美佐野

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(心の中の風景は)(二次創作)

そよ風タウンに惚れ込んで、この街で暮らすことになった。
 アギは、駆け出しの芸術家である。フェリックスの好意で家を用立ててもらい、日がな制作をして過ごしている。バザールの中央に設置されたフェリックスの像は、他ならぬアギの作品だ。彫刻なんて素人同然だったのに、出来上がったものを町長は快く受け取ってくれた。その後、あんな目立つ場所に設置されたのはアギの予想の範疇を超えていたが……。
 冬も終わりが見え、風に優しい温かさが混ざり始めた。
 今日のアギは、街の西側の丘に来ていた。坂を上り切り、その先にある放棄された牧場跡に足を踏み入れる。畑も土地も荒れているし、風車も壊れて日が経つが、家だけは手入れがされていた。アギは、家の前を通り過ぎ、丘の上に進む。
「……」
 アギは、この牧場が賑やかだった頃を知らない。立派な牧場主がいて、その人のおかげでバザールは今より大盛況だったと聞く。ただ、すっと目を閉じると、牛や羊がのんびりと草を食み、鶏たちが虫をつつき、風に鈴なりのトマトが揺れる様子がありありと広がるのだ。今でこそ誰もいないが、この地はきっとまだ命の息吹を残している。
 と、背後から声が掛かる。
「来ていたんですね」
「シェルファ」
 町長の娘で、時折こうして牧場の家の手入れに来る。そんなシェルファは、アギにある知らせをもたらした。
「知っていますか、春になったら新しい牧場主の方が来るんです」
「へえ!」
 町長が、あちこちの街や国に牧場主募集のチラシを張っているのは知っていた。成り手がなかなか現れず、もどかしい思いをしていたのだが、それも終わりを告げる。何より、春からというのがいい。春は始まりの季節だ。きっとそう遠くないうちに、アギの心の中の風景は実現することだろう。
「どんな人なんでしょう。ボク、楽しみです」
「私もまだ、名前も聞いてないんですよ」
 アギとシェルファは空を見上げた。いつの間にか雪雲は薄くなっており、冬の時代の終わりを告げているかのようだった。

8/29/2025, 11:05:05 PM