『楽園』
『楽園(ラストライト)』。
それは、俺達天使族の中でもごく少数の人が行く、悲しく、美しい領域。
『楽園』は、苦しみ、悲しみ、絶望し、全てを諦め、心が壊れた、また、壊れそうな天使族の中でも選ばれた者が行く場所。
天使族は、心が壊れると消える。事実上の死だ。寿命もあると言えばあるが、数100年は余裕で生きれる。天使が死ぬとしたら寿命か、心が壊れる事だろう。
楽園に行けば、救われると言われている。どのように救われるのか、どう言う場所なのか、それはわからない。
「何故、俺なんですか?」
最初に出た言葉は、質問だった。喜びでも、他の感情でも無い。ただ、純粋な疑問。
「俺より優秀で、そして俺より心に傷を負っている人は沢山います。なのに何故、俺を楽園に?」
「本当に言っているのですか?」
天使族の王、女神様が俺に呆れたような目を向けて来る。
俺も詳しくは知らないが、女神様が楽園へ連れて行くという噂だ。だからだろうか、俺は今ここに呼ばれている。
「それは、どう言う意味でしょうか?」
「そのままの意味です。貴方の心はもう崩壊寸前、いや、かなり崩壊していっています。そして、他の人を楽園に送ったら貴方はこの先も苦しむことになります」
確かにそうだ。ここで提案を受け入れなければ俺はまだここで生きて行くことになる。でも——
「まだ、俺には余裕があります。崩壊しているとは言ってもまだ時間があります」
「貴方はそんな事を言えるような状態ではありません。貴方、もう何も感じないのでしょう? 味覚も、嗅覚も、聴覚も、何も」
女神様の言っている通りだ。俺は何も感じない。楽園に連れて行ってやると言われた時も、何も感じなかった。
「それは、貴方の心が枯れて、壊れて行っている証拠です」
真剣な顔をして、女神様は言う。何故俺にそこまで言ってくださるのかはわからない。でも。
「私以外の人を楽園に連れて行ってあげてください」
「まだ言いますか!」
女神様が声を荒げる。それは、今まで見た事がない、初めて見る姿だった。
「貴方は心優しい天使です! 私や、同じ種族の天使達も貴方に助けられました! 貴方は苦しまなくて良いのです!」
「それでも、俺は行きません。他の人を連れて行ってあげてください。俺は大丈夫なので」
なんと言われようと、俺の覚悟は決まっている。揺るぎはしない。
「貴方の心はもう限界です! 残っているのは3割ほどでしょう?! こら、待ちなさい!」
女神様の声を無視し、その場を離れる。それと同時に、乾いた笑みが出て来た。
女神様は3割と言ったが、もっと少ないだろう。このままだと、あと少しで俺は壊れる。でも、やる事があるから。
「な、小夜。俺は約束したもんな。一緒に人間を見に行こうって」
この選択をした事で、もう俺は助からないだろう。次に楽園が開かれた時、俺はもういない。
あの女神様からの誘いは、俺にとっての最後の光だったのかもしれないな。
5/1/2024, 2:15:45 PM