【 君の名前を呼んだ日 】(小説)
「葵姉さん…」
姉さんの名前を初めて呼んだ。
「なんだい?蒔耶(まや)。名前を呼ぶなんて珍しいじゃないか。頼み事かい?」
頼み事なんかじゃない。そんなことよりずっと、もっとずっと大切なこと。あのさ、と言いかけるも、姉さんに遮られる。私の"あ"の口を放ったらかしにして。
「そうだ、私はこれから用事があるんだった。留守番頼むね、蒔耶。」
嘘だ、姉さんに用事なんてない。姉さんは立ち上がると同時に綺麗な水色の髪を耳にかける。いつも誤魔化す時にする動作だ。
「誤魔化さないでよ、姉さん。ボクから逃げないで、向き合ってよ。大切な話、だから。」
姉さんは諦めたのか、もう一度椅子に腰掛ける。それを言ったら全て終わりだと言わんばかりの鋭い目で、ボクを睨む。
「ボク、姉さんが好きなんだ」
姉さんはさっきの表情とは打って変わり、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。しかし、すぐにニコッと微笑んだ。
「なんの冗談だい?私と蒔耶は女同士、ましてや姉妹だよ?思春期の気の迷いさ、すぐ学校で好きな男の子が出来るよ。」
「姉さんが本当の姉じゃないことなんて、とっくに知ってたよ。ねぇ、葵さん。」
そう告げると、葵さんはまた険しい表情に逆戻りした。
「なあんだ、さっきの心配は杞憂じゃなかったみたいだね。記憶、戻ってよかったね。蒔耶さん。貴方が私に好意を抱いている事、今まで見て見ぬふりをしてすまなかったね。」
私は葵さんに気づかれていることも知っていた。なのに逃げる葵さんが嫌だった。振り向いて欲しいまでは望まない、ただ、向き合って欲しかっただけ。
「本当のことを話してよ、葵さん」
5/27/2025, 12:52:59 AM