『善悪』
俺には、子供の頃の記憶が無い。無くなった理由もわからない。
だが、1つだけ覚えている事がある。
子供の頃に、善悪の区別が付けれなくなった。
自分の損得だけを考え、これまで生きてきた。
人を殺しても、犯罪を犯しても、何も感じない。無論、一般的に良いと言われている事をしても、だ。
でも、俺は今、自分が変わったと感じた。
俺はある追手から逃げる為、ある廃墟に入った。身を隠し、隙を見て逃げる機会を伺う為に。
「おとうさん……おかあさん……」
その廃墟で、泣いている少女がいた。隅っこで蹲り、何かに怯えているようだった。
何も感じないと思った。その少女がこの後誰かに殺されたとしても、何も変わらないと。そう思っていた。なのに——
「私を、1人にしないで……」
その、寂しさと絶望が入り混じった声を聞いた瞬間、懐かしさと共に助けなきゃ、と言う気持ちになった。
何故かはわからない。何故懐かしさを感じたのか、何故その少女だけ助けなきゃと思ったのか。
脳が自分の変化を処理出来ていない。でも、体は動いた。少女に近づき、顔を覗き込み、声をかける。
「小夜」
少女の名前は聞いていない。なのに、その名前が無意識に出てきた。
「え……? おにいちゃん、だれ……?」
少女は頭を上げ、俺の顔を見る。
「話は後だ。取り敢えず俺と来い。助けてやる」
この不思議な少女と共に歩めば、俺は無くした物を取り戻せるのだろうか?
それはわからない。でも、俺は変わる。そう言う、謎の確信はあった。
『流れ星に願いを』
「星が、綺麗だなぁ」
俺、煌驥は行き慣れた公園のブランコに座り、1人で呟く。
今は幼馴染の小夜を待っている。綺麗で艶やかな黒髪。顔は小さく、整った目鼻立ち。誰にでも優しく、モテる。慣れている俺が見ても可愛すぎると思う。
正直、俺は小夜の事が好きだ。て言うかさ、あんな凄すぎる幼馴染が居て好きにならないと思う? いや、思わない(反語)。
「告白出来れば、早いんだろうけどなぁ」
そんな男前な事が出来れば、俺は陰キャをしていない。
「1人で何話してるの?」
「ワン!」
「え、なんで急に犬になったの?」
いきなり話しかけられて思わず犬になってしまった(?)。急に話しかけるのはやめてほしい。せめてノックくらい……ブランコにノックは意味ないか。
「いや、気にするな。ただ犬になりたくなっただけだ」
「精神科か脳外科紹介する?」
めっちゃ心配された。やめて、そんな呆れた目で俺を見ないで。
「ほ、ほら、もうそろそろ時間だぞ」
「あ、そう言えばその為に待ち合わせしたんだった」
「忘れるな忘れるな。お前が急にLINE送ってきたんだろ? しかもこんな深夜に」
「てへっ」
「許すわ。全然許す。余裕で許す」
「あまりにもチョロすぎじゃない?」
小夜の少し舌を出してあざといウインク、可愛すぎるだろうが。俺がチョロいんじゃない。……多分。
少し遅くなったが、俺たちが集まった理由は流れ星だ。俺達の街には年に1度、流れ星が流れる。それはとても綺麗で、更に通常の流れ星より遅い為、願いを3回言いやすい、らしい。
実はこれ、小夜から聞いた事なんだよね。俺、今まで家でゲームしてて見に行った事ないんだよ。
「何ぼーっとしてるの? もうそろそろ流れるよ?」
小夜が俺に近づいて顔を覗き込んで来た。
「え、わかるのか?」
「勿論。何回も見にきてるからね。ほら、3……2……1……」
次の瞬間、空に流れ星が輝く。それは噂の通りとても綺麗で、そして本当に願いを3回言えそうなほど遅い。なんでこんなに遅いんだろ?
「わぁ……綺麗……」
「本当にな。すげえ綺麗だ」
流れ星も綺麗だが、それよりも流れ星に見惚れている小夜も綺麗すぎる。
「いつか小夜に告白出来ますように」
小さく声に出し、3回唱える。陰キャが勇気を出し、俺のやるべき事を果たせるように強く願う。
5mほど遠くで小夜も願い事を言っているようだ。少し聞こえないかな……
「いつか煌驥に……されますように」
う〜ん、1番いい所が聞こえない。なんて非情な世界なんだ。許せないなぁ!
「何をお願いしたの?」
願い事を唱え終わったらしい。小夜が近づいてきた。
「少なくともお前に知られたら俺は泣き崩れて引きこもるだろうな。お前は?」
「何をお願いしたのか凄く気になるけど……まあそれはおいといて。私も秘密」
人差し指を口の前に添え、目を閉じてにこっと笑みを浮かべる。マジでもうそろそろ自重した方が良いと思うなぁ俺は! 勘違いシチャウゾ。
「え〜良いやん、言ってくれても。ねぇ〜」
「駄々をこねない。ほら、帰るよ」
そう言って小夜は帰路につく。俺も小夜と家が近いのでそれに続く。
みんなもこの街に来て見たらどうだい? それでは、良い流れ星ライフを!
『ルール』
俺、煌驥は人間では無い。
俺は所謂『鬼』と呼ばれる存在であり、父が鬼、母が普通の人間だ。
鬼には人間と違う特徴があり、身体能力、再生能力が桁違いに高い。また、前は角などもあったが今は無いらしい。
そして、俺には鬼として生きていく為に両親が決めているルールがある。
1、自分、または自分の大切な物、人が危ない時以外は人間に手を出さない。
2、極力人間として生きる。
俺はこのルールを両親と決めて以来、ずっと守っている。
そのおかげもあり、今は高校生として幸せに暮らせるし、人間の友達も、彼女も出来た。
最初は何故こんな事を、と思った。だが、今は良かったと思う。両親に感謝だな。
ちなみに、母は父が鬼だと言うことも、俺が鬼の特徴を継いでいると言うことも知っている。
「どうしたの? 何か考え事?」
隣で一緒に帰路についていた小夜が俺の顔を覗き込みながら言ってくる。
「いや、なんでも無い。気にしないでくれ」
「そう言われると気になるんだよね〜」
小夜は悪戯な笑みを浮かべて呟き、また前を向く。
小夜は、俺が鬼である事を知らない。
言わない理由は簡単、小夜に嫌われるかもしれないからだ。
言おう、言おうと思っても言えない。言った後、小夜がどう言う反応をするかがわからないから。それが怖い。
「ねえ、煌驥」
「ん? なんだ、どうした?」
「私にはね、私が決めたルールが2つあるの」
急にそんな事を言われ、俺は戸惑う。意味がわからない。何が目的だ?
「怖いぞ、急に。どうした?」
「1つ目。私は、人の事情にはあまり首を突っ込まない。隠したい事があるなら、まあ出来るだけその気持ちを尊重する」
小夜が俺の方に顔を向け、目を合わせてくる。その目には、寂しさと、そして信頼が宿っている様な気がした。
「だからね、私は待つよ。煌驥が言ってくれるのを」
「……!」
心臓がドクン、と跳ねる。まさか、気づかれているのか? それとも勘か?
「私は、煌驥の事が好きだから。そして信じてるから。煌驥がどんな秘密を抱えているかはわからない。でもね、もし煌驥が秘密を言って、私が煌驥と別れるなんて言う事は無いからね」
「……!」
また、心臓が跳ねる。俺も、小夜を信じてる。秘密を言ったとしても、小夜なら受け入れてくれるだろう。そう思っていても——
「怖いんだ、俺は」
「え?」
気がついたら、そんな言葉を吐き出していた。小夜がキョトン、と擬音が似合いそうな顔でみてくる。
そんな小夜に構わず、俺は言葉を続ける。
「だから、待っていてくれ。長くなるかもしれないが、必ず言う。俺が覚悟を決めるまで、待っていてくれないか?」
「勿論」
小夜が即答する。その速さに、今度は俺がキョトンとしてしまう。
「返答が早すぎないか? びっくりしたぞ」
「そりゃ早いよ。だって——」
小夜が、世界一可愛い笑顔で、俺に告げる。
「私の2つ目のルールは、煌驥を信じて、ずっと一緒にいる事だからね!」
『たとえ間違いだったとしても』
「ま、待て! 金ならやる! いくら欲しい?!」
その言葉に耳を貸さず、俺は剣を振るう。
ブシャッ、と鮮血が飛び散り、俺の服などにもつく。
俺には、やるべき事がある。
それは、たとえ自分を犠牲にしようと、確実に成し遂げなければならない事だ。
だから、今日も人を殺す。犯罪だって必要ならやる。それが俺だ。
「だから、待っていてくれ、小夜」
俺は、歩き出す。次のターゲットへと。
この選択が、たとえ間違いだったとしても……俺はやる。
小夜は、俺が唯一『俺』でいられる、大切な人だから。
『雫』
俺が来た街、雪落(ゆきおち)は所謂都会と言われる所だ。そして雪落には洞窟がある。
言ってる事がわからないって? ああ、知ってる。だって俺もだもん。俺もネットで少し聞いただけだもん。だからあると思わなかったんだもん。
俺の職業は写真家。今日はその洞窟の写真を取りに行く予定だ。その為にここにかなり昔から住んでいる人に話を聞いた。
だから本当なんだ。この街に住んでいる人の中でもごく少数しか知って居る人はいないと思う。
何故少数の人しか知らないか、それはその洞窟に行った人達はみんな霧のように消えるからだ。
原因はわからない。なんか花が原因だみたいな事が噂であるが定かでは無い。
てことで今日、と言うか今から俺は洞窟の中に入る。真相を確かめるのだ。
ちなみに、この洞窟にはその少数の人達の中で有名な物がある。それが『sang・Rosse(サン・ロゼ)』と言うとても綺麗な雫らしい。いつもは透明だがたまに別の色が見れるのだとか。
早速洞窟に入る。中は思ったよりも広いみたいだ。人が2人横に並んでも入るくらいの横幅だ。洞窟内は少し湿っており、上からは水滴が落ちてきて居る。
そして、何も無い。たまに雑草とか水溜りがあるくらいだ。噂の花も無いし、やっぱり嘘だったのか?
その後も2歩、3歩と進んでいく。だが、本当に何も無い。ただの洞窟だ。
その時、少し先に光をみつけた。入り口に戻ってはいない。あそこに何かあるのか?
その光を放って居る場所まで進んでみる。すると、見えてきたのは一輪の花。
「まさか本当にあったとは……」
思わず呟いてしまう。あると思っていなかった。
これは写真に収めなければ。きっと金になる。
そしてその白い花の写真を撮る。そしたら、なにかおかしいと思った。
「なんだ、この違和感。この花、何かがおかしい」
「勘がいいな、人間。お前はあまり生かしておけないやつのようだ」
「は?」
その声がした1秒後、目の前の花が開き、鋭い歯が俺の右足を持っていく。
「あ? ああああああああああ!!!」
バランスが崩れ、その場に倒れる。そして右足の方から来る激痛に思わず叫んでしまう。なんだ、何があった?!
上を向いてみると、花が器用に笑っていた。その歯からは俺の血が滴って居る。まさか……?!
「『sang・Rosse(サン・ロゼ)』と言う名前、そしてたまに見れる透明とは違う雫って言うのは……?!」
「まさか人間達に知られて居るとはな。まあ、お前の想像通りだ」
そうか、なら人が帰ってこなかったと言うのもこいつのせいか……。
「証拠隠滅だ。大人しく死んでくれ」
そして、花が茎を伸ばし、口を大きく開き、近づいてくる。
俺が最期に見たのは、赤い雫だった。