて
情けをかけた自分を静かに自嘲した。
10/2/2022, 12:50:42 AM