―花畑―
柔らかい朝日が差し込む部屋にて、
小鳥のさえずりで目が覚める…
なんてメルヘンチックなことはなく、
カーテンが閉め切られた至ってシンプルな部屋にて、
セットしていた目覚まし時計の機械的な音で目が覚めた。
すごく、すごく嫌な気分だ。
理由は、
『変な夢、見た…』
いつものように夜11時をまわった頃にベッドに入った僕は、
その後眠りに落ち、変な夢を見た。
赤色のアネモネ、水色のネモフィラ、紫色のパンジー、
ピンク色のチューリップ、青色の勿忘草、黄色のカタバミ…
種類も色も様々な花たちが風に吹かれながら咲き乱れる
花畑の真ん中で、花に囲まれながら、
僕の腕の中で苦しそうに顔を歪めた僕の彼女が、
何かを伝えようと必死に口をパクパクとさせながら、
最後にはスーッと消えていってしまう夢。
腕に感じていた彼女の命の重みがスっと消えた瞬間、
喪失感に襲われて、暫く思考が停止した。
そこで夢は終わった。いや、目が覚めた。
今までに見たことの無い夢だった。
それに、風が体を撫でていく感じとか、
腕の中に彼女がいる感覚とか、
妙にリアルだった…気が…する。
何れにしろ所詮夢なんだし、気にする事はないと思うのだが、
どうしても頭から離れない。何かを暗示しているようで。
その中で、この夢が正夢になってしまったらどうしよう、
という気持ちもあったんだと思う。
今日は朝から彼女とドライブに行く予定だったのに。
どこに行くかは成り行きに任せようと言う話に
なっていたが、
花畑に行きたいなんて絶対言わないなんて保証は全くない。
最近、『週末のお出かけ先におすすめ!
今が見ごろの花畑特集!!』というテレビ番組を真剣に
見ていた彼女を思い出す。
…80%以上の確率で行先は花畑になるのではないか。
考えに考えた末、彼女に連絡する。
今日のドライブの話なんだけどさ、
また今度でもいい?
│
え…どうして?
返信に困った。
花畑で君が消える夢を見たから、なんて言えない。
嫌な予感がしたから…そんなので彼女は納得しないだろう。
罪悪感はあったけど、僕は彼女に嘘をつくことにした。
在り来りなのは急な仕事とかか…
でも僕の仕事に急なんてない。彼女もそれを知っている。
なら、体調不良とか…そう思い、返信した。
ちょっと体調が優れなくて
│
え、嘘!
風邪かなにか?大丈夫?
│
大丈夫だよ
風邪ほど悪くはないし、1日休めば良くなると思う
│
待ってて!今から家行くから!!
何か欲しいものとかある?
早い。行動が早い。
それにこの言い方じゃ僕に拒否権はないんだろう。
多分、彼女は今日のドライブを楽しみにしてて、
だから看病という形で、僕に会いたいんじゃないかなんて
思う。実際、僕も君に会いたいし。
うーん、特にない…かな
│
わかった!今から行くね
│
うん、ありがとう
そこで会話は切れた。
体温は誤魔化せないだろうけど…
せめて具合が悪く見えるように、頑張るしかないか。
――翌日、あるニュースが世間を騒がせた。
小さくて可愛らしい花がカラフルに咲き乱れることで
今人気の花畑で、放火事件があったという話だ。
負傷者は10人近く出たらしいが、
幸いにも死者は出ていないらしい。
火事に気づくのは少々遅れたものの、
観光客の避難がスムーズだったためまだ良かったが、
死者が数人出てもおかしくないレベルの火事だったとか。
朝このニュースを隣で見ていた彼女は言った。
「ぇ〜!ここ、昨日ドライブで行きたかったとこ!」
それを聞いて僕は少し驚く。昨日の勘が当たっていたとは。
やはり昨日の行動は正しかったんだとホッとしながら、
「花が焦げたら行けなくなっちゃうじゃん…」と
がっかりしてる彼女をフォローする。
『まぁまぁ。他にも花畑はあるんだし。
それより、このドライフラワー作りのお店、
面白そうじゃない?』
一応、今日起きたら体調はすっかり良くなったという
ことにしてある。
僕が差し出したスマホを見ながら歓喜する彼女を見つめた。
自然と顔が綻ぶ。
僕の心は、色とりどりの花が咲いた花畑のように、
晴れやかになった。
9/17/2022, 2:59:51 PM