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5/27/2025, 12:52:59 AM

【 君の名前を呼んだ日 】(小説)

「葵姉さん…」
姉さんの名前を初めて呼んだ。
「なんだい?蒔耶(まや)。名前を呼ぶなんて珍しいじゃないか。頼み事かい?」
頼み事なんかじゃない。そんなことよりずっと、もっとずっと大切なこと。あのさ、と言いかけるも、姉さんに遮られる。私の"あ"の口を放ったらかしにして。
「そうだ、私はこれから用事があるんだった。留守番頼むね、蒔耶。」
嘘だ、姉さんに用事なんてない。姉さんは立ち上がると同時に綺麗な水色の髪を耳にかける。いつも誤魔化す時にする動作だ。
「誤魔化さないでよ、姉さん。ボクから逃げないで、向き合ってよ。大切な話、だから。」
姉さんは諦めたのか、もう一度椅子に腰掛ける。それを言ったら全て終わりだと言わんばかりの鋭い目で、ボクを睨む。
「ボク、姉さんが好きなんだ」
姉さんはさっきの表情とは打って変わり、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。しかし、すぐにニコッと微笑んだ。
「なんの冗談だい?私と蒔耶は女同士、ましてや姉妹だよ?思春期の気の迷いさ、すぐ学校で好きな男の子が出来るよ。」
「姉さんが本当の姉じゃないことなんて、とっくに知ってたよ。ねぇ、葵さん。」
そう告げると、葵さんはまた険しい表情に逆戻りした。
「なあんだ、さっきの心配は杞憂じゃなかったみたいだね。記憶、戻ってよかったね。蒔耶さん。貴方が私に好意を抱いている事、今まで見て見ぬふりをしてすまなかったね。」
私は葵さんに気づかれていることも知っていた。なのに逃げる葵さんが嫌だった。振り向いて欲しいまでは望まない、ただ、向き合って欲しかっただけ。

「本当のことを話してよ、葵さん」

5/7/2025, 9:25:28 AM

【 ラブソング 】(小説)

君に向けて書いたラブソングももう、きっと意味が無い。
付き合ってはいけない3B、俺はそう言われるだけあるなと自負している。残念ながら、彼女がいなくなってから気づいたことなのだけれど。アラサーになってまでバンドをやって飯を食っていくのがギリギリなんて、彼女が離れて行くことも当たり前のことだ。ましてや、売れない癖に自分の恋愛を曲に反映させる痛いヤツ。きっと俺は恋愛に向いていない。最初は夢の為にやっていた音楽も、全て彼女が好きと言ってくれているからに変わっていた。のめり込みすぎるのだ。彼女がいない今、このラブソングどころか、バンドすらやってる意味をもう感じない。メンバーの士気も下がっていることだし、そろそろ潮時だと皆が思っていた。いや、きっと潮時なんてもうとっくに通り過ぎていたのだ。突然全てが嫌になり、昼寝でもすることにした。しかし、毛布をめくるとパサリと何かが落ちてきた。便箋だ。こんなことをするのは彼女しかいない。今どき手紙かよ、と笑いと共に涙が零れた。その内容が感謝であれ、恨みであれ、耐えられる気がしなかったからだ。恐る恐る手紙を広げると、彼女の可愛い文字が並んでいた。

今までありがとう。LINEもすぐブロックするつもりだったから、手紙で書きました。単刀直入に言うと、貴方の今やってる音楽はとてもつまらないです。貴方が書くラブソングはとても幼稚で、作曲のメンバーさんが可哀想になる程でした。でも、私が最初に聞いた〈1個前の元カノと別れた直後〉の歌詞はとても感情が乗っていたし、曲も立っていました。貴方はきっと、私がいたらダメなのだと本気で思いました。貴方の1ファンとして、そして貴方を愛している1人として、自分が夢である音楽の邪魔になっていることは苦痛で耐え難いことでした。また1度でいいから、貴方が本気でやりたい音楽を聞かせて下さい。

彼女の手紙には、メンバーの士気が下がっている理由も、俺が売れない理由もすべて載っていた。全て分かっていたのだ。それを別れずに話し合ったとして、俺は何も変わらないことも。失恋ソングを書こうとペンを手に取るが、何も書く気が湧いてこない。売れたら戻ってきてくれるだろうか、と彼女が絶対に嫌がるである思考が頭を巡る。失恋ソングを書くのはやめた。俺が夢を取り戻す為の曲を書くことにした。彼女のことは歌詞にほんのり入れるつもりだ。彼女のおかげで俺はまた、スタートラインに立つことが出来たから。きっと、彼女バカな俺は立ち直るのに時間がかかるだろうけど、いい曲が出来るならその方がいい。

曲のサンプルをバンドメンバーに送り付ける。こんなバカな俺だけど、また一緒に夢を目指して下さい。と一文を添えて。

9/18/2024, 6:02:23 PM

【夜景】(小説)


貴方と見た、この街の夜景。仕事が終わった後に二人で、欠けた月を見ながら色んな事を話した。街での出来事や仕事であった事とか。私ばかり話していた気もするけれど。今は同じ街の同じ場所で、同じ夜景を見ている。以前と違う点と言えば、月が満ちている事と彼女がいない事くらいだ。彼女がいれば月なんてどうでもよかった。一人で見る綺麗な満月は、私にとって痛いくらい皮肉に感じた。
「私はこの街の剣士なので、もちろん街を守らなければなりません。それでも、貴方のことも守ってみせます。」
こんなに自信ありげに言ったにも関わらず、約束を果たすことは出来なかった。この時、彼女は頼もしいですねと笑った。あの笑顔を、私は守れなかったのだ。

彼女が失踪したのはつい最近のことだ。事件に巻き込まれ、ほぼ助かっていないだろうとされている。私は彼女のことをまだ何も知らない。夜空を見上げながら数週間前の事を思い出す。彼女が五体満足で帰ってくることを願って、流れ星の到来を待つ。それまで早口の練習でもしておこうか。

9/16/2024, 1:04:08 PM

【空が泣く】(小説)


見て、あの子の制服ズボンだよ!かっこよくない?
教室からそんな声が聞こえてくる。中性的な顔だとはよく言われるが、俺は女性ではない。新学期の初日、全員が友達作りに励む中、長編恋愛小説を一人読んでいた。
「何読んでるの?かっこいいから話しかけちゃった、いきなりごめんね!」
見るからにギャル、という風貌の人に話しかけられた。俺が苦手な人種だ。
「ミステリー小説です。」
どうせ揶揄われると分かっていたので、咄嗟に嘘を吐いた。
「そうなんだ。やっぱりかっこいいね!名前聞いてもいい?」
「立川ソラです。」
この会話を早く終わらせたかった為、それじゃあと言い厠へ向かった。時間はあっという間に過ぎ、ホームルームがちょうど間に合う時刻に着席した。
---
ホームルームが終わり、野球児らしき坊主の男に話しかけられる。
「お前さ、男だろ。男子トイレに入るの見たぞ」
「何?別に隠してないけど。皆が勝手に女子だって思ってただけでしょ」
"男なのに長髪?"、"気持ち悪い"、"かっこいいと思ったのに"、そんな言葉がそこかしこから聞こえてくる。そう言われるのは分かっていた。中学の時みたいに途中で裏切られるのは嫌だったから、最初から人と距離を取った。何故此方から関わりもしていないのに、こんなこと言われなければならないのだ。何故女子がズボンだったらかっこよくて、男子が長髪だったら気持ち悪いのだろうか。女になりたい訳でも、男が好きな訳でもないのに。坊主男の腕を振り払い、早歩きで帰路についた。大量の雨が降っていた。この顔の雫を隠すにはちょうど良いと思い、そのまま走り出した。身体の疲れか、はたまた精神の疲れか、数分後には座り込んでしまった。すると自分の周りだけ雨がやんだ。
「空とソラ、泣くのはどっちかにしてよね!」
ややこしいんだから、と笑うギャル。何故俺を追いかけて来たのだろう。今はそんなことを聞く気力もなかった。
「男子が髪長くたっていいじゃんね。すごく綺麗で似合ってるよ。」
俺は数秒黙り込んだ。批判でも、理屈っぽい言葉でもない、純粋な褒め言葉を貰ったのは初めてで返す言葉を知らなかった。
「男が好きな訳でも、女になりたい訳でもないのにどうして笑われるの」
少し経ってから涙声でそう零した。この台詞がどんなに最低で、自分が誰かを下げることでしか自分を保てない低俗な人間であるかはすぐに理解した。
「そう思う?私は女の子が好きだよ!」
謝っても謝りきれない事をしてしまった。俺は言い訳でしかない謝罪を始めた。
「ごめん。本当はそんなこと思ってない。俺は自分を肯定したくて、他人と比べる最低な人間なんだ。」
「そうだと思った!ソラ口下手そうだし、本当は人の痛みを理解してる優しい子だってすぐ分かったよ」
全然最低なんかじゃないよ、という彼女に母親かよと言って立ち上がる。彼女は傘で家まで送ってくれた。既に全身ずぶ濡れだけれど。
「明日!あいつらにガツンと言って分からせようね!」
そう言って彼女は帰っていく。優しくて、かっこよくて、自分を持っている彼女に強く憧れた。照れくさくて言えずじまいだった感謝の言葉は、明日の自分に任せよう。

8/29/2024, 3:49:12 PM

【言葉はいらない、ただ…】(小説)


言葉にしなくたって君が考えることは分かる。ずっとそう思っていた。残念ながらそれは事実ではなく、君を理解してると私が思い込んでいただけだった。けれど、君は私が考えていることを全て言い当ててみせた。12年間も一緒にいて、私は君を理解しているつもりで理想の友達というエゴを押し付けていたのだ。本当は違うとハッキリ言ってくれない君の悪い癖と、謝罪より先に言い訳が出てきてしまう私の悪い癖はずっとあの頃から変わらない。そう言い聞かせないと私たちの本当の思い出がなかったような気がしてしまうから。楽しかった思い出じゃなくていい、喧嘩したことだって私にとっては君との大切な時間だったから。

謝るのが遅くなったこと、理想を押し付けてしまったこと、本当に申し訳なかった。けれど、私はただ君と色んな所に行ってたくさん思い出をつくりたかっただけだった。病気にも屈しない、常に笑顔の女の子だって決めつけていた。言葉にしなくても分かり合えていると勝手に思って君を傷つけてしまった。君が本当は結構参っていて、病気の事を忘れるくらいにいつも通り振舞って欲しかったことも全て日記で知ったくらい、私は君のなにも知らなかった。

口下手な私には君くらいしか仲の良い人はいなかったけれど、君にはたくさん友達がいたようだから良い理解者がいることを願う。女らしくない私と仲良くしてくれた事に、とても感謝している。
もう私のことは嫌いになってしまっただろうから、この手紙を読むことはないのだろう。君に宛てたはずなのに、本来君に言うべきではないことまで書いてしまったかもしれない。もし読んでいたら、心を整理する為の私の最後のわがままだと思って許して欲しい。


私より

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