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秘密の標本(オリジナル)(ホラー短編)

己は快楽殺人者である。
それがどうした事だろう。
気がついたら知らない場所に立っていた。
古風な赤レンガ道に、蝋燭や灯籠の橙の光。
そしてなぜか、白い着物を身につけている。

とりあえず歩きながら記憶を反芻した。
いつもの隠れ家で解体作業をしていた記憶はある。
その後、何やら人が訪ねてきて。
そう、血まみれの殺人現場に、突然人が現れたのだった。

とっさにナイフを振りかざしたが、その人物は全く動揺する事なく、黒ずくめのスーツの胸ポケットから小さな名刺を出してきた。
ご同業かと名刺を受け取ると、そこには「人体博物館」の文字が。
「我々は人体標本を作成しておりまして」
その男は言った。
それで殺人者の獲物を横取りしに来たとか、ちょっと意味がわからない。
だいぶ損壊した後だったので、博物館に寄贈するにはちょっと向かないな、と思ったのだが、
「来世も来来世も、永劫の不幸におなりなさい」
と、微笑まれて。
その後の事は覚えていない。

大きな建物が近づいてきて、ようやく察した。
どうやら自分はあの男に殺されたらしい。
そして、ここはあの世であると。
自覚すると、どういう仕組みか、周囲にぼんやり同じような人々が建物に向かって歩いているのが見えてきた。
閻魔様にでも会うことになるのだろうか。
少し緊張して、でも少し期待もして、建物に入った。

そこは、役所の窓口のような殺風景が広がっていた。少しがっかりする。まだ外の方が趣きがあった。
奥に複数の扉があって、それぞれ横にテレビサイズのモニターがある。
各扉の前に事務机があり、上が着物で下がスーツのような格好をした何者かが座っていた。
頭に角がある。牙もある。いわゆる鬼と思われる。
しかしちょっと現代的。

自分の番になった。
事務机の前まで行くと、死んだ目をした女鬼が、手元の資料をパラパラとめくった。
淡々と、プロフィールと性癖について読み上げられる。悪行しか重ねていない。
「で、相違ありませんね」
「ありません。あのう、俺は地獄行きでしょうか」
気になったので聞いてみた。
女鬼は顔を上げ、呆れたように、
「皆さんそうお聞きになりますが、地獄も天国もありません。そんな人手も余裕もないんです」
と言って、ため息をついた。
ずいぶんブラックな職場のようだ。
「じゃあ、ここでは何を?」
「行き先を決めています」
「行き先?」
「生まれ変わり先をです」
人類が少子化に向かっていて、できれば人を増やすよう言われているんですけど、などとぶつぶつ言うので期待したのだが、
「しかし、あなたは人に生まれ変われません」
「人を殺したからですか?」
「いいえ。そもそも記憶を持って転生するわけでもないので、懲罰で行き先を決めているわけではありません。人を構成する要素の量で決めています」
「要素の量?」
「ええ、自然に還った量とでも言いましょうか」
そこで、モニターに映像が映った。
博物館の映像である。
輪切りにされた人体。
「あなたの身体の一部はまだ自然に還っていません。人を再構成するには要素がだいぶ足りないので、人には生まれ変われません」

え、ちょっと待った。
本当にあの男、俺を殺して標本にしやがったのか。

しかも、あの死に際に聞いた台詞。
この事を知っていて?まさか。

「かなり醜悪な魂と聞いていますので、特例があります。人であった記憶を残して、すり減ってすり減って魂が無垢になるまで人外に転生し続けるとしましょう」

時間がかかるし、そんなだから少子化が進むんですよね、などとぶつぶつ言いながら、女鬼が手元のボタンを押すと、扉がバタンと開いた。
行きたくないのに、足が吸い込まれるように扉に向かって歩いていく。

「虫からやり直しです。これまで与えてきた何倍もの恐怖と絶望と痛みと苦しみと無力を存分に味わいなさい」

男を吸い込み、扉はバタンと閉ざされた。


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

11/2/2025, 2:25:35 PM