「ここではないどこか」
空は灰色で染められ、大量の雨が降り、辺りを濡らす。
ずっと雨に打たれていたからか、服はかなり濡れ、肌に気持ち悪く張り付く。……まあ、もうそんな事どうでも良いが。
ここはセンターと呼ばれる色々な種族が暮らしている街。獣人、妖精、人間などなど多種多様だ。
一見すれば街は平和。通行人達は笑顔で談笑し、子供達が走り回るのを困ったような、されど嬉しいような顔で見ている母親達。
だけど、この街には裏がある。ここの人達や他の場所から来た者を誘拐、監禁し高値で売り飛ばす。殺人や窃盗などは当たり前。そしてバレれば拷問をしても、たとえ殺したとしても誰も不思議そうな顔をしない。
「いつから、変わっちまったんだよ……」
思わず、そんな言葉が口から出る。昔はこんな所じゃなかった。もっと優しく、美しく、活気溢れる所だった。
でも、理解してしまったんだ。あの日、あの事件があってから。現実を知ってしまってから。
だから、もう終わらせよう。疲れたんだ。逃げて、食って、食われて、また走って。恐怖に怯える生活に。
「じゃあな。俺の愛していた街——」
俺はかなりの高さがある家の屋上から飛び降りようとする。でも——
「ねえ」
「ッ?!」
気配が無かった後方から声がし、俺は振り返る。するとそこには白髪の美少女が居た。
「私と一緒に来ない? 貴方はここで死んで良い存在じゃ無い」
その少女が真顔で右手を差し出す。何を言っているのかがわからない。突然の出来事に脳の処理が追いつかない。
「どこに、行くんだ?」
「う〜ん……取り敢えず遠い場所」
少女は右手を顎に当て、これまた真顔で答える。抽象的過ぎる。かなりあやしい……のはわかっているんだが……。
「……その手を握れば……お前は地獄《ここ》から俺を連れ出してくれるのか……?」
「うん」
少女は即答する。そして、今度は笑顔でまた俺に手を差し出す。
「私と一緒に来て?ここではないどこかに、一緒に行こ?」
『君と最後に会った日』
「お〜い。小夜〜?」
隣を歩いている小夜へ声をかける。だが、反応は無い。よく見ると小夜はイヤホンを付けていた。多分音楽を聴いているんだろう。
「流石に無視は酷く無いか〜? 俺達結構仲良かっただろ〜?」
やはり、反応は無い。小夜は俺の事が眼中に無いように、前を向いて歩いている。前は結構優しかったんだけどな〜。まあ、今みたいに冷たい時もあったけど。
多分、学校へ向かっているんだろう。俺はそんな小夜へ付いていく。そのまま突き当たりを左へと曲がり、更に坂を登る。……これは、学校への道じゃ無い。
着いた先は、ある神社だった。小夜はイヤホンを付けながら賽銭箱へお金を入れ、ニ礼ニ拍。
「おいおい、まさかだがあんなでまかせを信じてるのか? ある音楽を聴きながらこの神社でお参りすると願いが叶うって言う——」
「私は、信じてるから」
俺の言葉を遮り、小夜は呟く。それは独り言じゃ無いようで、独り言であった。
「貴方が帰ってくるなんて思ってない。でも——こんな風に何かに縋ってなきゃ、壊れちゃいそうだから……」
……ああ、泣かないでくれ。俺はお前のそんな顔を見たくて助けたんじゃ無い。お前には笑っていて欲しいんだ。
「あの日、貴方と最後に会った日にね。私、告白するつもりだったんだよ……? ずっと一緒に居てくれた貴方に、これからも隣で居てくださいって」
「……小夜」
「今、居るんでしょ? 位置とかはわからないけど、何故か、わかるの。だから、今言うね。これで、もう終わり」
そして小夜は、世界一悲し気で、そして笑顔で、その愛した人に終わりを告げるように、言った。
「愛してるよ、煌驥。ずっと、ずっと幼馴染の貴方が、好きでした!」
俺もだよ、小夜。お前と最期に会った日に、告白しようとしていたんだ。でも、お前が終わらせるなら、俺もケリを付けるとしよう。
「俺もだよ、小夜……ずっと、ずっと愛してる」
『繊細な花』
みんなは花と言われて何を思い浮かべる?
美しい? 綺麗? 可愛い? かっこ良いなんて思う人も居るかもしれない。
部屋や玄関などに飾って置くだけで雰囲気を一変させ、その花にあった空気を作る。
だけど、花は脆い。
茎を人差し指と親指でつまみ、少し力を入れただけで潰れる。折れる。地面に強く投げたら? 勿論散る。
少しこずかれてただけで揺れ、力を入れられると崩れ、何も出来ずに決壊する。それは治す事も出来るが1人では出来ない。必ず誰かの力が必要だ。
儚い物だよな。儚く、脆く、繊細だ。それでいて強く、美しい。
……ああ、ごめんごめん。後半はちょっと別の事を言っていたかな? 失敬失敬。
『無垢』
『ぱぱ〜! はやくこっちきて〜!』
幼き日の思い出。美しくて、明るくて、優しい思い出。
あの頃の私は良かった。純粋で、無垢で、ただの少女だったから。
だが、それはいつまでも続かない。
全てに終わりは来る。それがわかったのは、目の前で父が殺された日。
辛かった。悲しかった。ずっと一緒だと思っていた。
でも、そんな事も願わせてくれない。叶えてくれない。
あの日、父を殺された時、目の前の男を殺すと決めた。父の無念を晴らすと。
そして——
「お父さん……終わったよ」
私は今、そいつを踏みつけ、笑っている。赤く染まり、動かなくなった人間という名の抜け殻を。
あの頃は良かった。笑顔で、純粋で、無垢でいられたから。
『失われた時間』
昨日、俺の恋人の小夜の手術があった。小夜の治らないと言われていた病気が治るかもしれないと言う、大手術。
治る確率は1割どころか0,5割にも満たないらしい。でも、この手術でしか治る確率が無いらしい。
心のどこかでは諦めていた。治らないと。無理なんだと。
でも、今は確信している。絶対に成功すると。
理由は1つ。俺はある事をしたから。
公園のベンチに座り絶望していた時、見知らぬ女性が話しかけてきた。そして、こう言ったんだ。
「このままじゃ彼女さんの手術、失敗しますよ」
なんで見知らぬ人間が手術を知っているのか、何故失敗すると断言出来るのか。疑問はいっぱいあった。
でも、1つだけ、方法があるらしい。
「貴方の寿命を貰います。その代わり、貴方の彼女さんの手術は絶対成功します」
その提案を受け入れたら、俺は3日しか生きれないらしい。
でも、受け入れた。そんな事で小夜が助かるなら。
そして、手術は成功。小夜の病気は治った。あの謎の女性の言う通りだ。
でも、俺の命はもうすぐ終わる。あの提案を呑んだから。
もしも、あの提案を呑まず、手術が成功していたら。
俺と小夜は、まだ一緒にいられたのだろうか?
……いや、そんなたらればを言っても意味ないか。