『沈む夕日』
恋愛と言うのは甘く、苦い物だ。
矛盾しているのはわかっている。だけど私はそうだと思う。
好きな人と付き合ったりしてイチャイチャすると言うのも恋愛だし、好きな人から振られて泣いたりするのも恋愛だ。
私は、放課後に近くの河川敷に来ていた。幼少期の頃から来ている思い出の場所だ。お母さんに怒られたり、学校で嫌な事があったりした時は、この河川敷の夕日を見ると気持ちが軽くなったりする。
すでに太陽は落ち始め、周りが橙色に染まっている。
この河川敷は岸から川に行く道の途中に傾斜があり、階段があってそれを最後まで降りる事で平地にいけて、少し歩くと川の近くまで行ける、と言う様なありふれた河川敷だ。
下まで降りれる階段を途中まで降り、手すりの下にある支柱の間をくぐり、傾斜がある芝生に座る。
私は今日、クラスメートの煌驥に振られた。彼にも好きな人がいるらしい。勿論、その人は私じゃ無い。
だから、振られた。とても苦しい。泣きたい。だから、この気持ちを軽くしてくれるかなって。忘れさせてくれるかなって思って、ここに来た。
でも、人生はそう上手くは行かない。簡単にこの想いは消えないし、長い時間が経ったり、この後もずっと、何か私が大きく変わったりする出来事でも無い限り煌驥を想い続けるんだろう。
実らないって、わかってる。もっと話しておけば、仲良くなっておけば、みたいな後悔も沢山出てくる。
今そんな事を考えても、遅い。後悔は『後』から『悔やむ』こと。後を前には出来ないし、私は過去戻り出来るなんて能力も無い。
太陽が、更に沈んで行く。
こんな気持ちも、夕日に溶けてしまえば良いのに。
『星空の下で』
「調子はどう?」
いつもの草原で、小夜はそう話しかけてきた。
「遅いぞ、3分の遅刻だ」
「ごめんて。許して?」
「まあ、許してやる」
「ありがと」
そんな他愛の無い会話をする。なんだこの会話は。
「隣、良い?」
「ああ、勿論だ」
小夜が、座っている僕の隣に座ってくる。
「大学、別れちゃったね」
「ああ、そうだな」
互いに空に浮かんで明るく輝く星を見上げながら言う。
僕は東京に、小夜はこの地元に残るそうだ。
本当は小夜と同じ所が良かった。だが僕には夢がある。
「寂しい、私と別れて?」
「ああ、寂しいな」
「おっと、いつも素直じゃ無いから言ってみたのにまさかの返答。その反撃(カウンター)に私はダメージを受ける」
小夜の顔が赤くなっている。何故だ?
「何を言っているんだ、お前は。ゲームみたいな言葉になっているぞ」
「あはは、まあ気にしないで」
「そうか、なら気にしない事にしよう」
「いやしないんかい」
「ふっ」
「あっははは!」
夜の草原に、僕達の笑い声が響く。ずっと、続くと思っていたのにな……
「……」
「……」
そして、僕達は互いに話さず、沈黙。
さっきの会話で多少空気が軽くなったかと思ったが、そうは行かないようだ。
「ねえ、約束しようよ」
小夜が僕にそう言ってくる。
「約束?どんな約束だ?」
小夜が僕の方を見て、言う。
「内容は簡単だよ。単純に……また会おうねって」
「成程な。その再会の日はいつにするんだ?」
「う〜ん、5年?10年?迷うなぁ」
「そうだな、じゃあ提案だ。7年後、つまり25歳だな。の今日、そしてこの草原にしないか?数字のキリが良いしここは大切な場所だからな」
そう提案をしたのだが、小夜は呆然と僕を見ているようで見ていないような、そんな風になっていた。
「もしかして煌驥……あの約束、、、」
何か言っている?だが聞き取れないな。
「どうした、小夜。何かあったか?」
「う、ううん!なんでも無いよ!良い提案だね!流石煌驥!」
「お褒めに預かり光栄だよ。じゃあ7年後の今日、この草原で良いな?」
「うん、おーけーだよ。ちゃんと来てよ、煌驥?」
「いつも待ち合わせに遅れたりドタキャンしたりするのはお前だろう?ちゃんと来いよ?この約束を破ったら流石の俺でも怒るぞ?」
「大丈夫大丈夫!ちゃんと来るって!任せといて!」
「その言葉、信じよう」
そして、俺たちはその場に立ち、互いの顔を見る。
「じゃあ、またね、煌驥。約束の日を楽しみにしてるよ」
「ああ、またな」
そんな別れの挨拶をした後、小夜が振り返り、歩き始める。
俺はそんな小夜の背中を見ながら考えていた。
「今、言うべきだろうか、この気持ちを」
そう、小声で呟く。家でも、小夜と会話している時も、そして今も、ずっと考えていた。
僕達が小さい頃にした、約束。30歳は長いと思って25歳に親がしたと言う、僕達が結婚すると言う約束。小夜は覚えていないかもしれないけど、俺はそれをずっと守って来た。
「いや、やめておこう。今まで我慢して来たじゃ無いか。25歳になる時、言おう。僕の気持ちと、この約束を。僕は約束は守る人間なんだ」
「何してんのー?早く行こー。どうせ家隣なんだしさー」
「ああ、わかった」
僕は走り、前にいた小夜に追いつく。
あの約束は言わないが、少しだけ釘を刺しておこう。
僕は立ち止まり、少し前に行った小夜に声をかける。
「小夜」
「ん? どーしたの?」
小夜が立ち止まり、少し後ろに居る僕の方を向く。
「約束の日、ちゃんと来いよ。僕はその日に、お前に伝えたい事がある」
「うん、分かった。楽しみにしてる」
そう言って、小夜は笑みを浮かべる。その笑顔に、俺の胸が高鳴る。
また、僕達は歩き出す。
約束の日に言おう、全てを。その時、小夜がどう言う反応をするのか、何を言うのかはわからない。
だが、僕は言う。お前が好きだと。この星空の下で
『ないものねだり』
私には昔から、何も出来ない。
勉強も、運動、他のことも、何もかも。
今まで努力して来た。学校の休み時間は勉強をし、放課後は勉強や運動、友達に遊びに誘われても断って勉強をし、スマホなどを与えられても触らずに自分磨きに費やして来た。客観的に見てもかなり努力したと思う。
でも、実らなかった。予習復習、問題集などをやっても点数はあまり上がらなかった。毎日ランニングを続けたのに、何も変わらなかった。
そのせいで親からも冷たい目で見られている。
どうしてなんだろう。何が駄目なんだろう? 努力が足りない? こんなにしてきたのに? こんなに頑張って来たのにまだ足りないと?
今日は前に受けた期末テストの結果が張り出される。私は441人中50位。
あんなに努力して来たのに50位? 私の上の49人は私以上に努力をしてきたと? この私に勝ると?
「やっぱり1位の煌驥君凄いよね〜」
「本当にね〜。今までずっと一位から落ちた事ないもんね。私達とは格が違うよね〜。いっつも他の男子達と遊んでたり夜も家に居ないで外で遊んでて勉強してないって噂だし。やっぱり才能かな〜?」
そんな会話をする女子達が視界に入る。
ふざけるな。才能? そんな物に私は負けたのか?
何も努力していないくせに。生まれつきに得た力で私の今までの積み重ねてきた努力が負けたのか?
「ねえ、なんかこっち見てない?」
「こわっ! なんであの子睨んで来てるの?」
「し、知らないよ。き、聞いてみる?」
ありえないありえないありえない。そんな事はあってはならない!
「あ、あの〜? なんか顔が怖いよ?」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 失せろ!」
「は、はい! ごめんなさい!」
「な、なにあいつ! きもいんだけど!」
そう言って女子達は去っていく。
欲しい。その才能という物が。私の努力を一瞬で上回るほどの力を持つそれが。
『好きじゃないのに』
季節は秋。夏に比べてかなり寒くなって来た。
私、春夏冬小夜はテキトー学園の生徒副会長をしている。
今は生徒会室でプリントの整理をしている所だ。
そして今、生徒会室には我が校の生徒会長にして幼馴染の白夢煌驥が居る。
短髪の黒髪。185ほどある身長、そしてなんと言っても目つきが悪い。睨まれるとかなり怖い。勉強、運動ともにこの学校トップクラスであり、家柄もかなり良いとか。後半は羨ましい。
だが私は煌驥の事が苦手だ。
「こっちをずっと見つめてどうした。不快だからやめてくれ」
そう、これだ。確かに少し見つめていたかもしれないが流石に冷た過ぎると思う。
「見てたのは謝るけど流石にそこまで言う事は無くない?」
「ふん。」
なんだこいつ。本当になんだこいつ。
だけど、私は煌驥の事が嫌いと言う訳ではない。
さっき苦手と言ったのは嘘では無い。でも私は彼の良い所を沢山知っている。
だけど! だ、け、ど! 私は好きと言うわけでも無い。いつも言葉冷たいし。態度ムカつくし。
たまに家にお邪魔して遊んだり、こうやって2人で生徒会の仕事をしたりする。
他の生徒会役員の子達に「一緒に仕事しないの?」と聞いてみたら「いや、あの甘々な空間に入るのは無理です絶対に」と言われてしまった。
甘々? 何が? あの言葉−273度の男との空間が? 片腹どころか両腹痛い。
「おい」
声がした方向を向く。
「何?なんか用?」
「お前の仕事は終わったのか?」
「まだ。あと1時間くらいかな」
「そうか、なら30分で終わるだろう」
はい? この積み重なった紙を見て言ってます?
そう思っていたのだが、煌驥は私の近くに来ると、積み重なった紙の3分の2ほどを持っていく。
「ちょ、ちょっと待って。別に手伝わなくて良いよ。先に帰ってて。」
「何を言っている? 暗くなった外をお前1人で歩かせろと? 無理な話だ。最近は物騒だしな」
そう、こう言う所だ。普段は冷たいのに急に優しくなる。助けて欲しいと思っていると必ず助けてくれる。思わず顔が熱くなってしまう。
「あ、ありがとう」
「礼はいい。手を動かせ。すぐ終わらせて帰るぞ」
「う、うん」
そう会話をし、黙々と作業をしていく。
30分ほど経ったくらいで2人とも仕事が終わった。
「終わったー! ごめんね、手伝わせて。ありがとう。」
「気にするな。早く帰るぞ。」
「う、うん」
鞄を持ち、昇降口で靴を履き替え、帰路につく。
帰路の途中にあるコンビニの近くまで行くと、煌驥の足が止まった。
「どうしたの? 忘れ物?」
「いや、違う。小夜、コンビニに寄らないか? 肉まんでも食べよう。奢るぞ」
「なになに、急に。怖いよ」
「俺がお前と一緒に食べたいだけだ。嫌か?」
「いや、うん。わかった、寄ろう」
なんて心臓に悪い。今顔が赤くなっている自信がある。
そしてコンビニで肉まんを買い、食べながらまた家への道を歩く。
他愛もない話をしていたら家に着いていた。
「じゃあね、煌驥。おやすみ」
「ああ。体調を崩さないようにな。また明日」
そう会話をし、家に入り、自分の部屋に行く。
ほら、良い所もあるでしょ? 冷たいし、たまに怖いけど、優しいし、他人をよく見て、気遣ってくれる。
言っておくけど本当に好きじゃ無いから。本当に。
「彼女とかいるのかなぁ」
いたらどうしよう。なんか泣きたくなってくる。
「いやいや! 何を考えてるの! 別にどうでも良いじゃん!」
好きじゃない、好きじゃない。
そう思っていても、脳に刷り込もうとしていても、煌驥を目で追ってしまう。考えてしまう。
好きじゃないのに、好きじゃないはずなのに。
『二人ぼっち』
私は今まで愛と言う物を感じた事がない。
親達は私を捨てた。どうせその後に離婚しただろう。
ある人に拾われ、その人も私の事をアルバイトなどをさせるなど奴隷の様に扱い、全然家に帰ってこない。
そいつが病気で死に、そいつの親戚をたらい回しにされたがその親戚達もクソだった。
中3になり、来年は高校生になった時も、まだそいつらと居た。
すぐにでもこの家を出たいと思っていた。でも、出来ない。勇気が出ないから。お金も無いし出た後の家もない。
でも一つだけ、たった一つだけ、光があった。
小学校3年生くらいの時の話だ。
私はその時よく家から出て、近所の公園でぼーっとしていた。
そしてその公園にはある少年がいた。私が実の親達と住んでいた時、その時の家の近所にその少年の家があり、よくその近所の公園で見かけていた。
遊んだ訳じゃ無い。話した事は本当に少ししか無い。
でもその少年は純粋で、優しくて、よく笑い、人を笑顔に出来る人だと感じた。
私には少年が眩しく見えた。。凄くキラキラしていて、手が届かない空にある星の様な、そんな風に。
その少年を、近くで見かけた。
多分見間違いでは無かったと思う。隣に居る友達(だと思う)と笑っている顔を見た時、あの時と同じ光が見えたから。
そして、正直私は疲れていた。実の親に捨てられ、ある人に拾われた後ももこき使われ、そいつの親戚にも嫌がらせをされ続け。
だから私は準備して来た。あの時からずっと、この時の為に。そして、少年を手に入れる為に。
丑三つ時と言われる時刻。ある場所まで行き、そこにある家のドアのインターホンを鳴らす。
そして、昔に比べてかなり暗い雰囲気を纏った少年が出て来た。
『はい。なんですか、こんな時間に。』
少年がこの時間に起きてるのも、一回のリビングにあるソファに座ってアニメ鑑賞をしているのも調べてある。警戒心が薄く、ドアを開けてくれるだろうことも読めている。
私は少年を外に引っ張り出す。
『おわっ』
と少年の声がし、ドアを閉めた後に少年の背中をドアにつける。
『な、なんだよ。誰だよあんた。』
『久しぶりだな、少年。……どうしたんだ、そんなにやつれて。昔より雰囲気も暗いし。全く、お前の親は何をしているんだ。』
『もしかして、、、公園のお姉さん?』
『今の言葉だけで気づくか、普通?』
『面影があっただけです。それで、どうしました? こんな時間に? 何かありましたか?』
『今日はお前に提案があって来たんだ』
そう返答した後、私は少年に言う。
『私と一緒に来ないか、少年? 汚れなんて無い、綺麗な、そして私たち二人の理想が叶えられる場所に行こう。』
『は?』
そう間抜けな声が返って来た。まあ想定の範囲内だ。
『意味がわかりません。急すぎます。それにお金は? 住居は? 私たちの理想が叶えられる場所って? 親達にはどう説明するんです?』
『急で悪かったな、抑えきれなかったんだ。まあ落ち着け。前のニつは問題ない。問題は理想が叶えられる場所、そして親への説明だな。すぐ解決するだろう。まず聞くが、提案を受け入れると仮定して、少年は親に説明をしようと思うか?』
『…………』
ここで黙る事も読めている。想定通り更に畳み掛ける事にしよう。
『毎日喧嘩をし、ストレス発散に少年に暴力を振るう。学校では虐められ、かなり苦しいだろう。』
『…………』
『親は助けない。先生も見て見ぬふり。助けを求められる友達や親戚なんていない。もう嫌になりそうなんじゃないか? 親や学校のやつらと話したく無い、そして会いたく無いんじゃないか? それが今のお前の理想なんじゃないか?』
『…………』
少年は何も言わない。いや、何も言えない。だって真実だから。それが現実だから。
『理想の場所と言うのももうわかっただろう。私と来ないか? こんな腐った世界から逃げよう』
『…………本当にお金や場所は大丈夫なんでしょうね?』
『ああ、勿論だ。全て用意してある。場所はお前も気にいるだろう。』
『…………もしもお金足りないとかなったら許しませんよ?』
『ははっ! 私を舐めるな。一生遊んで暮らせるさ。』
『…………そのお金の集め方も、場所の探し方も、お姉さんが頭が良いって事で一旦無理矢理納得しときます。今準備しますので待っててください。』
『ああ、わかった。』
そう言って少年は家に戻る。準備しに戻るのも読めている。
お金を集めるのなんて簡単だ。誰も居ない場所なんて私にかかればすぐ見つけられる。なければ作れば良い。そこに住人が居るのならそこら辺に埋めれば問題は無い。
全て想定通りだ。少年の親や学校のやつらの行動も私が全て操った。少年を孤立させ、私が希望に見えるようにするのも簡単だ。
5分10秒経ち、ドアが開いて少年が出て来た。
『310秒。やはりな』
『数えてたんですか。それに出てくる時間を知っていたかの様な、、、まあ良いです。行きましょうか。』
『ああ、そうしよう』
そう会話し、歩き出す。二人だけで暮らせる、二人の求める理想の場所へと。