『君の背中』
『ほら、こうき! はやくいこ!』
幼き日の淡い記憶。笑顔で僕の手を引っ張る彼女。僕はその背中を見続けていた。
その背中は子供故に小さくて、でもその時の僕からすると大きく見えた。届かないと思わされるような、そんなかっこ良くて可愛らしい背中。
いつも引っ張っていってくれる君に、僕は何も出来なかった。話す時もおどおどして小声、引っ張ってくれなきゃ一緒に遊びたいとも言えない意気地なし。
そんな僕に惚れる女の子なんていなかったと思う。勿論彼女も例外じゃないだろう。
冷たい鉄の扉に手をかける。スマホの画面に映っている反応は今いる場所から数メートル先だ。
扉を開けると、あの頃の輝いていた時は正反対の彼女がいた。
「久しぶりだね、小夜」
「え……煌驥?」
だから今度は僕が引っ張るよ。あの日憧れた、輝いていた背中を見習って。君がこれからする事に恐怖を抱かないように。
「なんで……ここに……?」
5階ほどのビルの屋上。冷たい風が肌に突き刺さる中、僕と小夜の視線が交錯する。
「決まってるでしょ? なんの思い出も無いここに来る理由なんて」
小夜の質問に答えると同時に僕は肩を竦める。そしてあの頃は出来なかった笑顔を彼女へ向ける。
「君と一緒に死にに来た。それだけだよ」
2/10/2025, 10:04:12 AM