『さぁ冒険だ』
「あっははは! ほらほら、次はどうする?」
迫り来る目の前のヤツから出される五本の触手。一本は一閃、二本目は剣で勢いを殺し回し蹴り、三本目と重ねて突き刺し消す。死角からの四本目と五本目は来た目の前の触手に左手を付け、それを軸にハンドスプリングをして一本を回避しながら斬り、もう一本を空中で体を捻り全体重を乗せての一撃で乗り切る。……はずだった。
「うぐっ!」
「その程度で僕に勝とうだなんて、甘いよねぇ」
斬ったはずの触手が想定外の速さで復活し、私の腹と右足を貫く。
「あ゛がっ! ゴホッ……」
「終わりだね。やっぱり人間は弱いなぁ! 本当に、汚らわしくて鈍臭くて。でも強くてとても面白い! けれど——」
そこで少し言葉を止め、薄気味悪い笑みを浮かべる。
「僕には勝てない。上位種族である魔王《ぼく》にはね」
今、私を見下ろしている魔王はそう言って高らかに笑う。
こいつを殺す為に私達四人はは立ち上がったはずだった。でも……もう誰も力がない。
「一人は即死。一人は塵すらも残らず消え、もう一人は手足が捻じ曲がりもうすぐ死ぬ。そして君も詰み」
……その通りだ。何も言い返せない。足をやられ、腹部の大量出血も合わさり立てもしない。人間である私には超速再生も、反撃の手立ても無い。
「なんて、思ってるんでしょ?」
「は?」
私は右手に持つ剣で己の心臓を刺す。全身が沸騰するような感覚と溢れ出てくる力、そして脳が支配されるほどの高揚感を覚える。
「誰が人間だなんて言った? 誰が反撃の手立てが無いなんて言った?」
どちらにせよ私は死ぬ。なら、三人の分まで私は抗ってみせようじゃないか。
「その状態……いつ死ぬかわからないんだね? ……クク、あっははははは! 最高だよ君! 醜く生にしがみついててね?」
私は目の前の屑にとびっきりの笑みをぶつけてやる。
「さぁ、冒険だ」
『君と見た虹』
国力が世界最大と言われている国、アースドアレス。そんな国と戦争をしているのが私達が守ろうとしている国、ユメミヨスガ。
敵も味方も、大体の人間がアースドアレスの圧勝で幕が閉じると予想していた。あの日を境に復讐に燃え、訓練を続けてきた私以外は。
師匠をあいつに殺された時に私は誓った。必ず復讐してやると。味方がどれだけいなくなろうと、例え私以外の全員が諦めようと、私だけは必ず食らいつくと決めた。
でもその誓いも、もう要らない。
この戦争は実質二人の人間によって均衡が保たれていた。そのどちらかが崩れれば自然と形勢は傾く。
あまり言いたくは無いがその一人は私。そしてもう一人はアースドアレスの第一王女、カナ・レストアート。
「あ……っはは」
そのカナは今私の隣で腹部から血を流して笑っている。無論、この剣を刺したのは私だ。
それは戦争の終結。私達の勝ちを意味する。
カナの白いドレスは雨と泥により元の姿は無い。勿論、彼女のドレスには赤い色もあった。
「……なんで笑っているの。貴女は負けたんだよ。この世界に魔法なんてものはない。じきに死ぬ」
「だから……笑っているんだよ……」
私の言葉を聞いても彼女は笑みを崩さない。これから死ぬというのはわかっているだろうに、それでも。
「虹が……綺麗だなぁ……って。最後に見れて……良かった。好きなんだよね……」
先程まで降っていた豪雨はもう見る影もない。雨の降った空には虹がかかっていた。
「私はね……君と、小夜と、もう会いたくなかったんだよ」
「ッ!」
彼女の言葉に胸がズキンと痛む。泣きそうになるのを堪えていると、カナはまた儚い言葉を紡ぐ。
「君と会うと……銃を持つ手が……震えるんだ。どんなに屈強な男にも、化け物にも……動じなかった私の手がね」
「ッ!」
彼女が言葉には私にも覚えがあった。だからこそ混乱する。私と同じな訳無いのに。
「……なんで」
「……あはは。それを……言わせるの? まあ最期だから……良いけどさ」
カナが口を開こうとした時、彼女と私に光が差す。カナはそれに嬉しそうにまた笑い、私にその言葉を言った。
「愛してるから……だよ。君をね。……あっちで待ってる、から……その時に返事を聞かせてくれると……嬉しいな」
「…………」
「ついでに……私の銃も……頼むよ……嫌じゃなかったら……使ってくれると嬉しい……な……」
カナの瞳から光が消える。だが瞳はまだ輝いていた。太陽が彼女を見ている事に何故か心底腹が立つ。
笑顔も無くなった彼女の視線の先には虹があった。
私はそっと手を握る。
「……私もだよ、カナ。すぐにそっちに行くから、その時に言うよ」
カナと普通に出会えていたら。
朝に挨拶を交わし笑いあったり、たまにデートをしたり、手を繋いだり、一緒に寝たり、結婚をする未来もあったのかな。
彼女の愛銃と私の剣を持ち、片手で隣で目を閉じている人の手を握る力を少し強める。
師匠の仇を討ったはずの心はこんなにも痛い。カナと初めて会った時の殺意も、怒りも今は無い。
何回も戦場で出会い、彼女の優しい所を知った。おしゃべりな所も、少しお茶目な所も、優しい所も、私を愛してくれていた事も、辛い過去も、知った。
師匠、ごめんなさい。仇は討ちました。討ったのに、涙が止まらないんです。こんなにも私は彼女に染まってしまった。
なら、今度はカナとの誓いを果たそう。こんな戦争を終わらせ、またここに来て、彼女が使っていたこの銃で会いに行く。想いを最期まで貫き通す。
「必ず返事をするよ。だからそれまで待ってて」
今度は私が笑顔を浮かべる。覚悟の証明として、捧げよう。
「また虹を見よう? こんな風に手を握ってさ、また笑顔を見せてよ。その為なら私、幾らでも頑張ってみせるから、ね?」
君《カナ》と見た虹はこんなにも綺麗で、痛い。
『ひそかな想い』
周りを見渡しても川などの水源は無く、荒れ果てた大地には緑は少しも見えない。あるのは銃弾とその痕、爆発物が使われた痕跡、最後に遺体と流れた血。
そんな中で私達はそれぞれの武器を抜き、戦場へ赴く。互いの尊厳と想いを賭けて。
敵は私達の国の数倍は力のある国、アースドアレス。それに対する私達が所属する国、ユメミヨスガは現在、アースドアレスと同等以上の戦争をしていた。
ユメミヨスガの上層部の見解ではすぐに負けるのではとまで言われていた戦況は熾烈を極めている。
ユメミヨスガがすぐに陥落しなかった理由。それは単純明快。一般兵士の数百、数千に匹敵するほどの実力を持つ人がいたから……らしい。
……あまり私の紹介を豪奢に飾りたくないのでこれ以上はしない。いや、したくない。
「うああああああああ!」
目の前から敵兵が走ってくる。私はそいつの振った剣をいなし、カウンターとして首に一閃を見舞う。
私は、戦争なんて早く終わらせたい。他の奴らと違う理由かもしれないが、それでもこの想いは消えない。
首を失った体は私へ倒れてくる。せめて優しく寝かせてあげようとその体を受け止めようし、手を広げ——
「ッ!」
瞬刻、私が右へ飛んだのと同時ほどで先程の敵兵の体を銃弾が貫く。
私は一回り体が小さく、敵兵に隠れて私の姿は隠れていたはず。
だが、その銃弾の軌跡は私ほどの身長である人間の急所を正確に捉えていた。
そんな事ができる、そして私の事をよく知っている人物は一人。
「君とは、こんな所で会いたくなかった」
彼女はそう言い、銃弾のリロードをする。その風格は他の兵とは一線を画していた。
「……私も」
私は戦争を早く終わらせたい。その理由は——
「貴女と私は、争わなければならない運命なのかな?」
この心に秘めているひそかな想いを、貴女に言いたいから。
『輝き』
「ほら、早く行くぞ! 料理のさしすせその特売が終わっちゃうって!」
「ま、待って待って!」
私を急かしながら玄関へ走っていく彼。私が株で稼いで買ったこの家は、部屋は広く、廊下はかなり長い。……はずなのだが、彼はもう玄関で靴を履いている。
彼——清廉煌驥ともう一人は人間であり人間じゃない。ある薬が服用者が人間である事を拒絶したから。
組織名——magnum《マグナム》。薬や銃の密売、強盗殺人詐欺などなど手を染めている犯罪、更にはその行動範囲までもその他の組織は桁違い。
magnumは特に薬の製作、密売に力を入れている。だが、その中でも一つ。格が違う薬がある。
薬名——reject《リジェクト》。身体能力、五感などの基本的能力の爆発的な増強はあるが、精神が完全に崩壊する。
そのrejectに耐えられる者は居ないと言われていた。彼と、そして私を除いて。
私はrejectの八割、彼は十割の性能を引き出した。私は一度目の傑作。彼は二度目の英雄。
薬の効果はその名の意味、由来のように凄まじい。それは史上最大の組織と言われたmagnumをたった二人で壊滅させるほどに。
一度は彼の輝きに憧れた。私はその組織に育てられた、要は親の気を引きたい子供心のようなものだ。犯罪なんて噂だけだと思うほどに甘い餓鬼だった。
だからこそ、彼の輝きには追いつけない。あれは人ならざる者《わたし》から見ても未知だから。
「砂糖! 醤油! 酢! せ……は、なんだ?」
「しは塩。せが醤油だよ」
「は? ふざけんなどこがせなんだよ馬鹿野郎」
「私に言わないで。理不尽でしょ」
ぶつぶつと文句を言う彼。ここだけ見ていると普通なのだが、正体は五十メートルを三秒ほどの爆速で走る人間?だ。
彼に、そして彼の輝きに、私の手は届いて届かない。
『君の背中』
『ほら、こうき! はやくいこ!』
幼き日の淡い記憶。笑顔で僕の手を引っ張る彼女。僕はその背中を見続けていた。
その背中は子供故に小さくて、でもその時の僕からすると大きく見えた。届かないと思わされるような、そんなかっこ良くて可愛らしい背中。
いつも引っ張っていってくれる君に、僕は何も出来なかった。話す時もおどおどして小声、引っ張ってくれなきゃ一緒に遊びたいとも言えない意気地なし。
そんな僕に惚れる女の子なんていなかったと思う。勿論彼女も例外じゃないだろう。
冷たい鉄の扉に手をかける。スマホの画面に映っている反応は今いる場所から数メートル先だ。
扉を開けると、あの頃の輝いていた時は正反対の彼女がいた。
「久しぶりだね、小夜」
「え……煌驥?」
だから今度は僕が引っ張るよ。あの日憧れた、輝いていた背中を見習って。君がこれからする事に恐怖を抱かないように。
「なんで……ここに……?」
5階ほどのビルの屋上。冷たい風が肌に突き刺さる中、僕と小夜の視線が交錯する。
「決まってるでしょ? なんの思い出も無いここに来る理由なんて」
小夜の質問に答えると同時に僕は肩を竦める。そしてあの頃は出来なかった笑顔を彼女へ向ける。
「君と一緒に死にに来た。それだけだよ」