静寂の中心で
静寂は何処にあるのだろう。
休みの日で家の中にいても、
子供の遊ぶ声や車の音が聞こえる。
ノイズキャンセリングを使ってみても
性能の低いイヤホンじゃ全てを遮断してくれない。
作るとしたら防音室を用意するしかないのだろうか。
それすらも面倒だ。
静寂とはどんな場所だろう。
平安時代の寝殿造の縁側に座り、
朝焼けを眺めながら支度をした昔の人を想像した。
そんな贅沢、都会じゃ出来ない。
まだ仄暗い朝の時間からパトカーの音が通り過ぎる。
夜勤で働いているのだろうかと
無粋なことを思いながら
洗面所の水で意識をハッキリとさせた。
一人になりたい時は公園へ散歩するが、
そこにはご老人が座ってのんびりとしていて、
まだ若い僕には似つかない場所だった。
静かな場所だが、落ち着かない。
ドクドクと心臓が速くなり、
落ち着くために歩き続けるのが日常だ。
最終的には落ち着く家の中で、
ワイヤレスイヤホンを耳に付けた。
家族の話し声すらも聞き取れないほどに音楽を流し、
長い前髪でスマホの画面だけを見つめるように
顔を近付けた…ものの、
見にくかったから程よい距離でスマホを操作した。
スマホの充電もイヤホンの充電も気にしながら、
ボーッと好きな音楽をリピートしていた。
静寂と名乗るには音楽が邪魔をするが、
それでも、心が落ち着く。
燃える葉
僕のおじいちゃんは船に乗るのが好きだった。
釣りが趣味で、その為だけに免許を取るほどだった。
小さい頃はカメノテと呼ばれるそれが
美味しくて大好きだった。
何年も会っていないある年、導かれるように
桜舟へとおじいちゃんは乗っていった。
それは長い眠りであることを僕達に忽然と告げて。
桜舟は散って、水底へと落ちていく。
公園の近くで咲き誇る木々の枯葉が
自転車のカゴに落ちていた。
小学校には紅葉と銀杏が
植えられていたことを思い出した。
さつまいもが乗ったパンを食べていた。
暖かい服装をするようになった。
火葬場に入っていくその棺と写真をふと思い出して、
枯葉の地面を歩む足を止めた。
…そうだ、今日はカメノテを買おう。
それから食べて、あの時の味だと何度も感じよう。
無かったらまた明日探そう。
永遠なんて、ないけれど
意識が夢の時間へと落ちて、
体感一分に満たない夢の時間から起きれば
いつの間にか朝を迎える。
僕の願望は「永遠に寝たい」こと。
現実であるこの世界に興味がないし、
妄想や夢の中なら、なりたい自分になれるからだ。
髪の色も瞳の色も、
声も性別も種族も全てを変えれる。
ゲームや漫画のように、
思い描いた理想の世界にいられる。
夢の中が僕にとっての天国であり救済だ。
なのに現実の力は強すぎて、
また起きる。ずっと起きる。寝て起きてを繰り返す。
どう足掻いても何十時間も寝れない。
お腹が空いて、頭が痛くなって、
喉が痛くなって、身体が熱で熱くなる。
瞼を閉じても世界が起きようと照らしてくるけど、
カーテンを閉じ、眠ることを繰り返して、
また繰り返す。永遠と同じ日々を繰り返す。
新しい環境に身を置いても同じ日々が訪れるだろう。
誰かとキスをしたって、深く話したって、
次の日にはまた繰り返し。
永遠と同じ日々に飽きて、
飽きた永遠を手放したいのに永遠は僕に付き纏う。
孤独感が永遠に募る。
すぐ身近にあったんだ。永遠なんて。
なら、今日はそれを抱きしめて夜空に落ちよう。
そんな妄想の世界に入り浸ろう。
いつの間にか寝て、また起きて、寝よう。
涙の理由
ループするかのように日常を過ごしている。
新しいことを学ぶこともなく、
とうの昔に投稿された動画を見て、
飽きない炭酸飲料を飲み尽くして、
小腹が満たされるまでお菓子を食べる。
いつも通りにゲームをして、スマホを充電して。
大人になって何が変わったのだろう。
強いていえば、働けばお金が貰える環境にいること。
休日が恋しくて仕方ないこと。
友達が隣にいない状態が当たり前になったこと。
人間関係が面倒であまり喋らないこと…は、
いつものことか。
ある日のこと、満月を見て急に涙目になった。
「綺麗だ。」そう思っただけなのに、
頬には涙が落ちていた。
人よりも働いていない癖に、
この身体は今の生活が苦しくて仕方がないらしい。
毎日泣いていたあの時期を思い出して、
心が重たくなって、冷たくなった。
高校時代は色彩豊かな世界にいたのに、
今じゃ全てがモノクロに見えて、
虚無が心に住み着いていた。
自分の人生に悲観して、
妄想の中で作り上げた他人の普通の人生と比べた。
自己否定するのは当たり前?
髪を引っ張って抜いてしまうのは当たり前?
爪を噛むのは?皮を剥いてしまうのは…
唇を強く噛むのは……あぁ、全部ストレスからか…
忘れてくれ。
すぐに泣いてしまう僕は昔から
「泣き虫」だとか「涙脆いね」と散々言われ続けた。
人よりも感情豊かな僕はどうにも
泣きまくらないとやってられない模様だった。
こんな自分を認めようとしたけど、
認められるわけない。死んでくれ。お願いだ。
心が荒んでいく。珊瑚のように死んでいく。
あー…今日もまた独りで泣いていよう。
その後に寝れば全てを忘れて、
モノクロの世界で働きに行くのだから。
…後で、虚無の治し方でも、検索しておこう。
それじゃ、おやすみなさい。
空白
才能なんてなかった。
周りの人は綺麗に咲く赤い薔薇のようで、
その棘で僕の手や心を刺していた。
「努力は裏切らないって聞いたのになぁ。」
独学で開花する天才に、僕はなれなかった。
逃げたら今まで費やした時間が無駄らしい。
でも追っても追っても追いつけない。
成長を助けてくれる人間の手も雨も栄養もない。
色を付けてくれる塗料も、一番必要な紙すらもない。
僕は薔薇にはなれない。
栄養も味もない涙が零れて仕方ない。
蕾にもなれないまま、
このまま埋もれて死んでしまおうか。
そう思っても仕方のない空虚が、
この心に住み着いてしまった。