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5/3/2024, 11:26:35 AM

『優しくしないで』

 校舎の3階、2年1組の教室に、1人の女子高生が泣いていた。

 その女子高生の名前は小夜。そう、私です。

 何故泣いているのか。それは——

 「お〜い、小夜!」

 この男だ。名前は煌驥。私の幼馴染にして私が恋心を抱いている人。

 「どうした、小夜? 帰ろうぜ」
 
 「何を言っているの? 貴方、付き合っている人が居るんでしょう?」

 「それは……なんと言うか……」

 付き合っている人が居るのに何故私を誘うのか。浮気になるじゃない。

 「だから、私には関わらないで。貴方はあの子と幸せになれば良い」

 「おい、ちょっと待てよ小夜!」

 煌驥が私の腕を掴み、私の歩みを止めて来る。

 「何? まだなんか用?」

 「お前、何かあったか?」

 「は? 何も無いけど。それだけ? ならもう行くから」

 「何も無いならなんでお前、泣いてるんだよ」

 「え……?」

 右手で頬に手を当ててみる。すると、指に涙が付いた。意図せず出てしまったのか。我慢出来ていると思っていたのに。

 「貴方には関係ないから気にしないで」

 「気にするだろ。俺はお前の幼馴染なんだから」

 「私に優しくしないでって言ってるの!」

 思わず、声を荒げてしまう。私が諦めようとしているのに、何故この男はそれをわからないのか。

 「貴方にはもうあの子が居るんでしょう?! だから私は諦めようとしているのに! なんで私に話しかけるの! 優しくするの!」

 「それは……」

 煌驥がきまづそうに目を逸らす。煌驥に良くある癖だ。

 「あの子が居るのに私に話しかけるなんて! 貴方はそんな人じゃないでしょう? 貴方は好きになった人を一途に愛する人だった! なのに何故変わったの!」

 「変わってない!」

 煌驥のその真剣な雰囲気に、言葉に、顔に、びっくりした。そう、その顔。その顔をあの子に向けてあげて。それが、今の貴方のやるべき事なんだから」

 「わかった。言おう。あの子の事だからあまり言いたくなかったけど、好きな人に嫌われてまで秘密に出来るほど俺は優しくない」

 「え……?」

 意味がわからない。煌驥が私の事を好き? じゃああの子は? どう言う事?

 「よく聞け。あのな、俺とあいつは付き合ってない。偽装だ。俺が好きなのはあいつじゃない。」

 「俺が好きなのは——!」

5/1/2024, 2:15:45 PM

『楽園』

 『楽園(ラストライト)』。

 それは、俺達天使族の中でもごく少数の人が行く、悲しく、美しい領域。

 『楽園』は、苦しみ、悲しみ、絶望し、全てを諦め、心が壊れた、また、壊れそうな天使族の中でも選ばれた者が行く場所。

 天使族は、心が壊れると消える。事実上の死だ。寿命もあると言えばあるが、数100年は余裕で生きれる。天使が死ぬとしたら寿命か、心が壊れる事だろう。

 楽園に行けば、救われると言われている。どのように救われるのか、どう言う場所なのか、それはわからない。

 「何故、俺なんですか?」

 最初に出た言葉は、質問だった。喜びでも、他の感情でも無い。ただ、純粋な疑問。

 「俺より優秀で、そして俺より心に傷を負っている人は沢山います。なのに何故、俺を楽園に?」

 「本当に言っているのですか?」

 天使族の王、女神様が俺に呆れたような目を向けて来る。

 俺も詳しくは知らないが、女神様が楽園へ連れて行くという噂だ。だからだろうか、俺は今ここに呼ばれている。

 「それは、どう言う意味でしょうか?」

 「そのままの意味です。貴方の心はもう崩壊寸前、いや、かなり崩壊していっています。そして、他の人を楽園に送ったら貴方はこの先も苦しむことになります」

 確かにそうだ。ここで提案を受け入れなければ俺はまだここで生きて行くことになる。でも——

 「まだ、俺には余裕があります。崩壊しているとは言ってもまだ時間があります」

 「貴方はそんな事を言えるような状態ではありません。貴方、もう何も感じないのでしょう? 味覚も、嗅覚も、聴覚も、何も」

 女神様の言っている通りだ。俺は何も感じない。楽園に連れて行ってやると言われた時も、何も感じなかった。

 「それは、貴方の心が枯れて、壊れて行っている証拠です」

 真剣な顔をして、女神様は言う。何故俺にそこまで言ってくださるのかはわからない。でも。

 「私以外の人を楽園に連れて行ってあげてください」

 「まだ言いますか!」

 女神様が声を荒げる。それは、今まで見た事がない、初めて見る姿だった。

 「貴方は心優しい天使です! 私や、同じ種族の天使達も貴方に助けられました! 貴方は苦しまなくて良いのです!」

 「それでも、俺は行きません。他の人を連れて行ってあげてください。俺は大丈夫なので」

 なんと言われようと、俺の覚悟は決まっている。揺るぎはしない。

 「貴方の心はもう限界です! 残っているのは3割ほどでしょう?! こら、待ちなさい!」

 女神様の声を無視し、その場を離れる。それと同時に、乾いた笑みが出て来た。

 女神様は3割と言ったが、もっと少ないだろう。このままだと、あと少しで俺は壊れる。でも、やる事があるから。

 「な、小夜。俺は約束したもんな。一緒に人間を見に行こうって」

 この選択をした事で、もう俺は助からないだろう。次に楽園が開かれた時、俺はもういない。

 あの女神様からの誘いは、俺にとっての最後の光だったのかもしれないな。

 

4/30/2024, 3:45:30 AM

『風に乗って』

 幼馴染で恋人だった煌驥が亡くなって、もう3年が経つ。

 最初は悲しんだ。1週間くらい学校を休むくらいには悲しんだ。

 でも、そんな事を煌驥は望んで無いから。煌驥は、私に幸せになって欲しいって、そう願っていると思うから。

 だから、私は立ち上がった。前を向き、1人でも歩く為に。

 「煌驥〜聞いてよ〜。今日高校でさ〜」

 そんな他愛も無い事を、煌驥の墓の前で話す。

 煌驥が亡くなってから、私は欠かさず墓参りをしている。その時には今みたいに独り言を話したりしているが、やはり少し寂しい。

 でも、私は生きていく。たとえ独り言で終わったとしても、寂しいとしても、私はここに来る。

 『俺が死んだらさ、墓参りは来てくれよ?』

 『勿論、絶対に行くよ』

 それが、私と煌驥が交わした約束だから。

 「でも、やっぱり寂しい物は寂しいよねぇ」

 涙が、頬を伝う。心に秘めているはずの言葉が出てしまった。

 「でもさ、私は煌驥の分もちゃんと生きるから。だから、見てて。私がそっちに行った時、この人生は良い物だったって、言えるようにするから」

 この言葉が、煌驥に届いているといいな。この、風に乗って。

 最後に精一杯の笑顔を墓に向け、踵を返し、帰路に着く。

 「ああ、ずっと見守っているさ。だから、小夜は笑っていてくれ」

 「え……?」

 そんな言葉が、私に届いた。この、風に乗って。

 

 

4/29/2024, 11:01:53 AM

『生きる意味』

 雨が俺の服を濡らし、体温を奪っていく。

 買い物の帰り、急に雨が降ってきた。勿論傘なんて持ってきているはずもなく、ちゃんと濡れることにした。

 「あ〜寒いよ〜。天気予報は晴れだったでしょ〜」

 なんか清々しい。やはり割り切って正解かもしれない。濡れるのが楽しくなってきた。

 子供のようにはしゃいでいると、後ろから急に頭を何かで叩かれた感触がした。

 「いたっ! え、何?」

 振り向くと、そこには俺の生きる意味である大切な人がいた。

 「なんで大人しく濡れてるのよ。ほら、傘持って来たから」

 捨てられた俺を拾ってくれた人。名前を小夜と言う。ごめん、小夜さんにしておいて。

 ねぇ、今小夜さんが年上だと思ったでしょ? 思ったでしょ? 残念、年下なんです!!!

 「え、めっちゃうざい。なんだお前」

 「なんで心読めてんの?!」

 「煌驥の考えてる事なんて全部お見通し」

 「きゃ……//」

 「おえっ……気色悪すぎて吐きそう。消え失せなさい」

 「流石に傷つくよ?」

 そんな軽口を言い合いながら、帰路に着く。

 ちなみに俺のこの砕けた口調は小夜さんに言われた。

 曰く「煌驥の敬語とか需要ないから」らしい。酷くね?
 
 隣で歩いている小夜さんを、ちらっと見る。

 俺は、この人に恩返しするまで死ねない。小夜さんは俺の生きる意味なんだ。

 俺の人生は、全て小夜さんに捧げる。その覚悟は、小夜さんが俺に手を差し出してくれた時に、もう決めている。

 「小夜さん」

 「ん、どうしたの?」

 「俺は、ずっと小夜さんについていきます」

 小夜さんが、怪訝そうな顔で俺を見てくる。急なのは自覚してます。ごめんなさい。

 「急にどうしたの? なんかあった?」

 「いえ、少し前のことを思い出してただけです」

 俺は、少し真剣な顔で小夜さんを見る。俺のその顔に、小夜さんの顔も少し強張った。

 「俺は、小夜さんに救われました。お金も、家も、何もかもが無い俺の事を、小夜さんは助けてくれました。自分に利益が無いのに。だから、次は俺の番です」

 俺の覚悟を、この言葉に込める。

 「絶対に、小夜さんに恩返しします。俺の一生をかけて」

 「ふふ」

 小夜さんが笑う。俺、結構真剣なんだけどな……。

 「大丈夫。ちゃんと真剣なのは伝わってる」

 「本当になんで俺の心読めてるんですか?」

 マジで怖い。え、俺もしかして危ない? 鳥肌がすごいんだけど。
 「真面目に言うと、毎日貴方の事を見て来たから」

 前を向き、小夜さんは笑顔を崩さず言葉を紡ぐ。

 「真面目で、他人に優しくて、私の事をしっかり考えてくれる。だからね——」

 そして、世界一可愛い笑顔で、俺にその言葉を言った。

 「貴方を拾って良かった。これからもずっと一緒に居てください。私にとっても、貴方は生きる意味なんだから」

 ああ、やっぱり、小夜さんは最高だ。

 「はい、勿論。好きですよ、小夜さん」

 「ふふ、知ってるよ。私も大好き」
 
 

 

 

 

4/27/2024, 5:34:24 AM

『善悪』

 俺には、子供の頃の記憶が無い。無くなった理由もわからない。

 だが、1つだけ覚えている事がある。

 子供の頃に、善悪の区別が付けれなくなった。

 自分の損得だけを考え、これまで生きてきた。

 人を殺しても、犯罪を犯しても、何も感じない。無論、一般的に良いと言われている事をしても、だ。

 でも、俺は今、自分が変わったと感じた。

 俺はある追手から逃げる為、ある廃墟に入った。身を隠し、隙を見て逃げる機会を伺う為に。

 「おとうさん……おかあさん……」

 その廃墟で、泣いている少女がいた。隅っこで蹲り、何かに怯えているようだった。

 何も感じないと思った。その少女がこの後誰かに殺されたとしても、何も変わらないと。そう思っていた。なのに——

 「私を、1人にしないで……」

 その、寂しさと絶望が入り混じった声を聞いた瞬間、懐かしさと共に助けなきゃ、と言う気持ちになった。

 何故かはわからない。何故懐かしさを感じたのか、何故その少女だけ助けなきゃと思ったのか。

 脳が自分の変化を処理出来ていない。でも、体は動いた。少女に近づき、顔を覗き込み、声をかける。

 「小夜」

 少女の名前は聞いていない。なのに、その名前が無意識に出てきた。

 「え……? おにいちゃん、だれ……?」

 少女は頭を上げ、俺の顔を見る。

 「話は後だ。取り敢えず俺と来い。助けてやる」

 この不思議な少女と共に歩めば、俺は無くした物を取り戻せるのだろうか?

 それはわからない。でも、俺は変わる。そう言う、謎の確信はあった。
 

 

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