―秋恋―
紅葉が綺麗だと有名な山へ来ていた。
人気スポットなだけあり人は多かった。
たまに足を止めて写真を撮りながら、紅葉を見て回った。
良く映えそうな場所を見つけたので、
カメラを向けようとしたその時。
すごい風が吹いてきて、紅葉の葉を掻っ攫っていった。
その瞬間をカメラに写せたら
とても綺麗だったのだろうけど、
あまりにも風が強すぎて、目を開けていられなかった。
風が落ち着き、そっと目を開けると、
カメラを向けていた1本の紅葉の木の傍に、
そそとした佇まいの少女がいた。
その子は、今や珍しい和服姿だった。
紅から朱色にかけてのグラデーションの地に
紅葉や楓が散りばめられたデザインの着物に、
真っ白な足袋と赤い鼻緒の黒い下駄を履き、
髪は後頭部でひとつにまとめ、華やかな簪を挿していて、
秋の風景にとてもピッタリだった。
目は伏せていたけど、モダン風の真っ赤な唇は
柔らかく微笑んでいて…
はっきり言って、一目惚れしてしまった。
少しでいいから喋ってみたくて、
その子と紅葉の写真を1枚だけでも撮りたくて、
それ以外は何も考えずにその子に1歩近づいた。
――するとさっきのような風が
また吹きつけてきて、
また目を開けると、そこに彼女はいなかった。
一瞬にして訪れ、一瞬にして去った、
北風のような秋恋。
―大事にしたい―
目が覚めた。
久しぶりに目覚まし時計より早かった。
朝だ…と思って伸びをして、時計を見たけれど、
日付は変わったばかりだった。
もう1回寝ようと思って横になったけど、寝るに寝れない。
私は諦めて、リビングにいった。
もし彼がもう起きていて、リビングにいてくれたら、
なんてちょっと思ったけど、やっぱりそんな筈はなく、
リビングは暗くて誰もいなくて、シーンとしていた。
寂しいな…なんて思いながら、ソファに蹲った。
顔を上げて、リビングを眺める。
あなたがいないだけで、いつものリビングが
こんなに広く感じられる。
ボーッとしてると、不意に頭が空っぽになって。
心がゾワゾワして、恐怖心に駆られた。
急に、一人ぼっちになってしまったような感覚に襲われた。
孤独感に打ちひしがれた心臓がドクドクと煩かった。
何が怖いのか、全く分からない。
怖さがおさまる方法も分からない。
両膝を抱えて結んでいた手の甲に、
キラッと光る何かが落ちた。
そこでやっと自分が泣いてることに気がつく。
どうしても止められない
これってなんの涙なんだろう。
その時、彼のものと思われる足音が聞こえた。
あの人が近づいてくる音にホッとした私がいる。
「あ、おはよう。起きてたんだ?でもまだ1時…」
安心する低い声と一緒に、彼が現れた。
私の姿をソファに見つけると、
彼はそこで私が泣いていることに気づいた。
「っ!?どうしたの?なんで泣いてるの?」
彼は慌てた。そりゃそうだろう。
起きたら彼女がわけも分からず泣いてたなんて。
『…なん、か、わかんっ…ない、けど、こわ、くて…
なにが、こわいっのか、も、わか、なく、て………あと…』
「ん?」
『ちょ…っと、寂しっか、た…』
私は正直に話した。変に思われるかもとは思ったけど、
しゃくりながらだったけど、ちょっと照れちゃったけど、
話した。
「そっか、そっか。寝れなくて怖くて、寂しかったんだね」
彼は優しくそう言って、私の隣に座り、頭を撫でてくれた。
優しくて、温かくて、安心する手。
「じゃあ、朝が来るまで、こうしてよっか」
『…ん』
誰かの足音が聞こえて、ちょっと心配で、様子を見たくて、
ゆっくりと起き上がり、時間を確認した後、
そっと足音の消えた方―リビングへ行った。
…まぁここには俺含め、2人しか居ないから、
誰かと言っても消去法で彼女しかいないのだけれど。
リビングは電気が消えたままだった。
驚かさないようにと思って、足音を立てて、声を出す。
リビングに入ると、彼女はソファに蹲っていて、
その上泣いていた。俺は驚いた。なんで泣いてるんだ?
聞くと、彼女はしゃくりあげながらも、話してくれた。
何がなぜ怖いのかも分からないけど、
何か怖くて、寂しかったんだと言う。
なにそれって、思ってしまった。
でも、それ以上に可愛いなって思った。
揶揄うのは良くないなって思ったから、できるだけ優しく、
彼女の隣に座り、頭を撫でた。
『じゃあ、朝が来るまでこうしてよっか』
そう言うと、彼女はこくんと小さく頷き、
こてん、と、俺の肩に頭に乗せた。
もう、どこまで可愛いんだか。
俺は彼女の背中を一定のテンポで叩いて落ち着かせながら、
2人で朝を待った。
――特に何もすることなく、ずっと近くにいる、
こんな優しくふんわりした時間。
普段はこんなことあまりしないけど、
こうやって2人でじっとしている時間も、
大事にしたいな――
―時間よ止まれ―
こうなってからもうどのくらい経つ?
そんなことも考えられないほど、追い詰められていた。
―精神的にも物理的にも。
はっ、はっ…っは!はっ、、はっっ!!
呼吸を整えようにも、上手くいかず。
逆に過呼吸になってしまう。
いつまでもつだろう、限界はもう近い気がする…
どれだけ余裕あるかな…そう思って、
少しスピードを上げてからサッと振り返る。
っヤバい!!もう少しで追いつかれてしまう。
顔を前方に戻すと、クラッと目の前が暗くなった気がした。
視界の隅が霞む。
さっき無理にスピードを上げたツケが来た。
もうそろそろ限界かもしれない。
そして、改めて前を見てハッとした。
っアイツ!そうか、この行き止まりに追いやろうと…!?
レンガ造りの壁際まで来ると、体ごと自分が来た方を
振り返り、壁に背中が触れるまで下がった。
アイツが現れるであろう方をただじっと見つめる。
アイツは姿を現した。
こちらを見るとにんまりと口が裂けるほど笑った。
こっちへおいでとも言うように、
若しくはもう逃げられないよと見せつけるように、
腕を大きく広げながら、反応を楽しむかのように
ジリジリと距離を詰めてきた。
気をおかしくさせるためか、
笑みを浮かべたまんま何か話しかけてくる。
貼り付けたような笑み。丁度そんなだった。
頭を働かせてソイツの話を聞くことも出来たが、
それは必要ないと思った。多分どうでもいい話だ。
だから代わりにソイツを思いっきり睨みつけた。
でももしかしたら、顔が引きつってしまっていたのかも
しれない。
ソイツは、その反応を待っていたんだとでも言うように、
嬉しげな顔を見せた。
自分の体はものすごく熱くて、呼吸もままならない。
背中がツーっと冷たくなっていく。
強がるつもりだったのに、もう疲れた体が耐えきれないのと、
恐怖心に体までが支配されてしまったのとで、
つい本音が漏れてしまった。
『っヤ、ダ…こっ…ち、来っない、で……!!』
口調からも棘が抜けてしまい、歯切れも悪かった。
やがて立っていることも出来なくなり、
ふわっと膝の力が抜け、そのまましゃがみ込んだ。
っダメだ…!
絶体絶命。
その時、いきなりこちらを刺してきた眩い光に目が眩んだ。
思わず手で目を覆う。
「―時間よ止まれ」
突如、どこからか聞こえてきた、
空気を裂くような鋭く凛とした声。
手の隙間から目を細く開けると、
背の高いシルエットが見えた。
――そこで意識は途切れた。
―夜景―
しんと静まったビルの屋上。
見下ろすと、眼下ではもう夜だと言うのに
ざわめきが絶えない。
ふぅ、と今日何度目か分からない溜息をつく。
なんて綺麗な景色なんだろう。あまりに凄すぎて、
どういう言葉で表現すればいいのか、分からない。
はぁ。
意識した訳でもないのに、勝手に溜息が出た。
これはこの夜景に感動したためのものか、
――それとも行き場のない疲労のためのものか。
この景色、本当は君と見たかったんだよ。
なんて、元カノに言えるわけがないよね。
またゴミを見るような目をされるのも嫌だし。
最近、何もかもが上手くいかない。
例えば…あぁ、やめておこう。
また自分で自分が悲しくなる。
何もかもが上手くいかない。そんな経験、誰にだってあるのが
普通だと思う。けど、僕はその期間が長すぎたんだ。多分。
あぁ、隣に君さえ居てくれれば、綺麗だねと言って、
じゃあ帰ろうか、と終われたのに、
今日は、もうここから戻れない。
帰る場所は消してきた。
こんな自分がみっともないし、嫌いだし、泣きたくなるけど、
最後は泣かないことにするよ。君に笑われないためにも。
そう思いながら僕は…
『ゴミのような人生、もう十分楽しみつくしたつもりだから、
期待するのもほどほどにして、そろそろお暇するよ…神様。』
――キラキラと眩しい闇夜に消えた。
―花畑―
柔らかい朝日が差し込む部屋にて、
小鳥のさえずりで目が覚める…
なんてメルヘンチックなことはなく、
カーテンが閉め切られた至ってシンプルな部屋にて、
セットしていた目覚まし時計の機械的な音で目が覚めた。
すごく、すごく嫌な気分だ。
理由は、
『変な夢、見た…』
いつものように夜11時をまわった頃にベッドに入った僕は、
その後眠りに落ち、変な夢を見た。
赤色のアネモネ、水色のネモフィラ、紫色のパンジー、
ピンク色のチューリップ、青色の勿忘草、黄色のカタバミ…
種類も色も様々な花たちが風に吹かれながら咲き乱れる
花畑の真ん中で、花に囲まれながら、
僕の腕の中で苦しそうに顔を歪めた僕の彼女が、
何かを伝えようと必死に口をパクパクとさせながら、
最後にはスーッと消えていってしまう夢。
腕に感じていた彼女の命の重みがスっと消えた瞬間、
喪失感に襲われて、暫く思考が停止した。
そこで夢は終わった。いや、目が覚めた。
今までに見たことの無い夢だった。
それに、風が体を撫でていく感じとか、
腕の中に彼女がいる感覚とか、
妙にリアルだった…気が…する。
何れにしろ所詮夢なんだし、気にする事はないと思うのだが、
どうしても頭から離れない。何かを暗示しているようで。
その中で、この夢が正夢になってしまったらどうしよう、
という気持ちもあったんだと思う。
今日は朝から彼女とドライブに行く予定だったのに。
どこに行くかは成り行きに任せようと言う話に
なっていたが、
花畑に行きたいなんて絶対言わないなんて保証は全くない。
最近、『週末のお出かけ先におすすめ!
今が見ごろの花畑特集!!』というテレビ番組を真剣に
見ていた彼女を思い出す。
…80%以上の確率で行先は花畑になるのではないか。
考えに考えた末、彼女に連絡する。
今日のドライブの話なんだけどさ、
また今度でもいい?
│
え…どうして?
返信に困った。
花畑で君が消える夢を見たから、なんて言えない。
嫌な予感がしたから…そんなので彼女は納得しないだろう。
罪悪感はあったけど、僕は彼女に嘘をつくことにした。
在り来りなのは急な仕事とかか…
でも僕の仕事に急なんてない。彼女もそれを知っている。
なら、体調不良とか…そう思い、返信した。
ちょっと体調が優れなくて
│
え、嘘!
風邪かなにか?大丈夫?
│
大丈夫だよ
風邪ほど悪くはないし、1日休めば良くなると思う
│
待ってて!今から家行くから!!
何か欲しいものとかある?
早い。行動が早い。
それにこの言い方じゃ僕に拒否権はないんだろう。
多分、彼女は今日のドライブを楽しみにしてて、
だから看病という形で、僕に会いたいんじゃないかなんて
思う。実際、僕も君に会いたいし。
うーん、特にない…かな
│
わかった!今から行くね
│
うん、ありがとう
そこで会話は切れた。
体温は誤魔化せないだろうけど…
せめて具合が悪く見えるように、頑張るしかないか。
――翌日、あるニュースが世間を騒がせた。
小さくて可愛らしい花がカラフルに咲き乱れることで
今人気の花畑で、放火事件があったという話だ。
負傷者は10人近く出たらしいが、
幸いにも死者は出ていないらしい。
火事に気づくのは少々遅れたものの、
観光客の避難がスムーズだったためまだ良かったが、
死者が数人出てもおかしくないレベルの火事だったとか。
朝このニュースを隣で見ていた彼女は言った。
「ぇ〜!ここ、昨日ドライブで行きたかったとこ!」
それを聞いて僕は少し驚く。昨日の勘が当たっていたとは。
やはり昨日の行動は正しかったんだとホッとしながら、
「花が焦げたら行けなくなっちゃうじゃん…」と
がっかりしてる彼女をフォローする。
『まぁまぁ。他にも花畑はあるんだし。
それより、このドライフラワー作りのお店、
面白そうじゃない?』
一応、今日起きたら体調はすっかり良くなったという
ことにしてある。
僕が差し出したスマホを見ながら歓喜する彼女を見つめた。
自然と顔が綻ぶ。
僕の心は、色とりどりの花が咲いた花畑のように、
晴れやかになった。