美佐野

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5/2/2024, 12:01:21 PM

(二次創作)(カラフル)

 赤、橙、黄色、緑、青、紫、藍色。色とりどりのそれらからは、いずれも空腹を刺激するスパイシーな香りが立ち上る。艶々のご飯は炊き立てで、見ているだけで涎が出そうだ。その様子を一望して、シュタイナーは傍らの牧場主アヤを改めて見た。
「それにしても、随分カラフルな食卓だね」
「だって今日は、シュタイナーの誕生日だもの!」
 わすれ谷を騒がせる怪盗シュタイナーが、別の意味でわすれ谷を騒がせる牧場主と結婚したのは、今から少し前のことだ。妻帯者となったことを機に、シュタイナーは怪盗業から足を洗った、らしい。時折谷を離れてどこかに出掛けることはあるが、殆どは谷で、牧場の敷地すら出ずに過ごしている。
「私はシュタイナーが怪盗業やってても気にしないけどね」
「君は変わってるよ」
「そう?」
 何はともあれ、せっかく用意したカレーが冷めてしまう。二人の仲が深まったきっかけも、またカレーだった。アヤはカレーを作るのが好きで、シュタイナーはカレーを食べるのが好き。そしてアヤは手広い牧場主で、様々な食材を生産してはカレーに使うのを繰り返していた。
 食卓に着いたシュタイナーは、まず藍カレーに手を伸ばした。一口、二口咀嚼してから、おいしいよと言ってくれる。アヤはそれが、嬉しい。
 と、シュタイナーがしみじみと呟く
「そっか、僕の誕生日か」
「うん」
「誕生日って、ケーキでお祝いするものだと思ってたな」
 心配は要らないのだ。アヤは立ち上がると、シュタイナーの手を引いて冷蔵庫の前まで連れてくる。扉を開いたそこには、三段のデコレーションケーキが鎮座ましましていた。ご丁寧に、カレーにも使った色草たちをふんだんに散りばめ、蜂蜜やシロップをとろりと垂らした、世界で一番カラフルな誕生日ケーキ。
「やっぱり僕は怪盗を辞めて良かったのかも」
 シュタイナーは妻をぎゅっと抱きしめた。
「キミ以上に欲しいものなんて、もうこの世のどこにもないんだから」

 

5/1/2024, 10:25:53 AM

(二次創作)(楽園)

 澄み渡った青空に、柔らかく差し込む日差しは暖かい。馥郁たる花の香りに混ざり、瑞々しい風が頬を撫ぜる。ハルトは、両手を大空に向けて伸ばすと、思い切り息を吸い込む。何より、誰もいないのがいい。
 ここはエリアゼロ。ゼロの大穴の内部である。
 この地に初めて足を踏み入れてから、一年が経つだろうか。その後も、ネモに続き二人目のチャンピオンランクのアカデミー生になったハルトには、たくさんの冒険があった。たとえばキタカミでの合宿に呼ばれ、オーガポンと出会ったり。たとえば遥か離れたイッシュ地方のブルーベリー学園で学内リーグを制覇したり。友達も知り合いも増えて学校生活はますます楽しくなったが、たまに、こうして一人になりたい時はエリアゼロに足を運ぶようにしていた。
 連れているのはミライドン一匹だけ。
 オモダカから、自由に出入りする許可は貰っている。それはハルトにしか許されていない。人々の目からしばし離れ、羽を伸ばせるここは、ある意味で楽園だ。
「ミライドン、ピクニックでもする?」
「アギャ」
 肯定と受け取り、手慣れた様子でテーブルを広げる。野生のポケモンたちは人間に興味はないらしく、驚異にはならない。何者も邪魔しない至福の時間だ。
 だが、急に第三者の声がしたのだ。
「おや、サンドイッチかね」
 白衣を纏った長髪の女性が、こちらに寄ってくる。どうやらハルトより先にここに来ていたらしい。当然、無許可だろうが、ハルトはそれを咎める力がなく、代わりに名前を呼ぶだけだ。
「オーリムさん。来てたんですか」
「上層であれば、一人でも安全だからな」
 それは理由になってないのだが、オーリムはテーブルの上のサンドイッチに目をやっている。ハムだけを挟んだ単純なジャンポンプールを拵えたところだ。
「上のパンは?」
「弾け飛びました」
 半ば冗談、半ば真実だ。手から離した瞬間落ちたそれは、ミライドンの口の中で咀嚼されている。
「結構なことだ!」
 呵々と笑い出す彼女が、ハルトは少し苦手だった。

5/1/2024, 7:04:34 AM

(二次創作)(風に乗って)

 風に乗って地面を蹴れば、ぐるんぐるんと遠くに飛んで、目的地目掛けてくるりと着地。牧場主マールは、特に必要がなくても飛び跳ねて移動するのが好きだった。理由はシンプルで、その方が楽しいからというもの。他に、飼っている牛や羊たちの上をぴょんぴょん飛び跳ねるのも面白くて好きだ。皆マール一人が踏んだところで何も言わないし気にもしない、おおらかな子たちばかりというのもいい。
 ここ、そよ風タウンは、一年を通して風の吹く、風に愛された街だった。
「まるでたんぽぽになった気分」
 ついつい鼻歌も出てくるというもの!マールはついつい、気分の赴くままにまたジャンプしてしまうのだが。
「たんぽぽは自分から跳んだりしない」
 いつの間にいたのか、低い声が聞こえて振り返れば、行商人のロイドだった。
「やだ、聞いてたの」
「誰かに話すような声量で独り言を話していたのはマールだろう」
 誰かと仲良く話しているところなんてまず見ない、見た目はそれなりに整っているがゆえに却って怖いところもある、それがロイドに対する一般的な印象だ。フェリックスの縁でこの街に来て、衰退する風のバザールを一人で盛り上げている功績は誰もが評価するが、個人的にはやや近寄りがたいところがある。一方マールは彼を全く怖がらないどころか、人懐っこく関わっていた。
「それで、何か御用?」
 明るく朗らかに可愛らしく尋ねるが、ロイドは真顔のまま。
「別に。また能天気なことを言いながら飛び跳ねていたのが、目に入っただけだ」
「そう?」
 話しかけられたから思い出したのだが、こちらはロイドに用事があった。マールは彼の目前まで飛び跳ねると、いつも持っているバッグから、質の高いミスリル鉱石を出した。
「これ、すご」
「また素潜りしたのか」
 自慢したかったのに、咎めるような呆れるような物言いが返ってきて、マールはしゅんとする。確かに川に飛び込んで見つけたが、こんな宝物が見つかるかもしれない行為、そうそうやめる気はないのだ。

4/27/2024, 8:56:39 PM

(二次創作)(善悪)

「どうして鍋にドクツルタケを入れたらいけないの?」
 魔女さまは、心から不思議だと言わんばかりの澄んだ瞳で、牧場主ピートに問いかけた。
 わすれ谷には、人ならざる者も昔から住まう。それは泉の女神さまであったり、女神さまを助ける色とりどりのコロボックルたちだったりする。噂では採掘場の奥深くに封印されたお姫さまもいるという話で、
「ああ、それ、私がやったのよ。鉱石場で眠り姫なんて、面白いでしょう?」
 勝手にピートの考えていることを読み取った魔女さまが、うきうきと話してくれる。
「あのねぇ」
 ピートはがっくりと肩を落とした。
 魔女さまや女神さまは、普通、人間の目の前に姿を現さない。かといって人間に興味がないわけではなく、たとえばうっかり女神さまを異世界に飛ばした魔女さまは、救出するのにピートをこきつかったし、そればかりか思い立ったいたずらをピートに実行させようとする。収穫祭に、質の高いドクツルタケを入れろと言い出したのもその一環。何も知らない住民たちが食べたら、お腹を壊して大変なことになるのに。
「それが楽しいのに」
 魔女さまは頬を膨らませている。
 おおよそ、人間の善悪とは関係ないところに生きているのだと実感する。だがどこか、放っておけない部分もあるのだ、とピートは頭を抱える。何なら魔女さまと人生を共にしてもいいと思うぐらいには彼女のことが好きだが、悪意なく人々を困らせるのはいただけない。
(それに、魔女さまが生きて来た時間を思えば、僕なんかが多少文句言ったところで改善なんかしないよなあ)
「あら、よく判ってるじゃない♪」
 膨れ面から一転、今度は無邪気に微笑む。嬉しそうなその表情をつい可愛いと思ってしまい、ピートはもう駄目だ、とため息をついた。どのみちこの人――魔女さまからは、離れられないような気がしてならない。

4/26/2024, 6:03:09 PM

(二次創作)(流れ星に願いを)

 いよいよ明日、プロクスの大地に足を踏み入れ、マーズ灯台に向かう。
 長い旅もこれで終わるのだ。先に行ったカーストたちが火を灯しているとは到底考えられず、であれば何か待ち受けている障壁があるのだろう。強大な敵か、難解な仕掛けか。緊張と興奮がないまぜとなった気分のせいか、却って目が冴えてしまい、メアリィは困ってしまった。
 夜風にでも当たろうと甲板に出れば、どうやら寝付けないのは自分だけではなかったようで、イワンとピカードがいた。二人して、空を見上げている。
「こんばんは」
 声を掛けて、隣に立ち、二人を真似すれば、薄い雲の合間にいくつもの輝ける星が見える。思い返せば冒険の途中、何度もこうして空を見上げたものだ。
「人は亡くなったら星になると聞いたことがあります」
「星は本当は空のずっとずっと上にいて、何年もの時間をかけて光がここに届くそうですよ」
 イワン、ピカードが、それぞれ星にまつわる話をする。
「流れ星が消えるまでに願い事を唱えれば、それが叶うと言われていますわ」
 メアリィもまた、イミル村に伝わる話をする。
 出身地がばらばらな三人は、星一つとっても見ているものが違うのだ。これは星以外でもそうで、その視点から見ればこの旅路は得るものも、新しく知る事柄も多く、楽しかったと振り替えられる。もちろん大変なことも危険なこともたくさんあったけれども。
「マーズ灯台、どんな灯台なのでしょう」
 何よりも、全て火を灯し終えた先に、何があるのだろう。旅は終わり、また元の平穏な日々に戻るのだろうか。マーキュリー一族の使命は破られ、ヘルメスの湧水が復活した今、イミルに自分の居場所はあるのだろうか。
(なんて、今心配しても仕方ないわ)
 メアリィは小さくかぶりを振る。そんな彼女と仲間たちを励ますように、星々が小さく瞬いた。

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