―空が泣く―
帰り道、曇り空の中をひとりきりで歩いた。
潤んだ瞳を隠すように、俯きながら早足で歩く。
きっと私を気にする人なんてどこにもいない。
そう思っていても、やはり顔は下を向いてしまう。
ポツン。
手の甲が一滴の水で濡れた。
見下ろしていた手の甲から地面にピントを合わせると、
地面には細かいドット模様の染みができていた。
上を見上げると、ポツリポツポツと、水が降ってきた。
涙だ。
空が、泣いている。
泣かないで――
そう思ったのに、私の願いは叶うことなく、
逆にエスカレートしていって、空はより激しく泣いた。
ねぇ、お願いだから、泣かないでよ。
折角私が頑張って涙を堪えてるのに、
我慢してるのが馬鹿みたいじゃない。
――私も、泣きたい。泣きたいよ…
そう思って唇を噛んだ。
我慢しようと思ったのに、どうしても堪えきれなくて、
顔に涙が伝う。
空が泣く。
私も泣く。
ねぇ辞めてよ。
そんなに大きな音を立てて派手に泣かれたら、
私の涙がちっぽけで、どうでもいいように見えるじゃない。
私の涙を、
拭ってくれる人も、
止めてくれる人も、
許してくれる人も、
どこをどう探そうと絶対いない。そうに決まってる…
そう思うと、歯止めが利かなくなった。もう、涙は止まらない。
止めてくれる人がいないなら、もう自力で止めなくていい、
そうも思った。
最近は急な雨が多いからと、通学カバンのポケットに
突っ込んである折り畳み傘も差さずに、
泣きながら歩いた。もう早足では歩けなかった。
だからやはり俯いたまま、ゆっくりと歩いた。
私は、人目を気にして、声を押し殺して泣いた。
泣いた、泣いた、泣いた。
空は、人の都合なんて考えず、思いっきり泣いた。
泣いた、泣いた、泣いた――。
―君からのLINE―
やることはあるのに、やる気がないので暇だ。
そんな時に、机に放りっぱなしにしていたケータイが
着信音を鳴らして、震えた。
のそのそと手を伸ばし、ケータイの画面を顔に向ける。
画面が明るくなり、ロック画面が映し出されたその瞬間、
喜びが血と共に全身を駆け巡ったような気がした。
指の先まで興奮に震えた。
いそいそと通知元のアプリを開く。
ロック画面の告知通り――君からのLINEが1件。
トーク画面に移り、メッセージを読む。
ねぇね!見てる?虹が出てるよ!!
│
虹?
│
うん、ものすっごくキレイ!!
│
どこ?ここからは見えないのかな?
│
んーとね、学校近くのサイクルショップの方!
見えると思うよ!!
│
じゃあ南東の方かな?
│
うーん、多分
│
あ、見えた!!
すごい!キレイだね!
│
でしょ?
│
虹で思い出した
そういえば、虹の端っこに行くと、願いが叶うらしいよ
│
え、そうなの?知らなかった!
私ね、実は叶えたい願いがあるんだ!
だから行ってみようよ!虹の端っこ!!
│
え、でも、所詮都市伝説だよ?
│
でも、いいの!都市伝説だって確信するためにも、行きたい!
│
わかった
じゃあ、虹の端っこで集合しよう、
そして2人で願いを叶えよう
│
うん、わかった!着いたら電話するから、そっちも連絡してね!
可愛いキャラクターと吹き出しに書かれた
りょうかい!!という文字のスタンプを送り、
一旦会話を終わらせた。
君からのLINE、
君にとっては何気なく、
僕にとっては今日という色のない絵に
華やかで鮮やかな色をつけてくれた虹を知らせるLINE。
僕にとっては何気なく、
君にとっては願いを叶えに行くきっかけになった
虹についての都市伝説のLINE。
その2つがあってこそ、今日、僕は君に会える。
考えただけでもワクワクする。
鼻歌交じりで、踊るように扉まで歩く。
ぶっちゃけ、虹の端に辿り着けるとは思ってない。
歩き回って疲れた君が、電話をかけてきて、待ち合わせ場所を
変えて、会って喋って終わり…そんなとこだろう。
でも、今ふと思い出したが、虹の出た方向、南東は、
風水的に、結婚、出会い、恋愛の場所だ。
もしかしたら…という希望も、
まだ捨てずにちゃんともっている。
もし君に虹の端でも会うことが出来て、
もし都市伝説が本当で、願いが叶ったら…なんて。
さて、君を待たせないように、もうそろそろ出かけないとね。
僕の願い事→いつまでも君が笑顔で居れますように
君の願い事→あなたともっと仲良くなれますように
―命が燃え尽きるまで―
「お。おかえり〜」
「ただいま」
「で?どうだった?―ゲームは?」
「今回も素晴らしいゲームだったよ」
「ちーがーうーだーろ!!
僕が聞いているのは、ゲームの結果、勝敗だ。
僕の興味があるのは、ゲームの『勝敗』だけ。
そこに至るまでの話やその感想は、二の次なんだよ!」
「ははは、いつも言うよね、それ。
…全滅したよ。君の勝ちだ」
「そりゃどうも〜」
「エイジが生き残るって読みだったのだが…
彼はプレッシャーに弱いからね、他のみんながエイジに
頼りすぎてしまったようだ。
…にしても、随分嬉しげだね。感情を隠しきれてないよ?」
「だって!これでやっと引き分けだろ!?」
「おや?1837対1936で私が勝っているんじゃなかったかい?」
「…チッ。上手く騙せるかと思ったのに」
「困るなぁ、そんなに甘く見られたら」
「…絶対次も勝ってその次も勝って、
お前を見下してやるからな!」
「それは楽しみだ。期待しているよ」
「望むところだ」
「いやー、それにしても、今回は素晴らしいゲームだった。
特にユウスケとナツキ、あの2人には驚かされたな。
最初は仲違いもあったけど、他のみんながいなくなった後、
2人でやむを得ず協力するうちに、
お互い恋情が芽生えたようだね。
ユウスケの並外れて良い運動神経と
ナツキの鋭すぎる程の洞察力で、困難を乗り越えていって…
なかなかいいコンビだったと思うよ。
そして彼らの最後もまた素晴らしかった。
ナツキはユウスケの命を優先して、分かっていながら
不正解の道を選んだんだ。
彼女は命が燃え尽きるまでユウスケの無事を
願っていたし、ユウスケも、彼女の命が尽きるまで
自分の甘さを悔いていた。ユウスケが最後の1人になって、
私は正直、ナツキの死を悔やんで立ち直れなくなって
しまうんじゃないかと思ったが…
やはり彼の精神力は異常なほどだね。
立ち上がり、最後まで戦い続けた。
まぁ、己の能力の限界には、敵わなかったけれど。
現実味があって、それもまた良いね。
みんなの命を踏み台にしてここまで来たのに、
こんな形でゲームが終わらせてしまって、
謝っても謝りきれないと言って悔い、涙を見せ、燃え尽きた。
それが彼の終わりだったよ。
どちらも美しい命だった――」
「ふーん、それは良かったな」
「…君はほんとにつれないね。
この感情を共有できるのは君だけだと言うのに」
「それより、早く準備しよーぜ、次のゲーム」
「はいはい、わかったよせっかち君」
「『はい』は1回だって知らないのか、ノロマ?」
「大事なことなので2回言います、
みたいなのがあるだろう?
私にとって君への返事は大事なことなんだよ」
「…いけ好かない」
「それはどうも」
「で?次はどんなゲームにするつもりなんだ?」
「ウインクキラーを大人数で、なんてどうかなと
思っていてね」
「ほう。ウインクキラーか…。久しぶりだな、それでいこう」
「さてプレイヤーは――」
…
「人の命はカゲロウのよう。
目的のために必死に飛び続ける姿は、
まさに死に抗おうとする人間。
命が燃え尽きるまで、戦い続ける。
…みんな儚く、脆くて弱い。でもだからこそ、美しい。
――やあ、みんな。
私は今から始まるゲームのゲームマスターを
務めさせてもらう者だ。どうぞよろしく。
――さて、挨拶はこのくらいにして、
さぁ始めようか…」
「「『ウインクキラー』だ。」」
―夜明け前―
黙って、窓の外を見つめていた。
これ以上にないって程、真剣な顔で。
窓の外に広がる都会の景色のずっとずっと遠いところ。
丁度そこを中心に瑠璃色の空が白んでいく。
白地に夜明け前の風景が下書きされたキャンバスの前に
置いた木製の丸椅子に座って、絵筆を握り直した。
色ならもうある程度の用意はできている。
でも、まだだ。描きたい『夜明け前』は、もう少しで現れる。
その瞬間をただじっと待った。
――ずっとずっと、画家を目指して、努力してきた。
画商や百貨店に絵を販売してもらうよう頼み込んだり、
色々なコンクールに応募したりもしたけど、
一方的な理由で断られてばかりで、販売してもらえても、
売れ筋は全くだったし、
どのコンクールでも、私の努力は虚しくも報われなかった。
もう気力的にも財力的にも、限界が近い。
だから、自分が1番好きなものを描いた作品を
次のコンクールに出して、それで終わろうと思っていた。
私が1番好きなもの、初めに浮かんだのが
この夜明け前だった。
綺麗な空に、昼間は慌ただしく動く都会の静けさに
心が澄んでいく、私の一番好きな時間帯。
見ていると、みんながちらほらと起き出してきて、
生活音が戻ってくる…その景色、その瞬間が好きなのだ。
悔しい。
ずっと昔から追ってきた夢をここで諦めてしまうのは。
大好きな絵が、もう描けなくなるのは。
悔しい、悔しい、悔しい。
悔しいけど、いつまでも夢見てはいられない。
それくらい、現実は厳しくて、強くて、無情なのだから。
夢を見ていると、必ず誰かしらに起こされる。
現実の前にズルズルと引きずり戻され、
現実の前から逃げることはもう出来ないという恐怖に
囚われる。
そんな中迫り来る選択肢は2つだけ。
現実に抗って夢を繰り返し見続けるか、
それとも
現実に従って夢を諦めて夢から離れるか。
今まで色んな人が前者を選んで現実から逃げてきたが、
この世界ではまだ、誰も現実に打ち勝つことはできない。――
今までのたくさんの努力を脳裏に浮かべながら、
その瞬間を待った。
…来た。
私はここぞとばかりに動き出した。
目の前の風景をそのまま写すように、
パレット上で夜明け色を作る。
使い慣れた絵筆をキャンバスに踊らせる。
夜が明けてしまわないように、動きは機敏に、
でも雑にならないようあくまでも丁寧に。
それでも空の移り変わりには敵わない。
だから、夜明け前の景色をしっかり頭の中に記憶させてある。
脳内の景色を頼りにしながら、空をキャンバスに写す。
私が集中しているからか、部屋全体の空気が
ピンと張り詰めているような気がする。
私のために気配を消そうとして
静かにしていてくれてるのなら、ありがたいことだ。
私は喉の渇きを無視して、額から垂れ流れる汗を無視して、
満足いく出来になるまで、手を動かし続けた。
仕上げに明けの明星を描き、手を止めた。
そこで初めて朝日の眩しさが気にかかり、目を細めた。
手でひさしを作り、顔をほころばせて、暫くそうしていた。
彼女が好んだ夜明け前の風景を描いた作品『夜明け前』は
別の意味でも、『夜明け前』になった。
計画通り、作品をコンクールに出してみたところ、
見事優勝に輝き、一躍有名になったのだ。
その後も、展示会を開かないか、絵を販売してみないか、
などという仕事の依頼は絶えず、
やっと彼女の努力が実を結んだ。夢が叶ったのだ。
―本気の恋―
『あ、あの、ね、私、、、!!――』
全身の震え、上擦った声、痛いくらいの胸の鼓動、
そして、さっき君が待ち合わせ場所に現れるまでは
今日の今日まで添削と推敲を繰り返された
愛のメッセージでいっぱいだったのに、
急に空っぽになって、使い物にならなくなった頭…
これらに偽りなんて微塵もないから。
この想い、この気持ち…どうか、貴方に届いて。
―これが私なりの本気の恋―