(二次創作)(恋物語)
世界には必ず運命の人がいて、いつか出会うことができれば恋に落ち、結ばれ、幸せになれるなんて、一体誰が決めたのだろう。恋物語は千差万別で、作り物の世界ですらハッピーエンドとは限らないのに、なぜ幸せになると言い切れるのだろう。
(なんて、ちょっとヒロイックに考えすぎよね)
クレアはぴょん、と勢いを付けてベッドから起き上がった。
小さい頃、まだ元気だった祖父と共に過ごした牧場を忘れられなかったクレアは、一念発起して牧場主になった。幸いかな、大きな失敗もなく、いっぱしの牧場主と呼ばれる程にはなった。街の人々はみんないい人ばかりで、クレアと仲良くしてくれる。平穏で穏やかな日々がゆったりと重なっていく。
それでも、皆それぞれの人生があり、次のステージに進むこともある。まさに今日がそうで、クレアの脳裏には幸せそうな花嫁の笑顔がこびりついていた。
(ドクター、ちょっといいなって、思ってたんだけどな)
ドクターは、看護師のエリィと結婚した。クレアは彼とちょくちょく話していたし、思い切って冬の感謝祭にチョコを渡したこともあった。一度、星夜祭に呼ばれた時なんて、ガラにもなくドキドキしたものだ。
「ま、結婚とか恋愛とか?正直、私には縁遠いものだけど?」
大きくなった自宅に独り言がこだまする。仕事は軌道に乗り、人付き合いも悪くないのに、クレアはひとりぼっちだ。もしかしたらドクターが運命の人かも?なんて思ってたのに、そのささやかな期待も完全に打ち砕かれた。
(何よりも、そんなにショックを受けてない私がいる)
このまま恋の一つも知らず、独り身のまま生きていくのか。えも言われぬ寂しさを感じ、クレアは頭を横に振る。こんなセンチメンタルな気分を振り払うために、今日はもう寝てしまおう。何、明日になればまた、仕事がいっぱい待っているのだ。
(忘れられない、いつまでも)(二次創作)
今まで数多の牧場主がこの土地に来て、様々な人生を送り消えていったのを、女神はずっと見ていた。ミネラルタウンは彼女の箱庭であり、愛すべき小さな世界である。女神の姿を見、その声を耳にできる人間は牧場主を除き皆無だが、女神の愛は牧場主含め街の人間すべてに惜しみなく注がれていた。
それは、昨日まで降り続いた雨がやみ、まだ雲の残る空に綺麗な虹の掛かった春の終わりのことだった。女神はその日、マザーズ・ヒル中腹の湖の中にいた。
「こんな日は、どうしても思い出しちゃうわねえ」
「…………」
相対するはかっぱ、もう一人のこの地の神である。但し、女神と異なり、人間をはじめとした他者に一切の興味を抱かない存在でもあった。
「ねえ覚えてる?あなたと絶対結婚するんだって息巻いてた子がいたじゃない」
かっぱはふい、とそっぽを向くと、泉の底の方に泳いでいった。つまんないの、と呟く女神の目は笑っている。そう、その牧場主は、今まで出会った牧場主の中で一番奇抜な人間だった。
牧場に来た初日にかっぱを釣り上げ、かっぱに一目惚れをしたらしい彼は、毎日湖に通いながらもかっぱに認められるべく奔走していた。出荷できるものは全て出荷し、全種類の坂を釣り上げ、かっぱの秘宝だって手に入れた彼を、かっぱは全く気にしないままに年数が過ぎていく。そうして6年目になり、かっぱへの結婚が教会で許された日、その牧場主は、街の娘と結婚した。
妥協なのかもしれない。娘の一途な想いに負けたのかもしれない。とにかく、その日から彼は、二度と湖の前に現れることはなかった。それどころか、泉にすら足を運ばない。別に、女神は彼の決断を非難するつもりはなかったのに。
(家畜を極めた牧場主、大農場を作り上げた牧場主、まったく何もせずに寝てばかり過ごしていた牧場主、街の若者全員と恋人になった牧場主、いろんな牧場主がいたけれど)
女神は思い出して笑う。
(虹を見上げたまま寿命を終えたあなたが、一番面白かったわ。かっぱちゃんを振り回したあなたが、ね)
(二次創作)(一年後)
敷地の半分は見渡す限りの広々とした牧草地で、何頭もの牛、羊、アルパカたちがのびのびと歩き回っている。特に牛は、コーヒー乳牛、フルーツ乳牛、イチゴ乳牛と色もカラフルで、絶対数も多く賑やかだ。他方、敷地のもう半分はそれはそれは立派な畑で、季節の作物に花、刈り取り用の牧草が生き生きと育っていた。動物小屋も鶏小屋も、何なら自宅さえ大きく立派な建物に増築済みで、自宅を出てすぐのところには様々な果樹が植わっている。さて道具箱を開けばすべてがミスリル鉱石で鍛えられた農具たちが詰まっていた。
「これをたった一年で成し遂げるって、我ながら恐ろしい才能ね……」
「全くだ」
牧場主クレアの呟きに、隣に立っていたブランドンは重々しく頷いた。
クレアがミネラルタウンの牧場にやってきて1年と少しが経った、2年目春の月7日。
この日、クレアはブランドンに牧場を案内していた。昨日挙式したばかりで、これから二人の生活が始まるので牧場のことを知ってもらうためだ。そうして一通り回って、今に至る。
「暇があれば俺に会いに来ていたような気がしたんだが……」
「落とすまではね」
クレアはけろりとしている。彼女のブランドンへのアタックは凄まじく、それこそ毎日どこにいてもブランドンを見つけては彼の好きそうなものを貢ぎ続けた。そして秋が始まって間もなく、ブランドンが彼女に完全に惚れたところで、その訪問がぱたりと止んだ。一過性の遊びだったんだろうか、と訝しんだブランドンに、ある日いきなりやってきたクレアは、青い羽根を差し出した。
「キミ、本当に俺のこと、好きなのか?」
「興味が無ければ結婚なんてしないわよ」
少なくともその言葉に嘘は無さそうだが、一般的な恋情があるかどうかはいまいち見抜けなかった。とはいえ、ブランドンは彼女に惚れてしまったし、一生を共にする約束は交わしたのだ、細かい点は目を瞑ることにする。極端な言動を時折見せるクレアが、刺激的かつ魅力的な女性であることは変わりがないのだ。
(二次創作)(君と出逢って)
幼い頃から医学、特に薬学に興味があった私は、まるで決められたレールを進むが如く医者になり、ウェスタウンに医院を開いた。幸いにも私を頼る患者は多く、医者として、的確な判断と医療行為、アドバイスを続けてきたつもりだ。合間に薬学の研究をしつつ、私の人生は十分に充実していたのだ。大きな不満もなく、大それた目標もなく、ただ静かに知識と経験の積み重なる日々を送っていた。
そこに、君が現れたのだ。
失礼ながら、はじめ、うら若い女性が一人であんな広大な荒れ地で牧場を経営するなど到底無理だと考えていた。だからこそ、君が怪我をすれば心配だったし、医者として出来る限りのサポートはしてきたつもりだ。
まさか君が私を異性という意味で好きになるとは思っていなかった。
私は恋愛には全く興味がなかったが、君のことは前々から気にしていた。君が望むなら、と私は君の求婚を受けたわけだが、今では、君と出会ったことで人生が変わったと思っている。君との間に生まれた息子は可愛いし、誰かと共に一生を歩むのは、存外悪くなかった。
ただ一つ、デメリットがあるとすれば――別個の人間が人生を共にしたとして、高確率でどちらかは遺されてしまうということだ。あんなに元気で、怪我は頻繁だが病気一つしない君が、私より先に逝くとは思わなかった。君、まだ孫の顔だって見ていないではないか。
君がいなくなってからの暮らしは、随分と静かだ。だが、思うに、遺していく方でなかったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。もし私が先に逝ってしまえば、君は私以上に私の不在を悲しむだろう。
さて、君がいなくなってから今日でちょうど一年だ。君が楽しみにしていた初孫は、どこか君の面影を残した女の子だった。息子も、奥さんとうまくやっているようだ。彼らのこれからを見守りながら、私はいつか君と再会できる時を待つとしよう。
「また来るよ。……ナナミ」
(二次創作)(耳を澄ますと)
耳を澄ますと、規則正しい寝息が聞こえてくる。清潔なベッド、小さな机に飾られた可愛らしい花、風に揺れるカーテンは外からの光を和らげ、室内に確かな安らぎをもたらす。4人部屋が都合よく空いていたのも幸運だった。
「メアリィ」
眠る少女の名を呼んで、アレクスは一息ついた。
エレメンタルの灯台に火を灯す旅の途中、立ち寄ったトレビの街は、コロッセオ開催に沸き立っていた。共に旅をしているサテュロスたちは、既にゴンドワナ大陸に向かっている。アレクスも当然付いていく予定だったが、メナーディが仕留め損ねた魔物の一撃を凌いだ際に食らった毒が、身体から抜けきらない。もう一日、休を休めようと単身この街に戻ってきたところで、ちょっとした騒ぎに出くわした。
どうやら、誰か往来で急に倒れたらしい。本来なら気にも留めない事件だが、たまたま、その倒れたのがアレクスの同郷の少女メアリィであった。あわあわと焦る住民の間をすり抜け、意識を失ったメアリィを抱き上げる。どこか彼女を休ませるところを、と群衆に尋ね、今の宿屋を紹介された。団体の止まり客が急遽旅立ったらしく、タイミングがよかった。メアリィには他に連れが三人おり、リーダー格の少年ロビンの名をあげて、見かけたらここにメアリィがいると伝えてもらうことになっている。
「というか、何故こんな大きな街でバラバラに行動してるんですか……」
お陰様で、つい手を差し伸べてしまった。よりによってメアリィ相手に、と息を吐く。お人よしは自分の持ち味ではなく、むしろガルシアやジャスミン達の役目ではあるが、いずれにせよ関わってしまった以上今更である。と、部屋の扉が遠慮がちに叩かれる。ロビンが到着したのかもしれないと腰を浮かした瞬間、扉が開き、入ってきたのはこの宿の女将だった。手に、すりおろした林檎を持っている。
「その子、熱があるんだろう。もし目が覚めたら、食べさせてやってくれないかい?」
擦りたてのようで、まだ色も変わっていない。少量の塩水を混ぜてあるので、しばらくはこのままのはずだと女将が教えてくれた。アレクスはそれをありがたく受け取る。メアリィもそろそろ目を覚ますだろうか。
トレビに戻ってきて、そこここで耳にしたのはカラゴル海での航海の話だ。アレクスたちも、話題になっている便の一つ前に乗っていたが、たまに取るに足らない雑魚魔物が襲ってくる以外は問題はなかった。他方、メアリィたちも乗っていたらしいその便は、海の怪物クラーケンが直々に襲い掛かったり、度重なる魔物の襲撃でオール漕ぎたちが犠牲になったり、そのせいで素人がオール漕ぎを代わり進路が狂ったり、散々だったらしい。
「それは、さぞ疲れたでしょうね」
眠るメアリィにそっと話しかける。他に、乗り合わせた年若い少年少女4人組の戦士が、不思議な力でクラーケンを倒したり、立ち寄った島の安全確認をしてくれたりと活躍したことも聞いている。間違いなく、それはロビンたちだった。
メアリィが小さく身じろぎをした。姿を消すべきとは思うが、見知らぬ場所で一人では心細いだろう。なに、灯台でのことを訊かれたら姿を眩ませようと決めたところで、メアリィの目が開いた。状況が呑み込めないのか、視線があちこちに彷徨っているようだ。何も言えないでいる彼女に手を翳し、プライのエナジーを発動する。見慣れた蒼の光が彼女の身体に吸い込まれていった。
「ア、レクス……?」
「あなたは、倒れたんですよ、メアリィ。街中でいきなり」
まだどこかきょとんとしている彼女の前髪を、そっと撫でる。そういえば昔、師と暮らしていた頃、幼いメアリィに対して同じことをよくしていた。本当は、彼女にこんなところで会うつもりはなかったのだが、倒れた彼女を拾い上げてしまったのも自分だ。視界に、先ほど女将から貰った林檎が見える。アレクスはメアリィの身体をゆっくりと起こすと、手ずから林檎を食べさせてやった。これも、昔、何度かやったことだ。幼子はちょっとしたことで熱を出す。置いてきた日々が、懐かしい。
「…………」
メアリィが、こちらをじっと見ている。その目は僅かに潤んでいる。感情が泣かせようとしているのではなく、単に熱が残っているのだろうと判断した。彼女の額に触れれば、やはり熱を持っている。癒しの力はメアリィに比べればどうしても劣るとアレクスは自覚していた。水のエナジーの総量は、こちらの方が上ではあるが、何事にも向き不向きはある。追加でプライを唱えてから、彼女を再びベッドに押し倒す。
「アレ、クス、……」
何度も、名前を呼ばれた。マーキュリー灯台でのことを訊きたいのかもしれない。アレクスは何も聞かなかったことにして、彼女の手を握ってやった。ベッドに腰掛けると、ゆっくりと、優しく、安心させるように、語り掛ける。もう少し眠るようにと。少なくともロビンたちが来るまでは傍にいてやるからと。
(どのみち、この街には休養のつもりで戻ったのだ)
サテュロスたちは今頃ゴンドワナ大陸に着いただろうか。不思議な竜巻が発生したというスハーラ砂漠には挑んだだろうか。あの地は、風のエナジーをぶつけて竜巻を打ち消すか、水のエナジーで砂を洗い流して元凶の魔物をあぶりだすかしか突破する方法はない。それに、気付いた頃だろうか。
メアリィから、再び規則正しい寝息が聞こえ始める。それを確認してからアレクスも目を閉じた。繋いだ手から熱が伝わる。取り敢えず状況が落ち着くと、それまでなりを潜めていた気分の悪さがぶり返してきた。原因はメアリィと異なり発熱でも疲労でもないが、明日までゆっくり時間を掛けて身体を癒す必要があるのはアレクスも同じだった。
どれぐらい経っただろうか。部屋の扉がノックされ、アレクスは目を開く。食器を下げに来た女将か、もしくは伝言を受け取ったロビンのどちらかだろう。どうぞ、と声を掛けると、扉が開く。果たして、姿を現したのは、金髪で背の低い杖を持った少年戦士だった。
「おや、あなたはロビンの……」
「イワンです」
より効率的に宿探しをするため、ロビンもジェラルドも別々に行動しており、最初に伝言を受け取ってここに来たのはイワンだけだったようだ。なるほどメアリィが一人だったのはそういう理由か。
「あなたは、アレクスでしたね」
「覚えていただき光栄ですよ」
メアリィはまだ眠っているが、仲間が来たのなら自分の出番は終わりだ。メアリィにも、ロビンたちが来るまでは、と言った。アレクスは立ち上がる、瞬間、少しだけ身体がふらついた。イワンが、じっとこちらを見ている。
「私はこれで」
何も無かったかのように部屋の扉まで歩いたところで、イワンに呼び止められた。
「待ってください」
せっかくメアリィをやり過ごしたのに、とアレクスは思う。何故灯台を灯したのかは話すつもりはない。というより、エレメンタルの灯台を灯すこと自体が目的で、他に話すべき事柄はない。さてイワンは、持っていた荷物を探り、ややあって小さな紙を、アレクスに差し出した。乾いた薬草か何かが挟まっている。
「昔、ハメット様から貰った薬です。たいていの魔物の毒に、よく効くそうです」
「……?」
「目立った外傷はプライで治しているようですが、どこか動くのがきつそうに見えたので……でも動いてはいるので、麻痺ではなく毒であると考えました」
「…………」
なるほど風のエナジストならではの慧眼、もしくは観察力ということか。エナジーを発動した気配は感じなかったから、リードは使っていないはず。その鋭さに興味はあるが、尋ねるのはまた別の機会でよい。それに、彼がいるならこの後も、ロビンたちはサテュロスたちを追ってこれるだろう。
(優れた戦闘力を持つジェラルド、状況の観察と把握の力に長けたイワン、癒しの力を持つメアリィ、そして――彼らを率いるロビン)
メアリィがイミル村を出たのは意外だったが、彼らとならそう危険な目には遭うまい。あるいは旅の果てに、サテュロスとメナーディを圧倒する日も来るかもしれない。何より、
(彼らと一緒であれば、メアリィも大丈夫でしょう)
アレクスはイワンから薬を受け取ると、今度こそ身体を休めるため、その場を後にした。