時を止めて(TOV)注:ネタバレ&虚空
(キャナリ!!!)
俺は力の限りに叫んでいた。
目の前には砂漠。
キャナリはディヴァインキャノンを引き絞っている。
正面には、皆を惨殺した黒い大きな化物。
もう、すぐそこに迫っていて。
キャナリが。
長い髪を揺らしながら。
俺を庇うように、背を向けて立っていて。
(違う!!)
俺は拳を、強く握った。
(こんなのは、違う!)
(俺が、君を守るんだ!)
(皆が、俺に託してくれた君を)
だから。
(お願いだ)
(時を止めてくれ!!!)
少しの時間があれば。
俺がキャナリの前に出られる。
ほんの少しでも、時間稼ぎができる。
そうすれば。
この後の事を知っている。
あと少しだったんだ。
だから、お願いだ。
時間、時間を俺に………。
「おい…おい!おっさん!!」
激しく肩を揺さぶられ、レイヴンは急速に覚醒した。がばりとその場に飛び起きる。
心臓が激しく脈打ち、荒い息が止まらない。
流れ落ちる汗が、目を塞ぎ、前がよく見えなかった。
「おっさん、大丈夫か?」
レイヴンの肩に手を置いたまま、ユーリが声をかけてくる。
すぐに反応を返せずにいると、顔を覗き込んできた。
長い髪が、サラリと肩から滑り落ちる。
キャナリに似た、綺麗な黒髪が。
「すっげぇうなされてたぞ。嫌な夢でも見たか?」
レイヴンはそこでようやく、現状を思い出した。
皆でギガントモンスターと戦っていた。
そこで、ユーリがレイヴンの目の前でやられそうになった。
状況とシチュエーションが似ていたのか、キャナリの記憶がフラッシュバックして。
あの頃は使えなかった、時を止める技、ストップフロウを発動させて。
無事に魔物は倒したけれど、術技の負荷が大きすぎて、ぶっ倒れたのだった。
レイヴンはフッと息を吐くと、
「あー!美人でナイスバディなお姉さんに振られる夢見たー!!背が低くておっさんなのが駄目だって。そんなのさぁー、どうしようもなくない?!おっさん泣いちゃう!!」
と、泣き真似をしてみせた。
ユーリは疑いの目を向けていたが、本人が言いたくない事を深くは追求しないでいてくれる優しい青年だ。
「そうかよ。まぁ、そんなの日常茶飯事なのに、よく毎度泣けるもんだ」
「青年ひどっ」
いつものようにじゃれあいながら、レイヴンは思う。
もしかしたら、あの時使えなかった後悔や、時を止められれば間に合ったのにという強い気持ちが、この技を使えるようにしたのかもしれないなぁ、などと。
おかげで、今、ユーリを助けられた。
それは、とても良い事のように思う。
(そうだよね、キャナリ)
レイヴンは涙をこらえるように、キュッと唇を噛み締めた。
キンモクセイ(オリジナル)(短編)
(あっ!この匂い………)
匂いは記憶と強く結びついているという。
それを証明するように、ある香りが鼻腔に触れたとたん、蘇った記憶があった。
15年ほど前の大学時代。
最初で最後の恋をした。
初恋がそのまま実り、幸せな5年間だった。
就職を機に徐々に疎遠になり、別れてしまった、大好きだった彼。
いつも会うと、良い香りがしていた。
私はその香りが大好きで、何の香水をしているんだろう、オシャレだなぁと思いながら、結局、その正体を知ることはなかった。
聞いたことはあるのだが、香水なんてつけていないとシラを切られたのだ。
そんなはずないのにと、不満に思った事を覚えている。
その香りが、今、目の前に。
(そっか!そっかぁ〜)
10年越しに判明した事実に、衝撃とともに、泣きたいような、笑いたいような感情がこみ上げてくる。
その正体は。
ファブリーズ 〜森の香り〜
であった。
親御さんが好きで使ってたのかな。
デートに気を使ってシュッシュしてたのかな。
香水何つけてるの、とか聞いて悪かったな。
今となっては本人に伝える術はないけれど。
過去のあなたに。
(ごめんね。ありがとう)
行かないでと、願ったのに(TOV)注:腐向け
フッと意識が戻った。
少しの間、完全に意識を失っていたらしい。
らしくないのは、高熱を出して寝込んでいるからで。
ぼんやりしたまま、布団の中で気配を探った。
部屋の中には、誰の気配もなかった。
(そりゃそうよね)
記憶を呼び起こす。
戦闘で発熱系の毒を浴びた。
ぐったりしたレイヴンをここまで運んでくれたのはユーリだった。
レイヴン以外に、リタとカロルもやられていた。
この部屋にいないという事は、他で治療を受けているのだろう。
高い熱に心臓がギシギシいって、痛くて苦しかった。
このまま止まってしまうのではないかと思った。
レイヴンを布団に寝かせて部屋を出ようとするユーリの服の袖を、引き止めるように弱い力で一瞬握ってしまった記憶がある。
(っかー!何やってんだか!!)
レイヴンは1人、布団の中で悶えた。
行かないで。ひとりにしないで。
口に出しては言えなかった。
当たり前である。
(口に出なくて良かった!!!マジで危なかった!)
恥ずか死ぬところであった。
リタとカロルも倒れているのだ。
運ぶ役目こそ体格差を考えてユーリが務めてくれたけれど、それが終われば看病の優先順位は低い。
2人の元へ向かったのだろう。
ここに誰もいないのは、当たり前の事であった。
(ひとりで旅をしてた頃は全く平気だったのに……)
あの頃は死人だったので、死への恐怖もなければ、体調不良を気にする事もなかった。
(甘えてる…のよねぇ…たぶん…)
いい年したおっさんなのに。
自己嫌悪に陥って布団の中で丸まっていると、扉の前に気配を感じた。ノックのあと、人が入ってくる。
ユーリだった。
布団の中からジト目を向けたレイヴンと目が合うと、ニヤリと笑った。
「なんだよ、起きたのか」
「…リタっちとカロルくんは…」
「ああ、薬が効いてぐっすり寝てる。おっさんもどうだ?薬はさっき飲ませたんだが…効いてるか?」
薬を飲まされた記憶はないが、さっきの意識が落ちている間の出来事だろうか。
確かに、枕元に薬と水が置いてある。
そう言われてみれば、トチ狂う事をしでかしそうになったさっきよりは随分頭が働いているような気がするので、薬が効いているのだろう。
「ん、大丈夫と思う」
「そっか」
ユーリはそう言うと、レイヴンのベットの横の椅子に腰かけた。
「………」
「ん?どうかしたか?」
「いんや…何してんのかなと思って」
「看病?」
「へ?いやいや、おっさんなら大丈夫だって」
「いやいや。おっさんが一番心配だからな」
ユーリにそう言われ、ドキッとする。
意味が理解できない。
「な、何で?」
「こういうのは若いのより年寄りの方が悪化しやすいって言うだろ?」
ちょっとでも動揺した自分を殴りたくなった。
布団からガバリと身を起こす。
「とっ、年寄りって何よう!おっさんまだ、ぴっちぴちの中年よ!?」
「反抗にキレがねぇ。おら、ちゃんと寝てろ」
ユーリはそう言って、レイヴンに横になるよう促した。手つきがめっぽう優しくてクラクラする。
(いや、クラクラするのは熱のせい、熱のせい)
レイヴンは己に言い聞かせる。
ユーリは布団の上に手を置いたままだ。
重さと、厚い布団越しでは伝わらないはずの温もりを感じる、気がする。
「具合悪くなったらすぐに言えよ」
「………」
「ここにいるからな」
囁くような小声で言われ、レイヴンは安堵からか、ストンと眠りに落ちた。
寝息をたてるレイヴンの顔を覗き込み、ユーリはため息をついた。
(まったく。このおっさんは)
リタとカロルはレイヴンが庇ったため、軽傷で済んでいた。一番毒を被ったのはレイヴンだ。
発熱系のよくある毒で、薬があるのが幸いだった。
が、レイヴンはらしくなく弱っていて、心配した。
薬を取りにいったん外に出ようとして、ここにいて欲しいと袖を掴んでおきながら。
「素直じゃねぇな」
ユーリは呆れた笑いを浮かべたつもりであったが、その笑みは、随分柔らかかった。
秘密の標本(オリジナル)(ホラー短編)
己は快楽殺人者である。
それがどうした事だろう。
気がついたら知らない場所に立っていた。
古風な赤レンガ道に、蝋燭や灯籠の橙の光。
そしてなぜか、白い着物を身につけている。
とりあえず歩きながら記憶を反芻した。
いつもの隠れ家で解体作業をしていた記憶はある。
その後、何やら人が訪ねてきて。
そう、血まみれの殺人現場に、突然人が現れたのだった。
とっさにナイフを振りかざしたが、その人物は全く動揺する事なく、黒ずくめのスーツの胸ポケットから小さな名刺を出してきた。
ご同業かと名刺を受け取ると、そこには「人体博物館」の文字が。
「我々は人体標本を作成しておりまして」
その男は言った。
それで殺人者の獲物を横取りしに来たとか、ちょっと意味がわからない。
だいぶ損壊した後だったので、博物館に寄贈するにはちょっと向かないな、と思ったのだが、
「来世も来来世も、永劫の不幸におなりなさい」
と、微笑まれて。
その後の事は覚えていない。
大きな建物が近づいてきて、ようやく察した。
どうやら自分はあの男に殺されたらしい。
そして、ここはあの世であると。
自覚すると、どういう仕組みか、周囲にぼんやり同じような人々が建物に向かって歩いているのが見えてきた。
閻魔様にでも会うことになるのだろうか。
少し緊張して、でも少し期待もして、建物に入った。
そこは、役所の窓口のような殺風景が広がっていた。少しがっかりする。まだ外の方が趣きがあった。
奥に複数の扉があって、それぞれ横にテレビサイズのモニターがある。
各扉の前に事務机があり、上が着物で下がスーツのような格好をした何者かが座っていた。
頭に角がある。牙もある。いわゆる鬼と思われる。
しかしちょっと現代的。
自分の番になった。
事務机の前まで行くと、死んだ目をした女鬼が、手元の資料をパラパラとめくった。
淡々と、プロフィールと性癖について読み上げられる。悪行しか重ねていない。
「で、相違ありませんね」
「ありません。あのう、俺は地獄行きでしょうか」
気になったので聞いてみた。
女鬼は顔を上げ、呆れたように、
「皆さんそうお聞きになりますが、地獄も天国もありません。そんな人手も余裕もないんです」
と言って、ため息をついた。
ずいぶんブラックな職場のようだ。
「じゃあ、ここでは何を?」
「行き先を決めています」
「行き先?」
「生まれ変わり先をです」
人類が少子化に向かっていて、できれば人を増やすよう言われているんですけど、などとぶつぶつ言うので期待したのだが、
「しかし、あなたは人に生まれ変われません」
「人を殺したからですか?」
「いいえ。そもそも記憶を持って転生するわけでもないので、懲罰で行き先を決めているわけではありません。人を構成する要素の量で決めています」
「要素の量?」
「ええ、自然に還った量とでも言いましょうか」
そこで、モニターに映像が映った。
博物館の映像である。
輪切りにされた人体。
「あなたの身体の一部はまだ自然に還っていません。人を再構成するには要素がだいぶ足りないので、人には生まれ変われません」
え、ちょっと待った。
本当にあの男、俺を殺して標本にしやがったのか。
しかも、あの死に際に聞いた台詞。
この事を知っていて?まさか。
「かなり醜悪な魂と聞いていますので、特例があります。人であった記憶を残して、すり減ってすり減って魂が無垢になるまで人外に転生し続けるとしましょう」
時間がかかるし、そんなだから少子化が進むんですよね、などとぶつぶつ言いながら、女鬼が手元のボタンを押すと、扉がバタンと開いた。
行きたくないのに、足が吸い込まれるように扉に向かって歩いていく。
「虫からやり直しです。これまで与えてきた何倍もの恐怖と絶望と痛みと苦しみと無力を存分に味わいなさい」
男を吸い込み、扉はバタンと閉ざされた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
凍える朝(TOV)注:微腐向け
テントから差し込む、薄い光で目が覚めた。
キンとした冷たい空気が、辺りを包んでいる。
吐く息が白い。
身体を起こすと毛布が滑り落ち、寒さに思わず身震いした。
外が何やらキラキラして見える。
レイヴンは毛布を拾い、雑に身体に巻きつけると、テントの入り口をそっと開いた。
朝日が目に眩しい。
その柔らかい光が、空気をキラキラと輝かせていた。
チカチカと光るそれ。
毛布に落ちてきたその小さな粒は、綺麗な結晶を形作っていた。
よく見ると、どれも違った形をしている。
紋章のような、宝石のような、氷のかけら。
それが視界いっぱいに、サラサラと降っている。
木々に積もる雪も、氷も、みずみずしく光っていて。
全てを祝福しているかのような、美しい光景だった。
しばし見惚れてぼんやりしていたが、バサリと肩に重みが乗って、我に返った。
夜の見張り番を務めていたユーリが、レイヴンがいつの間にか落としていた毛布を拾って肩にかけてくれたのだった。
とたんに寒さを思い出し、毛布を慌ててかき抱く。
「あっ、せ、青年、おはよ」
「おはよ、じゃねぇよ。ぼんやりしすぎじゃねぇか、おっさん」
ユーリがこちらの顔を覗き込んでくる。何かを探ろうとするその目に心配の気配を察し、レイヴンは少したじろいだ。
「や、なんか、綺麗じゃない?おっさん、寒いところ苦手であんまり見る機会なかったから新鮮で」
「まぁ…そうだな。俺もこんなのは初めてだ」
ユーリはそのまま、寝ずの番をしていた焚火の前までレイヴンを引っ張ってくると、隣に座らせた。
沸かしていたお湯で、温かい飲み物を入れてくれる。
すごく甘い香り。
「ほれ」
「……青年、おっさん甘いの苦手なんだけど?」
「いいから、身体あったまるぜ」
ユーリはニヤリと意地悪く笑った。
レイヴンは渋い顔のままありがたく一口いただき、甘さに辟易した風に、舌を出してみせた。
「ははっ」
ユーリが嬉しそうに笑う。
レイヴンは内心、ホッと安堵の息をついた。
ユーリは心臓魔導器の事を知ってから、時々こうして気にかけてくるようになった。
面倒見が良く、ほっとけない性格のせいだろう。
(一回りも年上のおっさんを、心配もないだろうに)
優しくされると、どうして良いかわからなくなる。
なので、これくらいのやりとりの方が、レイヴンは心地よく、安心できるのであった。
ユーリの方をチラリと見ると、ひどく嬉しそうな表情で、目の前の景色を眺めていた。
レイヴンも同じように前を見る。
特に言葉を交わすでもない無言の時間だが、こうして同じ風景を見て、同じように綺麗だなと思う、体験と感情を共有していると思える瞬間は、心地よくもむず痒い。
焚火と飲み物と、隣に何故かほぼゼロ距離で座るユーリのおかげで、寒さを感じないどころか、何やらポカポカ温かい。
(凍える朝も悪くない、か…)
レイヴンはこの、奇跡の風景と、貴重で温かな体験を、決して忘れまいと脳裏に刻むのであった。