(夏の忘れ物を探しに)(二次創作)
秋の月7日、誰もいないミネラルビーチの海の家に、カイの姿があった。
(自分で言うのもナンだが、落ち着かないな……)
本来、夏が終われば別の街に移動している。実際今年も既に新しい街に移動済みだ。荷解きをしている最中に、とんでもない忘れ物に気付き、こうして一人舞い戻ってきた。当然だが、ミネラルタウンの住民には特に話していない。定期船の船長に頼み込み、他の街に行く便の途中で強引に寄ってもらっただけで、夕方には迎えだって来る予定だ。
だから、急に海の家の扉が開いて、誰かが来るなんて夢にも思わなかった。
「開いてる……えっ、カイ?」
「……よお」
招かれざる客は、グレイだった。
何でも、朝一番にホアンに呼び出され、発注を受けた帰りらしかった。何となく、海の家に誰かいるような気配がして、まさかなと思いつつドアを押してみたらしい。カイは己の迂闊さを恨む。鍵を掛けていれば、グレイに見つかることは無かったのに、油断していた。
「まあ、なんだ、その……夕方にはもう帰るからよ。連絡はしなかったんだ。誰にも」
「そうか」
グレイは素っ気ない返事を寄越すが、その割には動こうとしない。
「あー……夏の忘れ物を探しに?来た」
「そうか」
わざと茶目っ気たっぷりに理由を教えたのに、やはり反応は変わらない。
とはいえ、グレイはいつもこうだ。別に悪気はなく、ただ自分からあまり喋らないタイプというだけだ。一方カイは、グレイに他意がないのは判っていても、妙な居づらさを感じる。かといって追い払うことも出来ず、カイは持ってきた荷物からいくつかの食材を取り出した。
「夕方までヒマだし、ピザの研究するんだ。……食べていくか?」
「ああ」
グレイはすたすたと歩いてカウンターの席に座る。少し気まずいが、グレイが追及してこないのは助かる。何せ、カイの忘れ物とは青い羽根なのだ。牧場主クレアに渡そうとした矢先、グレイが彼女に渡しているのを見た。こうして出番の無くなった青い羽根だが、無人の店舗に放置しておくのも嫌で、今日に至るのだった。
(ふたり)(二次創作)
それまで、カゲツはこの山の小さな社で一人で暮らしていた。役目を賜り、故郷を離れて随分経つが、一年を通して正常な空気と水に満たされたこの空間は嫌いではない。むしろ役目のためには邪魔の入らない空間で良かった。
そんな折、彼が――牧場主アキトが迷い込んできたのだ。
(不思議な人だ、と思う)
この地から離れない自分と話しても何の益にもならないだろうに、彼は毎日のようにカゲツの元を訪れる。一言二言会話をして、決まって彼が見つけたハーブや花を贈られ、短い逢瀬が重なっていく。牧場主という生業に興味を持って、彼の作る料理を振舞ってもらったこともあった。そして、一度、彼の誘いに乗り散歩に出掛けたのをきっかけに、カゲツは彼がいなくても外に出るようになったのだ。
(ここには、穏やかな時間が流れている――街も、人も)
カゲツが街に足を運ぶようになったのは夏の月だったが、日差し降り注ぐ昼間でさえ、時折吹き付ける涼やかな風のお陰で過ごしやすい。むしろ、普段いる社の方が、湿度が高く不快感があった。刺激の少ない地で暮らし慣れた自分には、外の世界はもっと眩しく刺激的で、疲労を誘うものだと思っていたのに、これには拍子抜けだった。そればかりか、一人であちこち歩けるようになると、ふ、と、得も言われぬ寂しさがこみ上げることすらある。
(これは、一体どういうことだろうか)
寂寥なら、一人で社に篭っている時の方が強いはず。この街の人たちは、皆、カゲツを見かけると声を掛けてくれる。カゲツも、自分から挨拶をしたりする。その甲斐あってか顔見知りも随分増えたのに、どうも物足りない感覚が残る。
理由が判ったのはしばらく経ってから。
「カゲツ!」
遥か前の方から、元気のよいアキトの声がした。かと思えば、次の瞬間には走り寄ってきて、カゲツの前で改めてぶんぶんと手を振る。
「お散歩?山以外でカゲツに会えるなんて、嬉しいな!」
瞬間、気付いたのだ。社であれ街であれ、ただ彼とふたりであるからこそ、満たされていたのだ、と。
(心の中の風景は)(二次創作)
そよ風タウンに惚れ込んで、この街で暮らすことになった。
アギは、駆け出しの芸術家である。フェリックスの好意で家を用立ててもらい、日がな制作をして過ごしている。バザールの中央に設置されたフェリックスの像は、他ならぬアギの作品だ。彫刻なんて素人同然だったのに、出来上がったものを町長は快く受け取ってくれた。その後、あんな目立つ場所に設置されたのはアギの予想の範疇を超えていたが……。
冬も終わりが見え、風に優しい温かさが混ざり始めた。
今日のアギは、街の西側の丘に来ていた。坂を上り切り、その先にある放棄された牧場跡に足を踏み入れる。畑も土地も荒れているし、風車も壊れて日が経つが、家だけは手入れがされていた。アギは、家の前を通り過ぎ、丘の上に進む。
「……」
アギは、この牧場が賑やかだった頃を知らない。立派な牧場主がいて、その人のおかげでバザールは今より大盛況だったと聞く。ただ、すっと目を閉じると、牛や羊がのんびりと草を食み、鶏たちが虫をつつき、風に鈴なりのトマトが揺れる様子がありありと広がるのだ。今でこそ誰もいないが、この地はきっとまだ命の息吹を残している。
と、背後から声が掛かる。
「来ていたんですね」
「シェルファ」
町長の娘で、時折こうして牧場の家の手入れに来る。そんなシェルファは、アギにある知らせをもたらした。
「知っていますか、春になったら新しい牧場主の方が来るんです」
「へえ!」
町長が、あちこちの街や国に牧場主募集のチラシを張っているのは知っていた。成り手がなかなか現れず、もどかしい思いをしていたのだが、それも終わりを告げる。何より、春からというのがいい。春は始まりの季節だ。きっとそう遠くないうちに、アギの心の中の風景は実現することだろう。
「どんな人なんでしょう。ボク、楽しみです」
「私もまだ、名前も聞いてないんですよ」
アギとシェルファは空を見上げた。いつの間にか雪雲は薄くなっており、冬の時代の終わりを告げているかのようだった。
(夏草)(二次創作)
「また生えてるなぁ」
牧場主アキトは空を見上げて愚痴を零した。
放棄されていたこの牧場は、以前は牧場主がいてかなりの賑わいを見せていただけあり、たいへん肥沃な大地の上にあった。ひとたび土を耕し種を蒔けば、あとは水を欠かさないだけで作物が実るのだ、その豊かな恵みは今も健在である。裏を返せば、畑以外、作物以外についても簡単に育つわけで、ちょっと手を入れないとすぐに草が生えてくる。
季節な夏。
春の始めにシェルファから貰い受けた鎌は、随分手に馴染んでいる。赤い風車の力を借りて改良したので、使い勝手もよくなっている。だというのに、家の前や風車の近くには茫々たる草、草、草。
「カリーナさんの話だと、あちらの……オリーブタウン、だったっけ……牧場主は、草から糸を作って布を編むとか言ってたけど……」
名も知らぬ牧場主に想いを馳せる。そよ風タウンでの草の使い道なんて、せいぜいが赤い風車で肥料に加工するぐらいだ。肥料なんて幾つあっても困らないからいいのだが、だとしても毎日の草刈りにはうんざりだ。
(カカポロにお裾分けするのも、流石になぁ)
山の恵みなら何でも喜んで受け取ってくれるコロボックルの顔が思い浮かぶ。自分が持て余している物を押し付けるのは躊躇われた。もっと、花とか木の実、ハーブならまだしも。
「牛たちも食べないしなあ」
アキトの暮らしを支える家畜たちは、小高い丘に広がる牧草地の草は食べるけれど、それ以外の草は食べない。ああ見えてグルメなのである。結局、夏草の使い道が思い浮かばないままに時間だけが過ぎていく。
「夏草や 兵どもが 夢の……なんたら」
遠い異国の偉人が呟いた詩を諳んじながら、アキトは一人で鎌を構える。放っておいても増えるばかりの草たちに、今は真正面から向き合うしかないのだ。
「肥料にはなる、し!」
ジャンプして、ぐるんぐるんと振り回すと、面白いように雑草たちが刈り取られていった。
(ここにある)(二次創作)
必要なものはすべてここにある。牧場主エイジはリュックを開くと中身の検認を始めた。荒れ地に生え放題の木を伐採するための斧。同じく大小様々なサイズで鎮座している岩や石を砕くためのハンマー。そして足の踏み場もないほど生え揃った草を一掃するカマ。それらを駆使して大地を均した後は、クワを振るって畑を拵えよう。厚意で貰ったカブの種を蒔いて、じょうろで水をやれば、それで最低限のルーチンワークは終わり。あとは広すぎる敷地を冒険してもいいし、出荷できそうな野草や花を集めてもいい。
「………………」
一時間後、エイジは街のブランコに腰かけて身体を揺らしていた。
かつて祖父が拓いた地だ。全くのゼロから開拓するのとは違う。畜産はともかく、農作業ならまだ、家庭菜園が趣味だった自分にはそう難しくないと踏んでいた。だがいざ予想より荒れた敷地を前に、エイジはただ立ち尽くすことしかできなかった。必要なものはすべてここにあるというのに。
判っている。
判っているのだ。今日先延ばしにしたって、明日はやってくる。牧場主として鳴り物入りでオリーブタウンに来た身だ、農作業からは逃げられない。それでも、エイジはブランコで揺れていた。何故かやる気がおきない。何人か通り過ぎた住民が奇異の目でこちらを見た気がする。笑うがいい、町長の期待を一身に浴びた新星は、ちょっと想定と異なるだけで出鼻を挫かれた馬鹿な男なのだ――。
「やあ、きみがエイジ君だね」
「!!」
「自己紹介がまだだったかな。俺はクレメンス、そこの先で道具屋をしてるんだけど」
エイジは慌ててブランコから飛び降りる。道具屋らしい作業服姿でありながら、雪のように白い肌と陽光煌めく金の髪に、しばし目を奪われる。見るからに男だというのに、お伽話や神話の登場人物のように、嫋やかで、儚く、尊く、エイジの両の目には映るのだ。
「きれいなひと……」
「そうかな?ありがとう」
クレメンスははにかんでいるが、エイジにとってこれは、ちょっとした一目惚れだった。