三行

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8/3/2024, 1:18:15 PM


(ねえ、もう用意できた?)
(まだだよ、だって時間はまだあるだろう?)

(そんなこと言ってらんないわよ、もうすぐなんだから)
(それもそうだな、あるにはあるしもう置いておくか)

(ああ良かった、用意がないのかと思ったわ)
(そんなわけないだろう、なんたって明日は特別な日なんだからな)

(それもそうね。ああ、早く明日にならないかしら)
(ドキドキするな)
(奇遇ね、私もよ)

薄らと覚醒した頭で、話し声を認識する。
中身までは理解できないものの、この声は両親だろうか。
小声で何やら囁きあっている。
覚えていたら、明日にでも聞いてみようか。
そんなことを思いながらぼくは眠りにつく。

――ぼくが枕元に置かれた誕生日プレゼントを目にするまで、あと数時間。



「目が覚めるまでに」2024/08/03

2/24/2024, 9:16:21 AM


「死人みたいな顔をしているね」


先生は言った。

「可哀想に、私が守ってやろうな」

肩に、先生は手を乗せてそのまま抱き寄せた。
僕の髪を撫でる手つきはとてもやさしい。

それに安心するほど心は開いちゃいないが。
触れられるのくらい、撫でられるのくらいどうってことない。
そんなもの今更さ。


「先生は、僕に笑ってて欲しいの」


疑問符なんかつけない。
返ってくる答えはいつも同じだ。つけるだけ無駄さ。


「そうとも、違うとも言えないな。
私はただ、笑っているのが君の本心ならば、そうして欲しい」
「あるがままの君でいることが出来るなら、それ以上のことは無いだろう」


今日は口数が多い。珍しい日もあるもんだ。

「……そう。じゃあ先生、何も言わずにこれを貰って」
「ああ。君から貰えるものはなんでもうれしいよ、ありがとう」

先生の顔を引き寄せて口を開けさせ、錠剤をふたつ、先生の口の中へと放り込む。

何度目だろうか。ため息が出そうなほどこれを繰り返している。
もっとも、ため息などお互いの息遣いに上書きされて、つく暇もないが。

飲み込んだのを確認するように舌を動かし、最後に口付けを落とす。

「ほらせんせ、もう寝よう」

「うん、そうだね。君のことは私が守るから、ほら、ここへ来て、一緒に寝よう」

薬瓶の錠剤はそろそろ尽きそう。
ならもう、眠るべきだ。


明日はとびきり楽しく安らかに過ごそうね、先生。
もっと、一緒にいられたらいいけどね。

一言囁いて、僕は先生に大人しく抱きしめられつつ、明日に思いを馳せた。





「Love you」2024/02/24

2/9/2024, 2:29:11 PM

ここは私のお気に入りの場所だ。

それらは、とても可憐だから。
可愛らしく、色とりどりで、さまざまなものがある。
そして、“素敵なもの”が生まれ、また素敵なことが起きる場所だからだ。


「すいません、少しいいですか?」

まだ幼さの残る顔立ちの少年がやってきた。
老父は少年の姿を見るやいなや、新聞を畳み柔らかな笑顔で少年へと歩みよった。

「どうしたんだい、贈り物かな」
「はい、えっと……お花をお願いしたくて。
 その、母さんにあげたいんです」

少年がそう返事をすると、老父はよりいっそうとあたたかい笑顔になったように私には映った。

「それは素敵だね。記念日だったりするのかい?」
「…いいえ、ちがうんです。感謝を、伝えたくて……」
「最高じゃないか。何色が良いとか、なんの花が欲しいとかあるかい?」
「ええっと……」

もじもじと少し照れくさそうにしながらも、次々と“母が好きそうな色や花”を挙げていく少年。
うんうん、と楽しそうに周囲の草花を見ている老父。

そう、私はこの世界が好きだ。
素敵なものばかりが作られる場所だ。


「ちょっと待ってよ父さん、まずは予算を聞いておかないと」
「そうでした、ええと……これで、お願いしたいです」
少年は紙切れを2枚、懐から取り出して2人へと見せた。
「ああ、それならばきっと“素敵なもの”を用意出来るだろうね」
「ええ、かならず満足できるようなものを用意致しますよ」

少年へと微笑む老父とその息子。そのやさしい表情はとても良く似ているように思う。
息子は先程までは配達へ行っていたはずだ、なんでも足の悪いひとがいるのだとか。
配達、というのも素晴らしいものだと思う。各場所に居ても、息子が“素敵なもの”を届けてくれると言うのだから。


彼らは相談をしあい、最終的には赤を基調とした華やかで、片手に収まる大きさのブーケを仕立てた。
それにはリボンも巻かれており、メッセージカードも添えられている。
ああ、“素敵なもの”がまた生まれた。

顔を綻ばせる少年。目が輝いているように見える。
老父とその息子も、とても満足そうだ。

少年はすぐに立ち去るかと思われたがふいにこちらを向き……目が合った。

「あの……そこのお魚さん、とてもかわいいですね、見ていいですか?」
「ああ、勿論だとも。泳ぐ姿が綺麗だし、その姿も可愛らしくて私達も大好きなんだよ」
「この子は土佐錦という種類でね、天然記念物っていう、数が少ない生態につけられるものなんだけれど、それのひとりなんだ」
「ひとり?」
「はは、うちじゃこの子も家族なんだよ、もう10年くらい生きてるんじゃないかな?」
「うん、それくらいになるよ、僕が学生の頃から居たんだから」

どうやら私のことを話しているようだ。
詳しくは分からないが、3人ともが素敵なものをみたような顔をしている。
私の姿など私には細かく分からないし大して気にしたことは無いが、そんなに素敵なのだろうか。

私も、あの“素敵なもの”に似ていたりするのだろうか。
考えても分からないが、そうだと嬉しいかもしれない。

少年は今度こそ去っていき、またしばらく誰も来ない時間が続いた。
老父と息子は奥の部屋へと移動し、なにやら話している様子だ。

明日も、またこういった“素敵なもの”が沢山見られることを楽しみに、私は生きているのだと思う。







「花束」 2024/02/09
そこそこフィクション。金魚について調べたらバレちゃうね。

2/7/2024, 1:51:05 PM

ダメだ。あの話だけはできない。
何故か?そんなことを聞くな、お前もわかってるだろう。
誰かに聞かれたら困ることをなぜ口にしなければならないんだ。

は?
…………、……………………?

__ドサッ。


いや、そうだとしてもだ。
……、…………。


__コツ、コツ、コツ。

ならない!ダメだと言っているだろう、なぜ分からない?
分かっていてそういうのかお前は!
………、……………………?


わかった。そこまでお前が言うなら、少しばかり貸せ。
……。………………。


いいか、今から言うぞ、
……。



_________バンッ。




「どこにも書けないこと」2024/02/07
くだらない。

1/20/2024, 5:15:17 PM

寒い夜は、深海のようだ。
どこか寂しく感じて、時計の針が進む度に町から明かりが消えていく。
皆、夜は眠るものだから。

だから私は、海へと潜る。
外にいても寒くない格好だけをして、私は風を凌げる家屋から出発するのだ。
今の私は、さながらドライスーツを着た潜水士。

静かで、暗い世界が、目の前にはある。
街灯の明かりは、チョウチンアンコウだったように見えた。
たまに見かける、切れかけた電球のチカチカした様はヒカリキンメダイを彷彿とさせる。
どの子とコミュニケーションを取ろうとしている電球なんだろうな。私だったりするのか?
ざんねんながら私は魚では無いので交信は出来そうにないから、他を当たってくれよ。

深海は、まだ未知なる部分の多い世界だ。
宇宙に比べると、さすがに宇宙の方が未知は大きい気がするけれど。
夜には、町はまた違ったふうに見えてくるものだ。
いつも通うスーパーも、定期的に赤と緑を繰り返す信号機も。
この世界は、落ち着いていて、静かでやさしく、寂しいものだ。

私は定期的に寒い外へと繰り出す。この習慣は、ダイバーが酸素を補給しに海上へと上がってくるようなものだ。
無いと、私は私でいられ無くなる気がしている。
冬が一段と感じられるのだが、春だって夏だって、秋だってこれをしている。
ほかの季節ではどうなのか、それはまたいつか話そう。
そうしなくとも、実は誰だってその世界へは簡単に行ける。
静かであれば昼間だっていい。早朝だったら体感するのが早いかもしれないのはそうだけれどね。

安全な場所を確保してから、目を閉じて静かに深呼吸をするんだ。
すると耳が澄ましやすくなることだろう。
その世界を、まぶたの裏に想像するんだ。
きっと、あなたの中にも深海はあるだろう。
どんな魚がいるだろうか。もしくは、いないのかもしれない。
見たこともない奴が現れるかも。
なんたって、深海は未知なる世界なのだから。
気が向いたらやってみては如何だろうか。

「海の底」2024/01/21



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