(雨と君)(二次創作)
伝票の整理に勤しんでいたロイドの耳に届くのは、途切れない雨音だけだ。そよ風タウンの人々は、傘を持つのを良しとしない。天候に関わらず強い風の吹く日が多いこの街で、傘は大して役に立たないからだ。よって、雨や雪の日は、往来を行き来する人の量も減る。誰かが訪ねてくる可能性が限りなく下がるため、溜まっていた仕事に向き合うのに持ってこいの一日なのだ。
(こんな日に外を出回るのはあいつぐらいだ)
雨が降ろうが槍が降ろうが仕事は待ってくれない――人生の中にはそんな日もあるだろう。尤も人生において毎回雨の日に出歩く稀有な存在もいて、それこそが牧場主ハルカだ。体が濡れるのも気にせず、ぴょんぴょんとその辺を跳びまわっている。ほら、今日もまた――窓の外に彼女の姿を認めたロイドは、予想通りのタイミングに吹き出した、のだが。
(動いてない?)
次の瞬間、取るものも取り敢えず、ロイドは外に飛び出していた。当然、旅人の服はぐっしょりと水を吸い重くなるが、足取りを鈍らせる程ではない。果たしてハルカは、土の一点を見つめて立ち尽くしていた。
「ハルカ!」
「えっ、ロイド?」
「雨の中走り回るのもどうかと思うが、何で今日はまた突っ立ってんだ。忙しくないなら家に戻れと――」
ハルカがぐい、とロイドの腕を引っ張る。強引に自身の隣に並ばせてから、一点を指した。先ほどから彼女が見つめている先、そこには。
「ピンクダイヤモンド?」
「さっすが鉱石流光の主、石には詳しいじゃん」
何でも、この周辺の土地ではたまに土が盛り上がっていることがあり、鍬を入れると色々な物が出土するらしい。その殆どは石かメダルの類だが、時折宝石類が出てくることもある。そして今日は、最も高価と言われるピンクダイヤモンドを見つけ、思わず足を止めたのだとか。
「だって、雨の日にこんな綺麗なものが見つかったんだよ?嬉しくない?」
「お前が熱を出さないか心配が勝つ」
「ごめんなさい……」
しゅんと項垂れる牧場主だが、きっとまたやるだろうなとロイドは踏んでいた。
(信号)(二次創作)
「うわっ、モノホン!?」
仕事帰りのチリは、信号待ちで人混みに紛れるひときわ見慣れた人影を見つけた。先端にモンスターボール型タッセルが付いた氷色のマフラーで隠れた口元に、すっと伸びた立ち姿。間違えるはずがない。
「グルーシャやんか!」
声を上げるなり、チリは待ちきれずに駆け寄ってしまった。ちょうど青信号が点滅し始めたタイミングで、無謀にも見えるタイミングに群衆が振り返る中、本人はというと少し眉をひそめてこちらを見ていた。
「……危ないから信号は守って」
「ええねん、ギリオッケーやったし」
「見てる方はヒヤヒヤするんだよ」
むっとした顔でそう言いながらも、グルーシャは歩道の端に寄ってチリを迎える。パルデア四天王と最強のジムリーダーの組み合わせに、先程とは異なる色の視線が刺さるが、その程度でチリの勢いは鈍らない。
「てか、なんでこんなとこに?誰かと待ち合わせ?あ、まさかデート?チリちゃんというものがありながら!」
「ただの買い物」
「ほんなら一緒に寄ってこ。アイスとか食べてこ?」
「……夕飯前に冷たいもの?」
「氷のジムリーダーが何寝ぼけたこと言うとるん」
人混みの中でも声が大きいチリに、周囲の視線が集まる。グルーシャは観念したように肩を竦め、チリの手を取る。
「取り敢えず行こうか」
「アイス食べる気になった?」
「ここにずっといたらメディアにあることないことすっぱ抜かれるでしょ」
「なんなら先手打ってツーショット写真でも撮っとこうか?」
チリはワルそうな顔をしながらグルーシャに手を引かれている。背の高い彼女はどうしても耳目を集めるが、慣れているため歯牙にも掛けない。普段は人のあまり来ないナッペ山で過ごすグルーシャから見ればやや迷惑なのだが、なんだかんだ楽しそうなチリに釣られたのか、その口角は少し上がっていた。
(言い出せなかった「」)(二次創作)
夏の陽が落ちかけた頃、医院の窓を開けると風が入った。遠くで牛の鳴き声がして、フォードは手にしていたカルテを閉じる。今日もまた、牧場主ナナミは怪我をしてやって来た。手のひらに小さな擦り傷、ついでに草で切った頬まで。
「いつもごめんねー」
ナナミは明るく言っているが、行動を改めるつもりは無さそうだ。フォードの見立てでは、あと少しだけ慎重になってくれれば彼女の怪我はぐんと減るはずなのだ。
「…………」
机の端には、昼にナナミが差し入れてくれたサンドイッチの包み紙が残っている。自分の牧場で採れたトマトと、自慢の鶏が産んだ卵の入ったエッグサンドだ。彼女は人に与えることを当たり前のようにしているが、貰った側はどうしたって心を動かされてしまう。対象はフォードだけではないのに。
視線を窓の外に移すと、道の向こうからナナミが荷車を押して歩いてくるのが見えた。すでに日は傾き、橙色の光が彼女の髪を照らしている。
「またか……」
そばに観光客らしき老婆がいるから、手助けを申し出たのだろう。荷物ははたから見ても重そうで、ナナミの足取りも重い。
足は勝手に動いていた。つかつかと近寄り、声を掛けていた。
「また君は無理をしてるのか」
「先生?やだなぁ、大丈夫だってば。牧場主は力自慢なんだよ?」
結局、ポスティーノまで老婆と荷物を届け、ナナミと二人帰路に就く。ナナミはにこにこしながら歩いており、その横顔から目を離し難い自分がいた。
(好き、なのだろう)
フォードは自嘲する。そもそも患者の一人に過ぎないし、仮に恋愛感情を抱くにしろ彼女は若過ぎる。更に、今まで恋らしい恋をしてこなかった自分が、と呆れる気持ちもある。
「ナナミ、私は君が……」
「どうしたの、せんせ?」
「いや、何でもない」
それでももし素直になれれば、また違ったのかもしれないと思いながら、フォードは言えなかった言葉を一人呑み込んだ。
(ああ、私らしくもない)
(secret love)(二次創作)
グルーシャと両想いになり、男女交際を始めたチリだが、早々にオモダカにバレてしまった。
片やパルデア唯一の専業ジムリーダー、片やパルデアリーグ四天王が一人。公私混同はもちろん、オフの時間でも人前で堂々といちゃつくつもりはない。身の回り品をお揃いにしたわけでもなく、グルーシャは相変わらず最低限しかリーグ本部には顔を出さず、一体どこからオモダカの知るところとなったのか。
「一応言うとくけど、うち、誰にもグルーシャんこと話してないからな」
「僕だって。いちいち言うことでもないし」
さしずめ「秘密の恋」ですねと少し嬉しそうなのはオモダカだけだ。そもそも今日だって、急に二人揃って呼び出しを喰らい、さて何があるのだろうと内心ヒヤヒヤしていたのだ。蓋を開ければまさかの展開。もう帰っていいだろうかと上司の顔色を伺うチリだが、オモダカは背後に向かって手を叩く。
「秘密の恋であれば、私もしているのです」
出てきたのはアオキだった。
「……恋?」
「偽装結婚やなくて?」
アオキは変わらず疲れ切った表情で、とても両想いには見えない。オモダカの声がやや上ずっているので、オモダカが彼を好いているのは確かだろうが、どうも主従の延長線上に見えてしまう。
結局、それぞれの関係性は時期を見て公表しましょうという話になった。オモダカのことだ、普通に公表させてくれる気がしないが、取り敢えず話はそれで終わりとなった。
オモダカの執務室を辞して、廊下を歩きながら、グルーシャがぽつんと呟く。
「なんか……無駄に疲れた」
「あー、判る気がするわ」
「アンタよくあんな人の下で働けるね。……いや、すごい人だとは思うけど」
「そんなん言うたら、大将を恋人にしてるアオキさんもアオキさんやわ」
まだ業務は残っているが、チリは早退することにした。いずれも明日に回して良いものばかりだし、上司公認となった恋人と甘い時間を過ごしてもバチは当たるまい。
(ページをめくる)(二次創作)
まだ明るい部屋の中、ページをめくる音がする。それまで眠りの世界にいたオワパーは、覚醒する前の微睡みの中で、幸せな気持ちになった。アヤタユ王宮の離れ、王姉オワパーの私室には、王その人でさえ勝手に入ることはない。禁を破り、扉も窓も通らず直接この部屋に姿を現す人なんて、オワパーは一人しか知らなかった。
「起こしてしまいましたか」
水のエナジストーーアレクスの柔らかい声がする。
このまま寝たふりを続けて、この部屋に誰かがいる気配だけ楽しみたいところだが、目覚めが知られている以上無理な相談で、渋々ながら、オワパーは目を開けた。神出鬼没のこの男は、どうやら昨日オワパーが王宮の図書室から持ち出した本を読んでいたようだ。古くから親しまれる花とそれにまつわる神話や伝説がまとめられた本だが、体調を崩していたためまだ少しも読んでいなかった。
やや熱が残っているように感じる。
そう素直に申告すると、アレクスがプライのエナジーを掛けてくれた。瞬間、すっと熱が引き、体の動きもだいぶ楽になる。彼曰く、治っても養生しなければまた再発するとのことだが、体を起こせるようになったのは嬉しい。アレクスは再び本に目を落としている。何が彼の興味を惹いたのだろうか。おおよそ花など好むようには見受けられないのに、などと考える。すると、アレクスが小さく吹き出した。
「積極的に好む程ではないにしろ、きれいなものは嫌いではないのですよ」
それに、とオワパーの髪を取る。
「手慰みに、あなたにお話しすることもできる――物語を知っていて損はありませんよ」
「あくまで損得の話なのね」
「おや人聞きの悪い」
大仰に肩をすくめるアレクスが何だかにくらしくて、オワパーはさっと本を取り上げた。目次を見る限りだと、最近離れの庭に植えたアリッサムについての物語も載っているよう。アリッサムの花言葉を教えてくれたのもアレクスだったと思い出し、オワパーの心は弾んだ。