美佐野

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9/5/2025, 12:59:20 PM

(言い出せなかった「」)(二次創作)

 夏の陽が落ちかけた頃、医院の窓を開けると風が入った。遠くで牛の鳴き声がして、フォードは手にしていたカルテを閉じる。今日もまた、牧場主ナナミは怪我をしてやって来た。手のひらに小さな擦り傷、ついでに草で切った頬まで。
「いつもごめんねー」
 ナナミは明るく言っているが、行動を改めるつもりは無さそうだ。フォードの見立てでは、あと少しだけ慎重になってくれれば彼女の怪我はぐんと減るはずなのだ。
「…………」
 机の端には、昼にナナミが差し入れてくれたサンドイッチの包み紙が残っている。自分の牧場で採れたトマトと、自慢の鶏が産んだ卵の入ったエッグサンドだ。彼女は人に与えることを当たり前のようにしているが、貰った側はどうしたって心を動かされてしまう。対象はフォードだけではないのに。
 視線を窓の外に移すと、道の向こうからナナミが荷車を押して歩いてくるのが見えた。すでに日は傾き、橙色の光が彼女の髪を照らしている。
「またか……」
 そばに観光客らしき老婆がいるから、手助けを申し出たのだろう。荷物ははたから見ても重そうで、ナナミの足取りも重い。
 足は勝手に動いていた。つかつかと近寄り、声を掛けていた。
「また君は無理をしてるのか」
「先生?やだなぁ、大丈夫だってば。牧場主は力自慢なんだよ?」
 結局、ポスティーノまで老婆と荷物を届け、ナナミと二人帰路に就く。ナナミはにこにこしながら歩いており、その横顔から目を離し難い自分がいた。
(好き、なのだろう)
 フォードは自嘲する。そもそも患者の一人に過ぎないし、仮に恋愛感情を抱くにしろ彼女は若過ぎる。更に、今まで恋らしい恋をしてこなかった自分が、と呆れる気持ちもある。
「ナナミ、私は君が……」
「どうしたの、せんせ?」
「いや、何でもない」
 それでももし素直になれれば、また違ったのかもしれないと思いながら、フォードは言えなかった言葉を一人呑み込んだ。
(ああ、私らしくもない)

9/4/2025, 11:38:21 AM

(secret love)(二次創作)

 グルーシャと両想いになり、男女交際を始めたチリだが、早々にオモダカにバレてしまった。
 片やパルデア唯一の専業ジムリーダー、片やパルデアリーグ四天王が一人。公私混同はもちろん、オフの時間でも人前で堂々といちゃつくつもりはない。身の回り品をお揃いにしたわけでもなく、グルーシャは相変わらず最低限しかリーグ本部には顔を出さず、一体どこからオモダカの知るところとなったのか。
「一応言うとくけど、うち、誰にもグルーシャんこと話してないからな」
「僕だって。いちいち言うことでもないし」
 さしずめ「秘密の恋」ですねと少し嬉しそうなのはオモダカだけだ。そもそも今日だって、急に二人揃って呼び出しを喰らい、さて何があるのだろうと内心ヒヤヒヤしていたのだ。蓋を開ければまさかの展開。もう帰っていいだろうかと上司の顔色を伺うチリだが、オモダカは背後に向かって手を叩く。
「秘密の恋であれば、私もしているのです」
 出てきたのはアオキだった。
「……恋?」
「偽装結婚やなくて?」
 アオキは変わらず疲れ切った表情で、とても両想いには見えない。オモダカの声がやや上ずっているので、オモダカが彼を好いているのは確かだろうが、どうも主従の延長線上に見えてしまう。
 結局、それぞれの関係性は時期を見て公表しましょうという話になった。オモダカのことだ、普通に公表させてくれる気がしないが、取り敢えず話はそれで終わりとなった。
 オモダカの執務室を辞して、廊下を歩きながら、グルーシャがぽつんと呟く。
「なんか……無駄に疲れた」
「あー、判る気がするわ」
「アンタよくあんな人の下で働けるね。……いや、すごい人だとは思うけど」
「そんなん言うたら、大将を恋人にしてるアオキさんもアオキさんやわ」
 まだ業務は残っているが、チリは早退することにした。いずれも明日に回して良いものばかりだし、上司公認となった恋人と甘い時間を過ごしてもバチは当たるまい。

9/3/2025, 7:29:20 AM

(ページをめくる)(二次創作)

 まだ明るい部屋の中、ページをめくる音がする。それまで眠りの世界にいたオワパーは、覚醒する前の微睡みの中で、幸せな気持ちになった。アヤタユ王宮の離れ、王姉オワパーの私室には、王その人でさえ勝手に入ることはない。禁を破り、扉も窓も通らず直接この部屋に姿を現す人なんて、オワパーは一人しか知らなかった。
「起こしてしまいましたか」
 水のエナジストーーアレクスの柔らかい声がする。
 このまま寝たふりを続けて、この部屋に誰かがいる気配だけ楽しみたいところだが、目覚めが知られている以上無理な相談で、渋々ながら、オワパーは目を開けた。神出鬼没のこの男は、どうやら昨日オワパーが王宮の図書室から持ち出した本を読んでいたようだ。古くから親しまれる花とそれにまつわる神話や伝説がまとめられた本だが、体調を崩していたためまだ少しも読んでいなかった。
 やや熱が残っているように感じる。
 そう素直に申告すると、アレクスがプライのエナジーを掛けてくれた。瞬間、すっと熱が引き、体の動きもだいぶ楽になる。彼曰く、治っても養生しなければまた再発するとのことだが、体を起こせるようになったのは嬉しい。アレクスは再び本に目を落としている。何が彼の興味を惹いたのだろうか。おおよそ花など好むようには見受けられないのに、などと考える。すると、アレクスが小さく吹き出した。
「積極的に好む程ではないにしろ、きれいなものは嫌いではないのですよ」
 それに、とオワパーの髪を取る。
「手慰みに、あなたにお話しすることもできる――物語を知っていて損はありませんよ」
「あくまで損得の話なのね」
「おや人聞きの悪い」
 大仰に肩をすくめるアレクスが何だかにくらしくて、オワパーはさっと本を取り上げた。目次を見る限りだと、最近離れの庭に植えたアリッサムについての物語も載っているよう。アリッサムの花言葉を教えてくれたのもアレクスだったと思い出し、オワパーの心は弾んだ。

9/2/2025, 4:16:44 AM

(夏の忘れ物を探しに)(二次創作)

 秋の月7日、誰もいないミネラルビーチの海の家に、カイの姿があった。
(自分で言うのもナンだが、落ち着かないな……)
 本来、夏が終われば別の街に移動している。実際今年も既に新しい街に移動済みだ。荷解きをしている最中に、とんでもない忘れ物に気付き、こうして一人舞い戻ってきた。当然だが、ミネラルタウンの住民には特に話していない。定期船の船長に頼み込み、他の街に行く便の途中で強引に寄ってもらっただけで、夕方には迎えだって来る予定だ。
 だから、急に海の家の扉が開いて、誰かが来るなんて夢にも思わなかった。
「開いてる……えっ、カイ?」
「……よお」
 招かれざる客は、グレイだった。
 何でも、朝一番にホアンに呼び出され、発注を受けた帰りらしかった。何となく、海の家に誰かいるような気配がして、まさかなと思いつつドアを押してみたらしい。カイは己の迂闊さを恨む。鍵を掛けていれば、グレイに見つかることは無かったのに、油断していた。
「まあ、なんだ、その……夕方にはもう帰るからよ。連絡はしなかったんだ。誰にも」
「そうか」
 グレイは素っ気ない返事を寄越すが、その割には動こうとしない。
「あー……夏の忘れ物を探しに?来た」
「そうか」
 わざと茶目っ気たっぷりに理由を教えたのに、やはり反応は変わらない。
 とはいえ、グレイはいつもこうだ。別に悪気はなく、ただ自分からあまり喋らないタイプというだけだ。一方カイは、グレイに他意がないのは判っていても、妙な居づらさを感じる。かといって追い払うことも出来ず、カイは持ってきた荷物からいくつかの食材を取り出した。
「夕方までヒマだし、ピザの研究するんだ。……食べていくか?」
「ああ」
 グレイはすたすたと歩いてカウンターの席に座る。少し気まずいが、グレイが追及してこないのは助かる。何せ、カイの忘れ物とは青い羽根なのだ。牧場主クレアに渡そうとした矢先、グレイが彼女に渡しているのを見た。こうして出番の無くなった青い羽根だが、無人の店舗に放置しておくのも嫌で、今日に至るのだった。

9/1/2025, 1:20:19 AM

(ふたり)(二次創作)

 それまで、カゲツはこの山の小さな社で一人で暮らしていた。役目を賜り、故郷を離れて随分経つが、一年を通して正常な空気と水に満たされたこの空間は嫌いではない。むしろ役目のためには邪魔の入らない空間で良かった。
 そんな折、彼が――牧場主アキトが迷い込んできたのだ。
(不思議な人だ、と思う)
 この地から離れない自分と話しても何の益にもならないだろうに、彼は毎日のようにカゲツの元を訪れる。一言二言会話をして、決まって彼が見つけたハーブや花を贈られ、短い逢瀬が重なっていく。牧場主という生業に興味を持って、彼の作る料理を振舞ってもらったこともあった。そして、一度、彼の誘いに乗り散歩に出掛けたのをきっかけに、カゲツは彼がいなくても外に出るようになったのだ。
(ここには、穏やかな時間が流れている――街も、人も)
 カゲツが街に足を運ぶようになったのは夏の月だったが、日差し降り注ぐ昼間でさえ、時折吹き付ける涼やかな風のお陰で過ごしやすい。むしろ、普段いる社の方が、湿度が高く不快感があった。刺激の少ない地で暮らし慣れた自分には、外の世界はもっと眩しく刺激的で、疲労を誘うものだと思っていたのに、これには拍子抜けだった。そればかりか、一人であちこち歩けるようになると、ふ、と、得も言われぬ寂しさがこみ上げることすらある。
(これは、一体どういうことだろうか)
 寂寥なら、一人で社に篭っている時の方が強いはず。この街の人たちは、皆、カゲツを見かけると声を掛けてくれる。カゲツも、自分から挨拶をしたりする。その甲斐あってか顔見知りも随分増えたのに、どうも物足りない感覚が残る。
 理由が判ったのはしばらく経ってから。
「カゲツ!」
 遥か前の方から、元気のよいアキトの声がした。かと思えば、次の瞬間には走り寄ってきて、カゲツの前で改めてぶんぶんと手を振る。
「お散歩?山以外でカゲツに会えるなんて、嬉しいな!」
 瞬間、気付いたのだ。社であれ街であれ、ただ彼とふたりであるからこそ、満たされていたのだ、と。

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