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【空が泣く】(小説)


見て、あの子の制服ズボンだよ!かっこよくない?
教室からそんな声が聞こえてくる。中性的な顔だとはよく言われるが、俺は女性ではない。新学期の初日、全員が友達作りに励む中、長編恋愛小説を一人読んでいた。
「何読んでるの?かっこいいから話しかけちゃった、いきなりごめんね!」
見るからにギャル、という風貌の人に話しかけられた。俺が苦手な人種だ。
「ミステリー小説です。」
どうせ揶揄われると分かっていたので、咄嗟に嘘を吐いた。
「そうなんだ。やっぱりかっこいいね!名前聞いてもいい?」
「立川ソラです。」
この会話を早く終わらせたかった為、それじゃあと言い厠へ向かった。時間はあっという間に過ぎ、ホームルームがちょうど間に合う時刻に着席した。
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ホームルームが終わり、野球児らしき坊主の男に話しかけられる。
「お前さ、男だろ。男子トイレに入るの見たぞ」
「何?別に隠してないけど。皆が勝手に女子だって思ってただけでしょ」
"男なのに長髪?"、"気持ち悪い"、"かっこいいと思ったのに"、そんな言葉がそこかしこから聞こえてくる。そう言われるのは分かっていた。中学の時みたいに途中で裏切られるのは嫌だったから、最初から人と距離を取った。何故此方から関わりもしていないのに、こんなこと言われなければならないのだ。何故女子がズボンだったらかっこよくて、男子が長髪だったら気持ち悪いのだろうか。女になりたい訳でも、男が好きな訳でもないのに。坊主男の腕を振り払い、早歩きで帰路についた。大量の雨が降っていた。この顔の雫を隠すにはちょうど良いと思い、そのまま走り出した。身体の疲れか、はたまた精神の疲れか、数分後には座り込んでしまった。すると自分の周りだけ雨がやんだ。
「空とソラ、泣くのはどっちかにしてよね!」
ややこしいんだから、と笑うギャル。何故俺を追いかけて来たのだろう。今はそんなことを聞く気力もなかった。
「男子が髪長くたっていいじゃんね。すごく綺麗で似合ってるよ。」
俺は数秒黙り込んだ。批判でも、理屈っぽい言葉でもない、純粋な褒め言葉を貰ったのは初めてで返す言葉を知らなかった。
「男が好きな訳でも、女になりたい訳でもないのにどうして笑われるの」
少し経ってから涙声でそう零した。この台詞がどんなに最低で、自分が誰かを下げることでしか自分を保てない低俗な人間であるかはすぐに理解した。
「そう思う?私は女の子が好きだよ!」
謝っても謝りきれない事をしてしまった。俺は言い訳でしかない謝罪を始めた。
「ごめん。本当はそんなこと思ってない。俺は自分を肯定したくて、他人と比べる最低な人間なんだ。」
「そうだと思った!ソラ口下手そうだし、本当は人の痛みを理解してる優しい子だってすぐ分かったよ」
全然最低なんかじゃないよ、という彼女に母親かよと言って立ち上がる。彼女は傘で家まで送ってくれた。既に全身ずぶ濡れだけれど。
「明日!あいつらにガツンと言って分からせようね!」
そう言って彼女は帰っていく。優しくて、かっこよくて、自分を持っている彼女に強く憧れた。照れくさくて言えずじまいだった感謝の言葉は、明日の自分に任せよう。

9/16/2024, 1:04:08 PM