雷鳥໒꒱·̩͙. ゚

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―夜明け前―

黙って、窓の外を見つめていた。
これ以上にないって程、真剣な顔で。
窓の外に広がる都会の景色のずっとずっと遠いところ。
丁度そこを中心に瑠璃色の空が白んでいく。
白地に夜明け前の風景が下書きされたキャンバスの前に
置いた木製の丸椅子に座って、絵筆を握り直した。
色ならもうある程度の用意はできている。
でも、まだだ。描きたい『夜明け前』は、もう少しで現れる。
その瞬間をただじっと待った。

――ずっとずっと、画家を目指して、努力してきた。
画商や百貨店に絵を販売してもらうよう頼み込んだり、
色々なコンクールに応募したりもしたけど、
一方的な理由で断られてばかりで、販売してもらえても、
売れ筋は全くだったし、
どのコンクールでも、私の努力は虚しくも報われなかった。
もう気力的にも財力的にも、限界が近い。
だから、自分が1番好きなものを描いた作品を
次のコンクールに出して、それで終わろうと思っていた。
私が1番好きなもの、初めに浮かんだのが
この夜明け前だった。
綺麗な空に、昼間は慌ただしく動く都会の静けさに
心が澄んでいく、私の一番好きな時間帯。
見ていると、みんながちらほらと起き出してきて、
生活音が戻ってくる…その景色、その瞬間が好きなのだ。
悔しい。
ずっと昔から追ってきた夢をここで諦めてしまうのは。
大好きな絵が、もう描けなくなるのは。
悔しい、悔しい、悔しい。
悔しいけど、いつまでも夢見てはいられない。
それくらい、現実は厳しくて、強くて、無情なのだから。
夢を見ていると、必ず誰かしらに起こされる。
現実の前にズルズルと引きずり戻され、
現実の前から逃げることはもう出来ないという恐怖に
囚われる。
そんな中迫り来る選択肢は2つだけ。
現実に抗って夢を繰り返し見続けるか、
それとも
現実に従って夢を諦めて夢から離れるか。
今まで色んな人が前者を選んで現実から逃げてきたが、
この世界ではまだ、誰も現実に打ち勝つことはできない。――

今までのたくさんの努力を脳裏に浮かべながら、
その瞬間を待った。
…来た。
私はここぞとばかりに動き出した。
目の前の風景をそのまま写すように、
パレット上で夜明け色を作る。
使い慣れた絵筆をキャンバスに踊らせる。
夜が明けてしまわないように、動きは機敏に、
でも雑にならないようあくまでも丁寧に。
それでも空の移り変わりには敵わない。
だから、夜明け前の景色をしっかり頭の中に記憶させてある。
脳内の景色を頼りにしながら、空をキャンバスに写す。
私が集中しているからか、部屋全体の空気が
ピンと張り詰めているような気がする。
私のために気配を消そうとして
静かにしていてくれてるのなら、ありがたいことだ。
私は喉の渇きを無視して、額から垂れ流れる汗を無視して、
満足いく出来になるまで、手を動かし続けた。
仕上げに明けの明星を描き、手を止めた。
そこで初めて朝日の眩しさが気にかかり、目を細めた。
手でひさしを作り、顔をほころばせて、暫くそうしていた。

彼女が好んだ夜明け前の風景を描いた作品『夜明け前』は
別の意味でも、『夜明け前』になった。
計画通り、作品をコンクールに出してみたところ、
見事優勝に輝き、一躍有名になったのだ。
その後も、展示会を開かないか、絵を販売してみないか、
などという仕事の依頼は絶えず、
やっと彼女の努力が実を結んだ。夢が叶ったのだ。

9/13/2022, 12:32:02 PM