ここは私のお気に入りの場所だ。
それらは、とても可憐だから。
可愛らしく、色とりどりで、さまざまなものがある。
そして、“素敵なもの”が生まれ、また素敵なことが起きる場所だからだ。
「すいません、少しいいですか?」
まだ幼さの残る顔立ちの少年がやってきた。
老父は少年の姿を見るやいなや、新聞を畳み柔らかな笑顔で少年へと歩みよった。
「どうしたんだい、贈り物かな」
「はい、えっと……お花をお願いしたくて。
その、母さんにあげたいんです」
少年がそう返事をすると、老父はよりいっそうとあたたかい笑顔になったように私には映った。
「それは素敵だね。記念日だったりするのかい?」
「…いいえ、ちがうんです。感謝を、伝えたくて……」
「最高じゃないか。何色が良いとか、なんの花が欲しいとかあるかい?」
「ええっと……」
もじもじと少し照れくさそうにしながらも、次々と“母が好きそうな色や花”を挙げていく少年。
うんうん、と楽しそうに周囲の草花を見ている老父。
そう、私はこの世界が好きだ。
素敵なものばかりが作られる場所だ。
「ちょっと待ってよ父さん、まずは予算を聞いておかないと」
「そうでした、ええと……これで、お願いしたいです」
少年は紙切れを2枚、懐から取り出して2人へと見せた。
「ああ、それならばきっと“素敵なもの”を用意出来るだろうね」
「ええ、かならず満足できるようなものを用意致しますよ」
少年へと微笑む老父とその息子。そのやさしい表情はとても良く似ているように思う。
息子は先程までは配達へ行っていたはずだ、なんでも足の悪いひとがいるのだとか。
配達、というのも素晴らしいものだと思う。各場所に居ても、息子が“素敵なもの”を届けてくれると言うのだから。
彼らは相談をしあい、最終的には赤を基調とした華やかで、片手に収まる大きさのブーケを仕立てた。
それにはリボンも巻かれており、メッセージカードも添えられている。
ああ、“素敵なもの”がまた生まれた。
顔を綻ばせる少年。目が輝いているように見える。
老父とその息子も、とても満足そうだ。
少年はすぐに立ち去るかと思われたがふいにこちらを向き……目が合った。
「あの……そこのお魚さん、とてもかわいいですね、見ていいですか?」
「ああ、勿論だとも。泳ぐ姿が綺麗だし、その姿も可愛らしくて私達も大好きなんだよ」
「この子は土佐錦という種類でね、天然記念物っていう、数が少ない生態につけられるものなんだけれど、それのひとりなんだ」
「ひとり?」
「はは、うちじゃこの子も家族なんだよ、もう10年くらい生きてるんじゃないかな?」
「うん、それくらいになるよ、僕が学生の頃から居たんだから」
どうやら私のことを話しているようだ。
詳しくは分からないが、3人ともが素敵なものをみたような顔をしている。
私の姿など私には細かく分からないし大して気にしたことは無いが、そんなに素敵なのだろうか。
私も、あの“素敵なもの”に似ていたりするのだろうか。
考えても分からないが、そうだと嬉しいかもしれない。
少年は今度こそ去っていき、またしばらく誰も来ない時間が続いた。
老父と息子は奥の部屋へと移動し、なにやら話している様子だ。
明日も、またこういった“素敵なもの”が沢山見られることを楽しみに、私は生きているのだと思う。
「花束」 2024/02/09
そこそこフィクション。金魚について調べたらバレちゃうね。
2/9/2024, 2:29:11 PM