(ここにある)(二次創作)
必要なものはすべてここにある。牧場主エイジはリュックを開くと中身の検認を始めた。荒れ地に生え放題の木を伐採するための斧。同じく大小様々なサイズで鎮座している岩や石を砕くためのハンマー。そして足の踏み場もないほど生え揃った草を一掃するカマ。それらを駆使して大地を均した後は、クワを振るって畑を拵えよう。厚意で貰ったカブの種を蒔いて、じょうろで水をやれば、それで最低限のルーチンワークは終わり。あとは広すぎる敷地を冒険してもいいし、出荷できそうな野草や花を集めてもいい。
「………………」
一時間後、エイジは街のブランコに腰かけて身体を揺らしていた。
かつて祖父が拓いた地だ。全くのゼロから開拓するのとは違う。畜産はともかく、農作業ならまだ、家庭菜園が趣味だった自分にはそう難しくないと踏んでいた。だがいざ予想より荒れた敷地を前に、エイジはただ立ち尽くすことしかできなかった。必要なものはすべてここにあるというのに。
判っている。
判っているのだ。今日先延ばしにしたって、明日はやってくる。牧場主として鳴り物入りでオリーブタウンに来た身だ、農作業からは逃げられない。それでも、エイジはブランコで揺れていた。何故かやる気がおきない。何人か通り過ぎた住民が奇異の目でこちらを見た気がする。笑うがいい、町長の期待を一身に浴びた新星は、ちょっと想定と異なるだけで出鼻を挫かれた馬鹿な男なのだ――。
「やあ、きみがエイジ君だね」
「!!」
「自己紹介がまだだったかな。俺はクレメンス、そこの先で道具屋をしてるんだけど」
エイジは慌ててブランコから飛び降りる。道具屋らしい作業服姿でありながら、雪のように白い肌と陽光煌めく金の髪に、しばし目を奪われる。見るからに男だというのに、お伽話や神話の登場人物のように、嫋やかで、儚く、尊く、エイジの両の目には映るのだ。
「きれいなひと……」
「そうかな?ありがとう」
クレメンスははにかんでいるが、エイジにとってこれは、ちょっとした一目惚れだった。
8/28/2025, 6:49:08 AM