彼女の澄んだ瞳がわたしを捉えていた。
黒髪に黒い瞳、似合っていない薄いだけのメイク。耳や手、首元に装飾は一切ない。ダサいようにも見えるシンプルな服。
わたしはこんな子に負けた。いや、こんな子だからわたしに勝てたのかもしれない。
大学生になってすぐ茶色に染めた髪、カラコンは必須だし、ナチュラルに見せるためのメイクも毎朝一時間以上かけて作っている。アクセサリーもファッションも流行は逃さないし、SNSに乗せればいいねは三桁に昇る。
こんなわたしだから、こんな子に負けたんだ。
わたしが一生懸命気を引こうとした彼の心を、彼女は無意識のうちに射止めてしまった。
神様がもしこの世にいるのなら、わたしは弓を引いて殺してしまおうと思う。
だって、ずるい。こんなに努力したわたしが、素のままで生活するだけの彼女に負けるなんて。
「こんなこと思うから、負けたんだろうなあ。」
わたしの言葉に彼女は首を傾げた。
全然可愛くないし、様になっていないのに、彼女が彼を射止めた理由が分かってしまうような気がする。
「もう終わりにしよう。」
銃口はわたしの額を捉えていた。
「それはこっちの台詞よ。」
動揺を隠すため、相手を精一杯睨みつける。けれど、彼はそれを全て知っていると言うように、口元にわずかな笑みを浮かべた。
遠くから銃声が聞こえてくる。爆発音や建物が崩れ落ちる音、悲惨な音の隙間からは誰かの悲鳴が聞こえる。
こんなこと、もう終わらせなければいけない。上の人間の欲を満たすためだけの戦争なんて、馬鹿げている。
誰にも言えない思いを、もし、今わたしに銃口を向ける彼も持っているとするのなら。
わたしはどこから間違っていたのだろう。
「くだらない。」
「同感だ。」
「あのクソデブ達を殺してやりたかった。」
「ああ、そうだな。俺がちゃんと殺してやるよ。最初はお前だけどな。」
視界がすでに歪んでいた。まばたきをすれば、溢れてはいけないものが溢れてしまうとすぐに分かった。だから、睨みたくない彼を睨みつけていた。
誰かの痛々しい悲鳴が聞こえる。幼い泣き声も聞こえる。そして、絶えず爆発音が響いている。
「ごめんなさい。」
まぶたを下ろした。遠くで銃声が聞こえた。
1件のLINEをずっと待ち続けている。
【今どこ?】
そっけないわたしのメッセージにいつ返信が来るだろうか。
どこでもいい、どこかにいてほしい。
家とか車の中とか学校とか、旅行先でもいい。新しい友達の家でもいい。本当はわたしのすぐ隣にいてくれたら一番だけれど、どこでもいいから早く返信をちょうだい。
ずっとずっと同じ画面を見つめている。やがて電源が落ちて、画面に映るのはくたびれたわたしの顔。もう一度画面に光を灯して、ブルーライトをひたすら浴びる。
もうLINEを送ったのは1年前なのに。返信は一向に来ない。既読すらついていない。
ああ、早く返信をちょうだい。じゃないとわたし、眠れない。
街の明かりはあまりにも無機質で、その冷たさにわたしはなぜか泣きそうになってしまった。
けれど、その冷たさは、わたしにとってはとても心地よいものでもあるから不思議だ。
わたしは一体、なにを求めているのだろう。
わたしが自嘲をこぼしても、すれ違う人達はみんな小さな光に夢中で一瞥をくれることもない。
そういう世界で、わたしは生きている。そして、これからも生きていくのだ。
街の明かりは空が何色であろうとも消えないまま、眩しい光に慣れてしまったわたし達を照らしている。
強すぎる日差しから、わたしを守るようにカーテンを閉めた。
もう何日経ったのかも覚えていない。
強烈な日差しで目を覚まして、この家の中で怠惰に過ごして、知らぬ間に眠りにつく。
用意されたごはんを食べて、用意された服を着て、トイレは一日に二回行ったら多い方で、お風呂は三日に一回ほどしか入らない。
空腹を訴えるお腹も、悪臭に悲鳴を上げる鼻も、全部機能しなくなっている。
この家に連れてこられてから、もう何日が経っただろう。
最初は恐怖を感じながらも生き延びてやるつもりでいた。けれど、今はそんなことを考える気力すら見当たらない。
ずっと薄暗い部屋で過ごしているわたしにとって、太陽の日差しは眩しすぎるものになってしまった。
自分の意志とは関係なく指先がわずかに動いた。枷の金属が擦れた音がする。
用意された昼ごはんはテーブルの上。まだラップすら剥がしていない。