美佐野

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3/12/2024, 12:09:08 PM

(※二次創作)(平穏な日常)

 やたらあくびをしているとは思った。
 先ほどから何も言葉を発しないと思った。
「まったく……自由な御方だ……」
 アクラオは、自らの脚を枕に熟睡する魔王を見下ろす。
「――我が主」
 偽りの聖者を力ずくで屈服させた魔王キルザリークは、真から自由な存在だった。最盛期の魔力を取り戻していないが、そんなの些細なことであるかのように、行きたい場所に行き、会いたい存在に会い、好きに振る舞う。何者にも囚われず、何物も必要としない、まるで猫のような魔王であった。
 他方、願いを叶えながら人々の世で永らえていたアクラオの周りは、どろどろとした感情と思惑にまみれた沼のようなものだった。誰もがアクラオを求め、願いを叶えてもらいたがる。引く手数多で、それゆえに自在には動けなかった――翻って、キルザリークに従属する今は、なんと平穏な日常であろう。笑いたくもなるものだ。
 迂闊にも近寄ってきた魔獣を無言で蹴散らし、アクラオは眠る主に問い掛ける。
「時に――星見の丘を、人々が何に使っているかご存知ですか」
 当然答えはなく、ただ規則正しい寝息が聞こえるだけである。星見の丘は、街にも近く、魔獣が増える前は絶好のピクニックポイントであり、同時にデートスポットであった。若い恋人たちが愛を語らい、互いに溺れていくのを、アクラオは何度も見ていた――その手の願いもまた、多かったゆえ。
「折しも、貴女は女性だ――我が主」
 なれば、コイビトの真似事をするのも一興。アクラオはニヤリと微笑む。さるところによれば、キルザリークは魂に大きな飢えがあるという。それを満たした時、奥底に潜む真なる願いは解き放たれ、魔王キルザリークにとって願いの指輪は欠かせぬ存在となろう。
「御身に触れる無礼を、お許しくださいね」
 どうせ聞いていない相手に一言断り、アクラオは魔王の真紅の髪にそっと指を滑らせた。

3/9/2024, 10:50:45 AM

(※二次創作)(月夜)

 月の綺麗な夜に、随分無粋な輩がいたものだ。
 アレクスは、いつもの通り、ひとり夜の街を歩いていた。気分が悪く、気晴らしにと外に出たらこれだ。
 尾行されている。
 とはいえ、大した脅威にはならない。有象無象、街のちんぴら、その程度の履いて捨てるほどいる取るに足らない屑ども――。
「っ……」
 忌々しい不調がなければまだ、よかったのだが。
 アレクスは足を止めた。ちょうど、筋道を入ってしばらく歩いた場所で、古い家に囲まれた空き地になっていた。
「よお、兄ちゃん、ちょっとばかし金を……」
 ひゅう、と冷たい風が吹き付けたと思った瞬間、チンピラどもは氷の中に閉じ込められていた。きらきらと、月光に照らされ、美しくも見える。このまま、少し力を加えれば、この氷は粉々に砕け散るだろう――中身ごと。
「アレクス、やっと見つけたぞ」
 メナーディが姿を現したのは、連中が完全に消え去った後だった。地面が濡れているのを見て、眉を顰める。
「また殺したのか?」
「追い剥ぎに、遭いかけました、ので」
 立っていられなくなって、その場にずるずると崩れ落ちる。体調不良の原因は毒だった。ジャスミンたちに襲いかかった魔物の前に咄嗟に立ちはだかった際に、食らってしまった。
「相変わらず、毒には弱い奴だな」
「それで、なんの、用ですか……」
 メナーディは鼻を鳴らす。傷は瞬時にプライで癒したアレクスだったが、その後の様子がおかしかった。夜、宿にいないのはよくあることだが、今日に限ってどうも気になって、探しに来たらこのザマだ。
 肩を貸してたたせてから、メナーディは尋ねる。
「歩けるか?」
「あまり、この状態を、見られたくはなくて……」
「じゃあ、その辺の連れ込み宿でも探すか?」
「そう、ですね」
 普段は喧々諤々、嫌味とデンジャラクトの応酬となるふたりが、静かにゆっくりと歩いていく。ただ月だけが、それを見ていた。

3/7/2024, 6:54:23 AM

(※二次創作)(絆)

 
 牧場を畳むことにした。
 クレアが荒れ果てた牧場に暮らしていたのは、1年と半年の間に及んだ。
 始めは、乗っていた船が難破し、この街の海岸に流れ着いたことだった。当然、牧場仕事なんてしたことがないし、するつもりもなかったのに、漂着のショックで過去のことを忘れていたクレアは行く宛てもなく、誰も住んでいなかった牧場の家を借り受けた。
(最初はカブから育てたんだっけ)
 今は何もない畑跡地を見て、クレアは当時の日々を思い出す。右も左も判らないなりに、カブの種を蒔いて、収穫し、少しだけ増えた資金でジャガイモの種を買った。
(鶏を飼って、孵化させ過ぎて大変なことになったっけ)
 養鶏場のリックに、育てきれない数を飼うんじゃないと当たり前のことを注意されたのもいい思い出だ。その教訓を胸に、牛と羊は一頭ずつしか飼わなかった。
 夏も半ばを過ぎると少しだけ生活に余裕が出来てきたから、街に顔を出す日も多くなった。皆、どこの馬の骨とも判らないクレアに優しくしてくれた。中でもクレアは、海岸に行くのが好きだった。過去の自分との繋がりを感じさせてくれる場所だったからだ。
 そうして季節は廻り、ここに来て2度目の夏――クレアは、カイのプロポーズを受け入れた。
 海岸でよく会い、クレアのことを気に掛けてくれた。彼が都会に帰った秋から春の間も、こまめに電話は手紙をくれた。彼の自分への好意は疑いようがなく、クレアは彼についていくことにしたのだ。
 たくさんの絆を築いた牧場を、畳むのはそのためだ。
(なんだか、ちょっと恥ずかしいな……)
 これから先、彼と結婚して、どんな人と出会うか判らないけれど、クレアはこの街で存分に親切にしてもらった。その温かい絆が、これからの新生活の力になってくれるだろう。それに、とクレアは微笑む。来年の夏になれば、またこの街に帰ってくるのだ。今度はカイの奥さんとして。
「ありがとう。……大好きだよ、ミネラルタウン」

3/7/2024, 5:43:40 AM

(※二次創作)(たまには)

 たまには山を下りようと、テーブルシティに足を伸ばしたグルーシャは、早速後悔していた。
(目が、回る)
 出身地も年齢も性別もてんでばらばらのアカデミー生に加え、住民たちもあちこちにいる。しばらく来ていない間に、知らない店も増えている。何なら道すら入り組んでいて迷ってしまいそうだ。普段、静寂の世界にいるグルーシャは、ふらふらと手近にあったベンチに座り込む。人に酔って、気分が悪い。
 こんなに多かっただろうか?と正直、戸惑うほどだ。いくら普段はナッペ山で過ごしているとはいえ、リーグ本部に呼ばれて山を下りることはいくらでもある。時間が余ればテーブルシティ他、あちこちの街に顔を出すことだってあるのだ。なんでも、ちょうど宝探しが始まったばかりのタイミングで、より多くの生徒が学外に出ていくことから、一時的に街の人口が増えたように見えるのだとか。
 目を閉じてじっとしていると、知っている声がした。
「なんや、グルーシャやん」
 目を開かなくても判る。四天王のチリだ。
「どしたん。顔色悪いな」
 笑われるかも、と一抹の不安はあったが正直に告白する。
「人に酔った」
「ふうん」
 チリの反応はあっさりしていた。そのままグルーシャの眩暈が落ち着くまで、ベンチに座って見守ってくれた。耳目を集める容姿ゆえ、寄って来る善意の有象無象も、チリが軽くつゆ払いしたようで、正直助かった。
 それまでのチリへの印象は、実力はあるが口も行動も軽い人というものだった。存外しっかりした大人なのだと、認識を改める必要がありそうだ。
「ありがとう、チリさん」
「ええよええよ。でも、たまには山降りた方がいいかもね、グルーシャ。何なら、ウチがデート、付き合うてやってもええで?」
 もちろん、冗談である。
「そうだね……考えておく」
 だが、案外素直に助言を受け入れるグルーシャに、チリは拍子抜けしたのであった。

3/5/2024, 1:13:34 AM

(※二次創作)(大好きな君に)

――大好きなキミに。
 突然こんな手紙を書くことを許してほしい。僕は、初めて会った時から、キミのことが好きだったんだ。牧場主として右も左も判らない僕は、少しでも何かアドバイスが得られないかと藁にもすがる思いで、キミの図書館に行った。それまでろくに本屋にすら行ったことのなかった僕は、当然、本の山の前で立ち尽くすしかなかったんだけど、キミはそんな僕に優しく手を差し伸べてくれた。初対面なのに、親切にしてくれた。その日から、僕は、時間があれば図書館に通うようになったんだ。
 キミは僕に本当によくしてくれた。仕事に関係ないジャンルの面白い本も、いっぱい教えてくれた。キミだけが書いている秘密の物語も、こっそり読ませてくれた。僕はそのひとつひとつが、本当に嬉しかったんだ。
 だから、僕は、キミのことが――。
「お、そろそろいい感じかな」
 牧場主ピートは顔をあげた。手には、昨夜一晩かけて書き上げた懇親のラブレターがある。そんなピートの鼻腔を、何とも言えない香ばしい匂いがくすぐった。空は晴れ、風は少ない。絶好のチャンスだった。
「…………」
 ラブレターを、くしゃくしゃと丸める。これは届くことのない手紙だ。マリーはもちろん、他の誰にも読ませるつもりはない。ぱちぱちと、火の爆ぜる音がする。ピートはそのまま、目の前の焚火にラブレターを放り込んだ。
 マリーが、鍛冶師見習いのグレイと結婚したのは、つい昨日の話だ。
 ピートはマリーのことが好きだったけれど、告白一つできないままに、彼女は別の男を選んだ。確かに、毎週木曜日、鍛冶屋が休みの日は、グレイを図書館でよく見かけた。今更気付いたって後の祭りだけども。
「お、焼けてる焼けてる」
 焚火の中には、アルミホイルに包んだサツマイモが幾つか入っている。一つ取り出してかぶりつけば、素朴な自然の甘みが広がった。


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